第6話 ベタな展開

「ん、ふぁぁぁあ」


 俺の朝は早い。


 冒険者の総数に対して、用意された依頼の数は少ないからだ。薬草採集の依頼は、毎日限られた枚数しか発行されない。


 それを取り損ねれば、採集してきた薬草の換金はなされたとして、クエストの達成報酬を受け取れない。もしそうなれば、それは由々しき事態だ。


 故に、少しでも楽をして金を得るため、俺の朝は早い。


 が、意外なことに俺より先にホムンクルスが目を覚ましていた。

 不審に思って顔を覗き込んでみるが、寝不足を感じさせる要素はなかった。至って健康的に見える。


「早いな。寝れなかったのか?」


 一応、念の為に聞いてみた。


「違う。私は契約で命を永らえてる。睡眠や食事は、体を維持するための手段として数えられてない」


「ふーん」


 それは、結構、なんつーか。


 ······可愛そーだな。

 何となく、他人事のようにそう思った。


「ま、眠くないんならいーや。これから俺の支度が終わったら、お前の冒険者登録と、生活必需品を買いに行くから」


「理解できない。私は、放っておくだけで問題ないはず」


「俺が拾ったのが、ホムンクルスだとしたならな。バレないようにするなら、怪しまれるより堂々としてた方がいい。だから、最低限人間らしくしろってんだよ」


「納得」


 こいつ、納得してんのか?ま、押しても引いても抵抗しなさそうなやつに反応を求めるのも可笑しいか。


「取り敢えずこれ着てろ」


 またボロ布を纏わせる訳にもいかない。仕方無く俺の唯一の普段着を差し出すことにした。男物だが、背に腹は変えられないだろう。


「これ以外に服はない?」


「人の貧乏を嗤うやつは、心が貧相だぞ」


「違う。あなたが着る服がないと聞いてる」


「俺は冒険者だから、装備品を着けてりゃどうにかなる。けど、流石に買い足さなきゃ駄目だな。あーあ、金が無くなる無くなる」


 わざとらしく嘆いてみせるが、ホムンクルスは反応一つしなかった。皮肉が通じないのか、それとも、そういう"機能"を埋め込まれなかったのか。


「ま、そーいうことだ。あぁ、冒険者登録っつっても、お前は奴隷として登録するから、名前は考えなくてもいいぞ?どうせないんだろ?」


「奴隷には、名前がない?」


「ちげーよ。王都じゃ、奴隷に住民票が与えられない。一人の人間として数えられてねーんだ。だから、冒険者ギルドも奴隷にまで目は配らねえんだよ」


「あなたは、奴隷?」


「殴るぞ?」


 軽く本音だったんだが、何かが面白かったんだろう。ホムンクルスは乾いた声で笑った。本当に、地に足がついていないような、心もとない笑い声だった。


「何だよ?」


「ううん。女の子を助ける人は、良い人しかいないから。殴るなんて、普通言わない」


「なぁ、気にはなってたんだけど、その偏った知識はどこで仕入れてんだ?」


「お部屋の本?」


 部屋?こいつは、カプセルから一心不乱に逃げ出してきたんじゃねーのか?


 その疑問を口にすると、ホムンクルスは予想外の言葉を口にした。


「カプセルの横の机の上に置いてあった。机の上にあったボロ布を持ち出したとき、一緒に付いてきたやつ」


「で、それはどこにやった?」


「途中で売った。お金が無かった」


「そうかよ。ま、よく分かんねーからどうでもいいわ」


 そうこうしているうちに俺の支度が整い、冒険者ギルドに向かうことにした。


@@@@@@@@))


「おい、いいからお前は一言も喋るなよ」


 現在冒険者ギルドの前で、俺はホムンクルスに詰め寄っていた。

 こいつ、どうにも人の話をしっかり聞いていないように思える。


 冒険者ギルドとは、ならず者崩れみたいなやつでありながら、下手に力を持っているため、上層部との繋がりを持つものが多い場所だ。


 万が一ここでバレれば、冒険者ギルドだけでなく、最悪貴族にまで目を付けられるかもしれない。一度に二度も憂い目を······。


 ここは、何としても黙っていてほしい。


「分かった」


 うん。信用してない。


「じゃあ入るぞ。多分視線集まるけど、無視して下向いてろ。どうしても駄目なら、俺以外の奴とは話すな。俺だけ見てろ」


「分かった」


 やっぱり、信用できない。


 でも、いつまでもうじうじしてたら時間がなくなってしまう。後ろ髪を引かれる······それはもう引き千切られそうなほど引かれる思いでギルドに入れば、やはり視線はホムンクルスに集まった。


 そりゃそうだ。見た目だけならすっぴんのくせに貴族令嬢より可愛くて、それが男装をしてる。誰だって嫌でも気になるだろう。


 俺だったら、話しかけて玉砕してるところだ。···玉砕しちゃうのね、俺。


「何だあの子?」「知ってっか?」「いやまさか」「俺、声掛けようかな」「隣にいるのは、あいつはシオンか?」


 様々な声が聞こえる。それなら全てホムンクルスに向けられたものだ。正直、そわそわして仕方がない。今すぐ帰りたい。 


 そんな中で一人、王都でもそれなりに幅を利かせる冒険者が立ち上がった。


「おい、その子なんだ?」


 いきなりベタかよ、そういう展開求めてないから。帰れよ。

 お出口はあちらになりますぅ〜。


「俺の奴隷だけど?」


奴隷を持つことに、年齢などの一定の条件は存在していない。ただ、金を払うか誰かから正式な手続きを踏んで譲り受ければいいだけだ。


 だから、俺の言葉自体に違和感はなかった。


 むしろ、奴隷なのがいただけなかったらしい。


「へぇ、じゃあ、ちょっとそこんとこちゃんと教えてくれよ?」


 そういって、その冒険者は近づいてきた。

 どうせあれだろう。お話するとか言って、俺に奴隷受け渡しの手続きを踏ませようとしてるんだろ?


 させねーよ?


 それに、今の俺にはホムンクルスとの契約によるドーピングがある。この程度、怖くはないさ。


 何、ちょっと怒れる男ってもんを魅せるだけよ。


「やめたほうがいい。多分、勝てない」


 おい、今なんて仰っしゃりましたでしょうか?お嬢様?


なんて言うか、早速使えなさそうなホムンクルスだった。

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