第7話 いろいろと面倒くせえ

「ええ、と。あのぉ〜」


「んだよ。さっさとそいつを寄越しやがれ」


 こいつ、とうとう隠そうともせずにホムンクルスを欲しがりやがった。んだよ、運だけ強いお気楽野郎が。


「それは無理な相談かなぁーって、シオンはシオンは遠慮がちにつぶやいてみたり?」


「んだてめぇ?しばくぞごら」


「いいえ、めっそうもございません」


 心の中でなら、こんなやつ何度だってしばき回すのに。そんで、豚の丸焼きの隣に並べるのに。


 何だよ。苦しさ一つ味わったことも無くて、ちやほやされ続けて、それで弱者から物を奪うってか?


 ふざけんな。冗談は顔だけにしてくれよ。もうハロウィン終わってんだよ。今5月なんだよ。いつまでそのパンプキンヘッド引っ付けてんだよあぁ?


「なぁ?お前さんも、こんなもやし野郎と一緒なのは嫌だろ?」


 「······」


 下卑た目を隠そうともせずに、ホムンクルスに問い詰める男。だが、無視されるなどとは思ってもいなかったらしい。


 男は額に青筋を浮かべながら、更に一歩ホムンクルスへと詰め寄った。


「なぁ?!お前も!俺と一緒のほうがいいよなぁ?!」


 いや、それお前の願望だろ。てか、周囲の視線に気づけよ。馬鹿じゃねぇの?


「······」


 しかし、それでもなおホムンクルスは黙秘を敢行し続けた。


 何だよお前。ちゃんと人の話聞いてんじゃんかよ。

 でもそれ、今やる?!

 絶賛俺のSAN値がピンチなんですけどぉ!!


 これあれだよ、頭とか殴られたら、俺の偏差値ピンチになんぞ。いや割とまじで。


 そんな内心でホムンクルスと男を見ていると、ふいにホムンクルスが口を開いた。


「俺以外の奴とは喋るな。俺だけ見てろ」


「は?」


 唐突に喋りだしたホムンクルス。男はその真意を測りかねているようだったが······


「そう、言われた」


 その一言で、表情を憤怒に染め上げて···


「ヒューーー!!」


「チックショウ!てめぇ、やりゃあできんじゃねーか!!死ねクソ!!」


「シオンって大胆なんだな!!」


 男の怒声を遮るように、ニヤケ顔の冒険者たちが囃し立て始めた。


「おい、お前、大丈夫か?」


 急に囃し立て始めた冒険者たちの中から、一人の冒険者が出てくる。

 そいつは俺の肩に手を添えて、こう言った。


「お前、そんな趣味だったのか?いや、いいんだぞ?年端もいかない少女に自分の服を着せて連れ歩く性癖とか、多分···あると思うし。···やっぱ三歩くらい離れてくんね?」


「違うって!!それは···」


 慌てて弁明を試みるが、既にロリコンコールと、男装コールがギルド内に響き渡っていた。


「いや、だから、さぁ···はぁ」


 あー、うん。これは、無理なやつだ。もう収集つかないよこれ。

 それは、何故か騒ぎ立てている冒険者たちを見れば明らかだし、その空気にあてられて尻込みしている男の姿が俺のその思いを助長させる。


「おい、よく分からないけど、受付行くぞ」


 ホムンクルスの腕を掴んで受付に向かうと、俺の担当の受付嬢は露骨に顔をしかめた。


「あれ、どうしてくれるんですか?」


「それが分からないから無視して来たんだけど」


 思えば、どんな形であれこの人と事務的ではない会話をしたのは初めてだ。まぁ、どうでもいいけど。


「今日も薬草採集クエストを受けますか?まだ依頼なら残っていますが」


「それもあるけど、まずこいつの登録をしたい」


 受付嬢は僅かに眉をひそめた。

分かっちゃいるよ。

 奴隷には住民票がない、人によっては名前もない。そんな奴らを、形だけとはいえ登録するのは迷惑だって。


「シオンさん、それ、分かっていってます?」


「俺にはあんたらの都合は関係ない。俺の要求を受け入れるのがあんたの仕事だろ?」


 一応の確認と、逃げの効かない言葉で攻めれば、受付嬢は首を立てに振るほか無かった。


 その後は至ってシンプルに話が進んだ。


 住民票がない、名前がない。

 ナイナイ尽くしのホムンクルスにはこれと言って必要な記入項目がなかったからだ。


 魔力だけは解析されたくないから、魔力なしのポーターで通したけど、まぁ、それだけだ。


 ようやくギルドを出て、溜まったストレスを絞り出すように大きくため息を吐く。

 横では、ホムンクルスがギルドカードを大切そうに抱えていた。


「それ、再発行には金が発生するから。絶対に無くすなよ?」


「ん。分かった」


そう言うとホムンクルスは、大事そうにギルドカードを懐に仕舞い込んだ。


 表情に変化がないからいまいち何考えてんのか分からないけど、まぁ、俺としては悪い気はしない。


「疑問がある」


「何だよ?」


「あなたは、何故私を助けたのか?私という存在を正確に把握し、それを背負うリスク計算も出来ているのに、何故?匿う理由が分からない」


 ホムンクルスは、ジッと俺を見ていた。

 対する瞳はガラス玉のように、何も与えず、何にも反応していない。只空虚なそこに足を踏み入れれば、たちまち呑み込まれてしまうだろう。


「何難しいこと考えてんだよ?」


「?」


「?、じゃねぇ。男の考えることなんざぁ、食う、寝る、ヤル。それくらいだっつーの」


 何でもなし、と。普通に歩みを進めるが、ホムンクルスの足音が続かない。何だよ、面倒なやつだなぁ。


「あなたは······」


「ん?」


「あなたは、私を用いて性的欲求を解消するために、私を助けた?今も私を匿っている?」


「······んなわけねえだろ」


「今の間は何?」


「んでもねーよ。行くぞ」


「話題を不自然に切り上げている。認められない。速やかに······」


「うっせぇ!」


 ついイラッと来て、昼飯用のパンをホムンクルスの口にねじ込んでしまった。

 この口煩くて人の話を聞かないやつのことだ。きっと、文句の一つでも言われるんだろう。


 自覚もなく身構えるが、ホムンクルスはパンを咀嚼したまま微動だにしない。何だと言うのか?


「何だよ、行くぞ······って、今ので昼飯なくなっちまったじゃねーかよ。仕方ねえ、買い直すか」


 本当、湯水のように金がなくなるな?!

 誰のせいだ?お前のせいだな!!


「ちょっと来い。ギルドに戻るぞ」


「薬草採集のクエストは受注したはず」


「ちげーよ。金が足りねーから、追加でクエストを受けんの。分かった?」


 納得、と言って押し黙るホムンクルスを連れて、俺はギルドまで戻っていった。

 流石にさっきの馬鹿騒ぎは終わっているようで、冒険者たちはクエストを真剣な表情で眺めるか、談笑しているかしている。


 俺もクエストボードの前に出来た人だかりに混じって、クエストの吟味を始めた。


 正直言って、かなり不安だ。

 ゴブリンを同時に二体相手取れない俺が、契約によってどれだけ強くなったのか。

 スキルがあるから、最悪死ぬということは無いだろう。だが、万が一という事もありうる。


 もしほとんど強さが変わっていなかったら······って、何を悩んでるんだ俺?


 仮に強さを得られなかったからと言って、それは日常の延長線に過ぎない。

 そうしたら、また逃げればいいじゃん


―――本当に?


 当たり前だろ?馬鹿かよ。


思考を打ち切って、俺はゴブリン三体の討伐依頼をボードから引き千切った。


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