親友の言葉
学校に着いて、4階の部室を目指す。朔は文芸部の作業で早めに来ているので、職員室に鍵をもっていく手間が省けた。
ドアを開けると、いつものように散らかった机の上にたくさんの本が積まれており、その端で今年の紀要を折りこんでいる朔がいた。
「よー、早かったな。もう書き終わったのか?」
「や、まだ全部は書き終わってないんだけどさ。途中まででも見てみてほしいんだけど」
「まだ終わってないんかーい!佐倉ちゃんに見せるのもうすぐなんだろ?絶対もう書き終わってるぞあの人」
朔がいつもの調子で言いながら紀要をぱさっ、と置いた。
「まあでもほとんど終わってるからさ。とにかく読んでみてくれよ」
そう言って千秋は鞄から原稿用紙の束を渡した。朔は基本的にあまり人の小説を否定するようなことは言わないが、指摘するポイントが正確であるだけにやはり緊張する。
まるで編集者のように、朔はぺらぺらと原稿用紙をめくっていく。だが途中から、朔の様子が少し変になってきた。
最初はあははと愉快そうに笑ったりしていた。しかし、途中から、千秋が見るにちょうど千秋が現実世界に帰ってきてから書いたところあたりから、急に顔が曇り始めた。ぺら、ぺらと読むスピードが速くなっていき、最終的には読み終わる前に机に原稿用紙を置いてしまった。
「千秋」
朔はあまり千秋のことを名前で呼ばない。そんな堅苦しい間柄じゃないし、朔はいつも千秋ちゃんとかおまえ、とか呼んでいる。「千秋」と呼ぶときは、たいていケンカしている時か、まじめな時くらいだ。
「俺とお前の間だからさ、あえて包み隠さず言うからな。・・・千秋、こことここの間に何があった?」
「え・・・」
朔はちょうど千秋が帰ってきてから書き始めた原稿用紙と、その前の原稿用紙を指さして言った。あまりに正確に突かれたので、千秋はつい驚いて変な声が出てしまう。
「い、いや、別に何も・・・」
「何もなくはないだろ。ここまでの小説はすごいよかった。人物描写も心情表現も、千秋自身の今の状況とかが見えてすごいいい作品だった、なのに」
一瞬朔は言葉に詰まって、でも決心したように強い口調で言った。
「ここから先は、はっきり言って駄作だ。全く面白くない」
「・・・」
千秋は絶句した。今まで朔がこんなことを言うことなんてなかったからだ。
「それってどういう」
「自分でわからないか?」
食い気味に朔が聞いてきた。
「・・・わからないから持ってきてるんだろ」
つい返す口調が強くなってしまう。だが、朔の次の言葉がさらに火に油を注いだ。
「今までの千秋の小説はみんな、別に決していい出来ではないけど、主人公に寄り添って小説を書いてた。主人公がどう悩んでどう考えて生きているのか、それを考えて書いてる小説だってことがわかる小説だった。だからお前の小説を楽しみにしてた」
朔は立ち上がって言う。
「それなのに・・・。千秋、お前が書いているこのルカって女の子は、本当にこの結末で満足するのか?お前は本当に、こういう結末の小説を書きたかったのか?俺にはそうは見えない。前半部分であれだけもがいて悩んで苦しんでいた主人公が、何もかも悩みを捨てて人を好きになる、そんな話をお前は書きたかったのか?」
「そんなわけないだろ!!」
言われたくないところを突かれて、千秋は叫んだ。
「じゃあなんで」
「しょうがないんだよ。結局現実なんていくら考えたってうまくいかない。何も考えずにいるほうが幸せなんだよ・・・。それをただ書いただけだ。所詮小説なんだ、こういう結末のほうが」
「バカ野郎!」
そう言って、朔は見たこともない悲しそうな顔で、千秋の胸ぐらを掴んだ。
「お前の小説のことなんて知ったこっちゃねえんだよ!でもお前は、お前は自分の小説の主人公のことはちゃんと知ってあげなきゃダメだろ?!お前は本当に、この小説の主人公と一緒に悩んだのか?!この主人公の女の子と一緒に傷つき、悲しみ、悩んだのか?!今のお前の小説は心がない!お前は本当に、自分の小説の主人公と心を通わせたのか?!」
「心を・・・通わす・・・・・・?」
その瞬間。
千秋のなかで引っかかっていた矛盾が、すべて吹き飛んだ。
「そうか、、、そういうことか、、、わかった、わかったぞ朔!!ありがとう!!」
「・・・はあ?」
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