僕の気持ち
昼過ぎの気温が上がる太陽の下で、千秋は一心不乱に自転車をこいでいた。稲穂があわただしく風になびき、ざわ、ざわと鳴っている。制服のシャツは汗で張り付いて、それが風に当てられて冷たいが、そんなことはどうでもいい。出来るかぎり最大のスピードで、千秋は自転車をこいだ。
なぜ、今まで世界はつながっていたのか。
教授は言った。世界が重なっている時に人が行き来するためには、想像力に関わる何か条件がある、と。
なぜ、多くの小説がありながら自分とルカだけが会えたのか。
ユキのおじさんと小石川晴彦は、お互いの小説を書いていたのに会ったことはなかった。とすると、「お互いの小説を書いている」というのは会える条件にはならない。そして、自分たちの場合と違うのは、それは作品の内容も作者自身も、全く似ていない、ということだ。
じゃあ、なぜ、今まで俺たちは会えていたのか。
他のあらゆる人との違いは一つ。それは、お互いの性格と書いていた作品の内容が似ていたことだ。ユキは言っていた。
『千秋くんはユキとよく似てるから、もしかしたらむしろルカに共感するのかな。ルカがあなたのことをあれだけ気に入っているのも、きっとあなたがルカと似ているからかもしれない』
なぜ、それが急にお互いが離れたのか?
離れたタイミング。それは自分とルカ、二人の小説に込めていた想いが、初めて食い違った時だった。あの時ハッピーエンドを望んで書いたルカの気持ちを、千秋は全く共感することが出来なかった。そしてその時に、世界が再びずれた。
これから導かれる結論は何か。
それは、今まで世界がつながっていたのは、二つの世界が想像力で重なっているタイミングで、自分とルカがお互いの作品を、同じ気持ちで書いていたから、ではないか。そして離れたのも、ハッピーエンドであってほしいという、小説に込めた想いがずれたから、なんじゃないか。
これはあくまでも予想に過ぎない。正直高校生の頭で考えられるのはここまでだ。
でも、これしか考えられない。ジョン大教授の「想像力でつながっている」っていう話を本当だとするなら、条件の中にお互いの気持ちが関わっていたって不思議じゃない。
確証はない。理屈から考えても全くもって意味不明だ。百人が聞けば百人が迷わず「あり得ない」と答えるだろう。こんなもの仮に小説の題材になんてしたら、間違いなく叩かれるだろう。
でも、やってみる価値はある。もう一度だけ会えるチャンスがある。僕自身の手で、運命を変えられるかもしれない。
だけどどうやって?
もう会うことすらできないルカと、同じ気持ちになるなんて土台無理な話だ。
ルカはどう考えているんだろう。そう思って千秋はルカのことを思いだす。
でも、いくら考えたって、結局相手の気持ちすべてを理解できるはずなんてないのだろう。
僕は。
僕はどうしたいんだろう。
・・・そんなの決まってる。
ルカに会いたい。
他に好きなやつがいるとか、ルカの過去とか、もう会える時間が少ししかないとか。
もうそんなのはどうでもいい。
ルカが同じように、僕と会いたいと思ってくれているのかはわからない。でも、それでも、もう一度会って話をしたい。あんな別れ方は嫌だ。もう一度、ルカに会いたい。三週間で会えなくなって、もう二度と会うことはない。どう転んでもバッドエンドだ。それにこの方法ではルカを傷つけることは避けられない。
それでも。
僕はルカに会いたいんだ。
図書館の扉の前で自転車から飛び降り、鉄扉を思い切り開けて中に飛び込んだ。中では受付にいる佐倉さんが驚いた顔をしている。
「千秋くん?!こんな時間にどうし」
「すみません!ちょっと2階使います!」
あわあわしている佐倉さんを横目に、一段飛びで2階の机にたどり着いた千秋は、鞄から原稿用紙を抜き出して机に広げた。
今日はちょうど、向うの世界に飛んでから3週間だ。リミットは今日中。もしかしたらもう過ぎているかもしれない。
でも、出来る限りのことをやろう。
千秋はペンを出し、朔に渡した小説の続きを、一心不乱に書き始めた。
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