第11話 強制労働
「ん、んあ?」
目が覚めたあと大きな欠伸をすると、下顎に強烈な痛みが走った。
「痛たたた」
そうだ。俺はホムンクルスをベッドから離そうとして、そのとき部屋に入ってきたフレイに勘違いされて殴られたんだ。いや、あのときの動きはまじで神がかってたよ。
踏み込み一つで間合いを蹂躙して、腕が霞んで見えるアッパーを繰り出してたんだから。
きっと、ステータスとか超越してたに違いない。
「で、お前は何してるの?」
「膝先枕?」
何だよそれ聞いたことねーよ。
ホムンクルスは何を思ったか、俺の頭を自分の膝先に乗せていた。膝枕ではない、膝先枕だ。もう、落ちそうになってる。俺の頭。
「なあ、これ痛いんだけど。離してくれよ。てか、何でこんなことしたわけ?」
「あの本だと、男の人は膝枕をされて喜んでいた。なら、それが人間の生態。でも、あなたは何かがエロいから膝先で十分と判断した」
お前はその間違ったラノベ知識を直せ。
「あのなぁ?膝枕っていうのは、そう簡単にやるものじゃねーよ。お前は本に影響されすぎ」
「そうなの?」
「そーだよ。大体、本も本だっつの。頭撫でただけで惚れるとか、そんな女一人もいねーよ馬鹿か」
一時期暇を持て余して図書館に入り浸ったことがあったが、あのときに読んだ本はほとんどが腐ってたよ。正直、子供の妄想だ。
「それなら離すことにする」
ホムンクルスは躊躇なく俺の頭を床に置いた。
俺は立ち上がりながら机に手を伸ばし、時計を掴み取る。時間を確認すれば、もう九時を回ってしまっていた。
「これじゃあ、もうクエストは残ってねーな。サボるか」
「今日はギルドに行かない?」
「ああ。多分、めぼしいやつは他の冒険者に取られてる」
それに、毎日昨日のペースで金を稼げるなら、週に一回くらい休みがあってもいい気がする。
「本当に行かなくていい?」
「行かねーよ。それに今日はフレイの誤解も解かないといけないだろうし」
「確かにあれは、タイミングと場の状況が最悪だった」
ほんとそれなんだよな。あれ、傍から見たら俺がレイプ魔だもん。可笑しいよ。
もう、どうやって弁明すればいいかも分かんねーよ。
「取り敢えず下に降りて様子を窺おう。ホムンクルス、お前も来るか?てか来い」
「分かった」
「よし、行くぞ」
俺はホムンクルスを引き連れて、こっそりと部屋を出た。誰かの視界に入らないように壁をつたい、足音を立てないようにこっそりと移動する。
エルフは、森の住人と称されるくらいには身体能力が高い。ジャンプすれば人間の倍は飛べるし、耳だってよく聞こえるらしい。それに、妖精族は観る種族だ。いくら混血とはいえ、視界に入った瞬間にバレてしまう可能性がある。
まぁ、レベルを上げてステータスを上昇させれば、人間も限りなくそれに近づけるけど。
とにかく、途中で見つかって誰かに挨拶をされるわけにはいかないのだ。
こうしてコソコソと下に降りて、曲がり角から頭だけを覗かせて受付を観察する。だがそこにいたのはフレイではなく、フレイ以上の幼女だった。
いや、あの人は妖精だから、ロリババアか。とにかく、フレイではない。
今日フレイは、受付の担当ではないようだ。なら厨房か?食堂のフロアか?
「そんなところにいたら、不審者と勘違いされてしまいますよ?」
バレテーら。
まあ、妖精族の近くにいて探知されないってのもおかしいよな。ここはちゃんと事実を伝えて、女将さんに協力を乞うか。
客足を見て邪魔にならないのを確認して、俺は部屋で起こった出来事を説明した。
「て言う訳で、フレイが何処にいるのかを知りたいんですけど。フレイが休憩してる時にでも話がしたくて······」
「そういうことなら構いませんよ?今あの子は、台所で皿洗いをしていると思いますから」
「そうですか、ありがとうございます!」
相手は目上の人だ。頭を下げてお礼を述べる。
女将さんのお陰で場所が分かったから、コソコソと移動を再開した。今度は食堂に向かうのだが、厨房から食堂は丸見えだから、バレずに行くのは無理っぽい。
どうするべきか。うーむ。
「疑問がある」
「何だよ?」
「あの人は、一体誰?」
どういうことだ?誰って、女将さん以外にないだろ。
「あなたが率先して頭を下げた。魔王?悪魔?勇者?聖者?」
「お前の中での俺の評価が気になるなそれ」
「今まであなたが頭を下げたのは、さっきの人とギルドの受付嬢だけ。······受付嬢も、本当は四天王?」
だから、お前はそのラノベ脳をやり直してこい。頭大丈夫かよ。俺、お前と一緒にいて心配になってくるよ。
「ま、いいか。もう諦めてるし。それより、最悪休憩してる時に押し掛けるつもりだけど、どうやって厨房に違和感なく入れるかを考えてくれよ」
「それなら、手伝うとかでいいと思う。忙しいのなら、きっと手伝わせてくれるはず」
「お前、たまには役立つな」
そうだな。確かにそれならいけるかもしれない!
――――――――――
「何考えてんのよ変態。別にいらないわよ」
なんて考えてた頃が俺にもありました。
玉砕ですよ。もうね、付け入る隙がないっていうか、そもそも俺が信頼されてないっていうか。
ねえホムンクルス。お前の案は全く通用してないよ。手伝ってほしい以前に、バリバリ警戒されてるよ。
「なあ、お願いだって。昨日のあれは違うんだよ」
両手を擦り合わせて頼み込むと、フレイは小さくため息をついた。
「シオンがここに泊まり始めてから三ヶ月よ?その間毎日見てるんだから、あんな事しないってことくらい分かってたわよ······冷静になれば」
「え?本当?!じゃあ」
「昨日は殴って悪かったわね」
良かった。ちゃんと分かってくれていたみたいだ。レイプ魔だと勘違いされたままここに居続けるとか、悟りを開きそうで怖かったから、一安心だ。
「何はともあれ、良かったよかった。じゃあ俺、戻るから」
「手伝ってくれるんでしょ?」
「え?いやいや、それは······」
「私に向かって両手を擦り合わせてくるくらい手伝いがしたいんでしょ?」
「はい」
何だろう。この時のフレイの笑顔は、光り輝いていた気がする。
まあ、今日は暇だし?少しくらいなら手伝ってあげてもいいし?
釈然としない心の内を押し殺して厨房に入る。
厨房に入ると、油やら肉やら何やらを焼いている香ばしい匂いが充満していて、数時間も立っていれば体中ベトベトになること間違いなしだ。空気もむわっとしている。
「なぁフレイ。一日中ここにいたら、体洗うの大変じゃねーの?」
「シオンは相変わらずそういう質問を平気でするのね。やっぱり昨日のあれは、その······やっちゃったの?」
昨日の、見方によってはレイプ紛いな何かに見えるあれは、言葉にするのも憚られるらしい。フレイは言いにくそうに言葉を濁した。
「阿呆か!!俺は小さいやつは好みじゃない」
「······あっそう」
「何だよ?」
「別にぃ」
不機嫌···というより不安げな表情で俯いたフレイは、絞り出すように明るい声を出した。
「それより、体が洗いやすいかどうかだったわね。確かにここにいるとベトベトになるけど、パパが魔術できれいにしてくれるから、関係ないのよ」
「へぇー、いいな魔術って」
俺は魔物を全然倒してこなかったから、滅茶苦茶レベルが低い。そのせいでステータスも軒並み雑魚いから、魔力だってパッパラパーだ。
おまけに、魔術のスキルや才能も持ってないし。多分、一生まともな魔術を使えねーんだろうな。
「で、俺は何をすればいいんだよ?皿洗いか?」
「そうね···。料理はパパしかできないし、シオンにフロアを任せたら絶対いざこざが起こるし、皿洗いしかないわね」
「よし、じゃあお前も···あれ?」
ホムンクルスにも協力をしてもらおうと後ろを振り向くが、そこには誰もいなかった。
そういえば、おしゃべりなアイツが妙に静かにしてるなーとは思ったんだよ。
と、その時。フロアの方から声が聞こえてきた。
「注文する。この焼肉定食を頼みたい」
「お前はいつの間にそんなところに移動した?!」
あいつ、俺が厨房に入る前に自分だけ避難したな?
「私は注文をとってパパに伝えたり、フロアの掃除とかあるから。あとよろしくね」
そう言ってフレイはフロアへと向かってしまった。あとに残されたのは俺と十数枚の皿だけである。
「くそ、あらうか」
あー、面倒くさい。スポンジは何処に···ってあったあった。
端に置かれていたスポンジに少量の洗剤をつけて泡立たせ、俺は皿洗いを始めた。
あ、サラダのお皿は汚れが少ないから、めっちゃ洗いやすいな。
あ、今度はスープか?これも、一回水を通せばすぐに落ちる。
げ?!今度は焼き肉だし。油とソースでベトベトになるぅ〜。っえ、まじでヌルヌルジャン、ベトベトじゃん!!
汚ねぇ。
フレイは、いつもこんなことを当たり前にやってるのか。凄いな。
「ふぅ。ようやく終わったー。まず手を洗いたいんだよなぁ······げ、指紋の間に油が入ってるし」
皿洗いを終えて手の汚れ具合にゾッとしていると、お盆に大量の皿を乗せたフレイが厨房に入ってきた。
「はい、これよろしく」
ドカン!
最早数えるのも億劫になる枚数のそれが、俺の目の前に置かれた。
「まじで?これやるのかよ?」
「今日なんて少ない方よ?それに、普段はパパと私しかいないのよ?」
「お前ってすごいな」
「そうでしょそうでしょ?私だって凄いことくらいできるのよ?」
こればっかりは本当に凄い。小さい体なのに、一生懸命頑張ってるんだな。
少しだけ気分を改めて皿洗いを始める。
その後、大量に皿を洗いながらも、フレイの追加攻撃によって終わりのない皿洗いループに迷う羽目になった。
最初のうちは面倒くさいと思ったし、何より手の汚れが気になってしょうがなかった。
だがお昼どきで忙しくなるとそれどころじゃなくなって、只々手を動かすしかなかった。
夕食時にはありえないくらいに人が来るから、どれだけいそいでも皿が減ることはなく、逆に速く洗うことに楽しみを感じ始めていた。
そうして、あっという間に時間が過ぎていった。
「お疲れ様。一日働いて、どうだった?」
「死ぬ。ゴブリンを殺してるほうがずっと楽だったよ」
フロアのカウンターに体を預けて、ありったけの本音を漏らす。すると、フレイはあはははは、と軽快に笑った。
「ね?結構忙しいでしょ?特に、今日の夜は普段より客足が多かったからね」
フレイが笑った。それは、とてもいい笑顔だった。
仕事は疲れるが、それを終えた達成感は、これだけ綺麗で純粋な笑顔を作るらしい。
「そうだな。忙しかったよ」
今後も、少しなら手伝ってあげても良いかもしれない
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