第5話あのときの夢

 俺には夢があった。


 今となっては藻屑と消えた、どうでもいい一時の感情だ。あるいは、セリアがいて初めて形を成すものなのかもしれない。


 冒険者となって一旗上げる。


 誰しもが願い、誰しもが諦める。それは道端の小石のようにありふれていて、なのに実現するのが不可能に近い夢だ。


 きっと、皆気づくんだろう。そのタイミングは様々だ。

 俺はスキルをもらった瞬間だった。


 だが、偶々全てがうまく運んで、天にも見放されずに時を過ごした奴らだけが、それを叶えようとする。

 そして、その中でも更に一握りの人間が、冒険者として一旗上げることに成功するのだ。


 可笑しい。

 仮に神父達が崇拝してやまない神とやらがいるとして、俺達の一生を左右するスキルは、そいつの気分で決められているのだ。


 人間は完全じゃない。


 凸凹で、


 あべこべで、


 ときには腐っていて、 


 とても汚くて、


 その汚さはさながら感染症のように伝播する。


 なら、全てが運一つで上手く行った奴らを見て、恨みを感じちゃいけないのか?


 いいだろ。


 いいなぁ。ずるいなぁ。羨ましいなぁ。


 なんで俺だけ?なんであいつだけ?


 パーツが不完全なオルゴールは、軋んだ音を立てるのだろうか?動くのだろうか?止まるのだろうか?


 人間は群れる生き物だ。一人ひとりがパーツとして、お互い手を取り合っている。

 そのパーツ全てが凸凹で、ぴったりハマる相手が見つからないのなら、いとも簡単に壊れて何がいけない?


 夢なんか、見てられないんだよ。


 上手く行った奴らを、恨まずにはいられないんだよ。


 ······俺にとってはその相手が、セリアだった。








 

 シオンはこのときまだ知らない。


 名前もない、存在すら定義されていない"一つ"の少女が、契約を終えて自身の過去を覗き見てしまったことを。


 そして、一個人として自我が確定していない"それ"は、シオンの過去に深く影響を受けてしまったことを。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る