第8話 ホムンクルスとはじめてのクエスト

「んで、これから薬草採集をするわけだが···」


「なにか言うべきことがある?」


「お前、薬草の取り方知らないだろ?」


「うん」


 ホムンクルスは無表情で頷いた。


 こうして見てると、やっぱり基本的な言語知識以外は"機能"として組み込まれてねーんだな。

 そんな確認をしながら、俺は足元に生えている草を一本ちぎり取った。


「これが薬草っつってな?他の雑草に比べて色が濃いから、分かりやすいだろ?これ取れるか?」


「視覚的情報をデータとしてインプットした。問題無い」


 うんうん。それなら安心だ。

 ぜひとも俺の懐事情のために働いてくれたまえよ?てか、マジで十本は取ってこい。

 こっちはお前のせいで金欠だ馬鹿野郎。


「じゃあ、一時間後にまたここに集合な?」


「分かった。行ってくる」


 俺はホムンクルスに背を向けて薬草採集を始めようとするが、その前に言うべきことがあるのを思い出した。


「ちょっと待て!」


「何?」


「時計は持ったか?」


「ある」


「俺が予備で持ってて、お前に渡した方位磁針は?」


「ある」


「何かあったら大声出すんだぞ?」


「分かったぁ!!」


「うっせぇ!今それ出すな!」


「分かった」


「······よし。一応、俺の目の届かない所には行くなよ?」


「大丈夫。契約者の場所は感覚的に分かるようになってる」


「そうか。じゃあいいや。一時間後にここだぞ?」


「りょーかい」


 今度こそホムンクルスから視線を外し、俺は地面へとこんにちはした。


 うん、君は······月揺草だね。悪いけど、今は君に用はないんだ。


 あら、お次は毒草かしら?あらあらおほほ。

 あなたにも用はなくってよ?


 Oh?!NEXTはガイアのユーね?!ようやく薬草に巡り会えたよ!


 次は···次は······ 次は。


 何種類もの植物の中から薬草だけを選び続けること数十分。ふとホムンクルスの方に目を向けると···。


「これほどまでに難度が高いとは。薬草、薬草。うーん、薬草が見つからない。これは、違う。これは······色が薄いし」


 結構苦戦しているようだった。

 なんだって真面目にやってるんだ?薬草採集なんて、ふざけながらでもないとやってられないだろ?

 こんな単純作業、集中してたら頭がパンクしちまうのに。


 そんなこんなで時間が過ぎ、俺は元の場所に戻った。


「で、どのくらい集まった?十本はあるよな?」


「それは愚問。これだけとって来た」


 弾む声は楽しげで、初めてボールを追いかける子供のようで、されど瞳には何も映さずに。


 己を確立できない少女は、空虚な笑顔で無邪気に胸を張る。


「ふふん」


 そう言ってえばるホムンクルスから植物の束を受け取って、選別を始める。

 取り敢えず本数だけ数えてみると、全部で二十八本あるようだった。


 だが、それらは······


「おい、これは毒草だ」


「え?」


「これは毒消し草。ま、これは換金できるからセーフだな」


「うぅ」


「これは月見草。却下」


「えぁ···」


「これは···」


「これは···」


 最後までそうやって、俺の手元に残ったのは僅か四本だった。まあ、初めてにしては良くやるといった感じだ。


「なぁ?お前ホムンクルスなんだろ?さっき、視覚的情報をインプットしてたよな?」


「それは、そうだけど······」


「だったら、これってありえないよな?」


「ホムンクルスが記憶した情報を用いて任務を遂行するのは前提。でも、私は生体となる前にカプセルから飛び出してしまった。故に不完全」


「チェンジ」


「?」


 ?、じゃねぇよ?!

 つまり何だ、あれか?

 必要なネジを詰め込む前に出たから、自分はそういうの出来ませんと?!


 とことん使えないな。俺、なんて拾い物をしちまったんだ。最悪だよ。

 クーリングオフだよ。今すぐおっぱいのでかいお姉さんと交換してくれよ。


「おい」


「何?」


「薬草採集はもういい。その代わり、ポーターやれ」


「ポーター?」


 俺は、首を傾げて言葉をオウム返しにするホムンクルスに、自分の荷物を押し付けた。


「後方で安全に荷物持ちが出来る優良な立場の人間のことだ」


「理不尽だと思う」


「平気だろ?反抗できるうちは元気があるってな」


「むぅ」


『身をかがめて矢を避ける』


 ――――――?!


 唐突な、スキルによる死刑宣告。


 何で、とか。は?とか。

 思うことは色々あったが、それらの感情を無視して、俺は慌てて身をかがめた。


 直後髪の毛がおぞましいまでの風圧に舞い、そして。


「あうっ?!」


 俺の髪の毛を数本巻き込んだ矢は、そのまま直進。視認叶わぬ速度で俺の前に立っていたホムンクルスの頬を掠めた。


 落ち着いて思考を巡らせるのに、数瞬が必要だった。


「お、おい!平気か!!」


 後ろに振り返り、矢を射た敵の姿を確認し、それと同時にホムンクルスに声を掛ける。


「痛覚が反応する。でも、大丈夫。頬を掠っただけ」


「なら良かった」


 ひとまず安心し、ホムンクルスを背にかばうように前に立ち上がる。

 腰に提げた剣を抜けば、矢を射た敵であるゴブリンは唾を飛ばす勢いで威嚇してくる。


 矢は、今の一本しか持っていなかったようだ。

 ゴブリンは弓を捨てると、素手で俺に殴りかかってきた。


「ギャァァァ!!!」


 それは単調な、直線的な攻撃。スキルが警鐘を鳴らしていないから、威力も無いんだろう。


 タイミングを合わせて剣を振るえば、ゴブリンの右手は手首から先が空を舞っていた。


 だが、そこでは止まらない。

 俺は追撃とばかりに間合いを詰めて、ゴブリンの首元に剣を突き立てた。


 ゴブリンはシャワーのように血飛沫をあげて、その場に崩れ落ちる。

 確実に殺した。


 その確認を終えると、一気に気が抜けた。思わずその場に座り込んでしまう。


 ホムンクルスがこっちに走り寄ってくるのが分かった。


「悪い男だと思ってたけど、訂正する。強かった」


「どうでもいいけど、お前はそのラノベ脳を訂正してろ。ゴブリンくらいサシで殺せなきゃ、こんな職業やってねぇよ。俺は冒険者のなかじゃ中の下だ」


「下ではない?」


 こいつ、いつも一言余計なんだよな。何か苛つく。


「スキルのおかげでな。相手が俺を殺しに来る一撃はどうにか避けられるから、そのぶんアドバンテージがあんだよ」


 まぁ、神速のなんたらとか、範囲攻撃とかは避けられないけど。


「そうなんだ。それで、強くはなってた?」


 契約による効果を聞いてるんだろう。

 自分の命が消費されるかもしれねぇのに、他人事なこった。


「全くだな。お前、"求めるだけ強くなる"って言ってただろ?多分、俺が強さを求めてねーんだろうな」


「何で強さを求めない?私に気を遣っている?」


「んな訳あるか。ま、現実はこんなもんってことだよ。ほら、さっさと行くぞ。まだゴブリン二体も狩らねーといけねんだから」


 俺はそう言って剣を鞘に収めると、懐から取り出した薬草をホムンクルスの頬に押し付けた。


 ホムンクルスはそれが落ちないよう、慌てて手を添えた。


 ···結構強くやったんだが、痛みには無頓着なのか?でも、さっきあうっ、て言ってたし。


 それとも、命に関心がないのか?


 まあいい。


 その後ゴブリンを二体討伐して、俺達は王都に戻った。

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