千秋のセカイ
「え?」
千秋は二の句を継げなかった。
なぜなら、今まで見ていたものがすべて夢だったとして、こっちの世界はまだ夏休みが始まったばかりだったはずだからだ。学校なんて始まるはずもない。
「え、って・・・。学校始まる日にちくらい覚えておきなさいよ」
「え、いや、だって今日ってまだ夏休み始まったばっかりで・・・」
千秋がしどろもどろにそう言うと、佐倉さんは不思議そうに首をかしげた。
「今日はもう夏休み始まって2週間過ぎてるわよ?」
千秋は佐倉さんに頼んで、図書館の奥にある小さな司書室でカレンダーやらニュースやらを片っ端から見た。だが、現実は佐倉さんの言った通りだった。
この世界は、千秋がむこうの世界に行った日から、すでに2週間以上経過していた。そして、その日数はちょうど、千秋がルカとユキの世界で暮らした日数と同じだった。
(どういうことだ・・・?)
まさか、2週間近く寝ていたわけない。つまり夢ではなかった、ということだ。千秋がいた世界と、千秋が飛んだ世界は確かに時間的に並行していたのだ。
でもそうだとしたら、なぜこの世界の空白の時間で自分はいたことになっていたのだろうか?
千秋は後ろで思案顔をしていた佐倉さんに向き直った。
「佐倉さん、僕ってこの2週間何していました?」
「うーん、普通に暮らしてたよ?図書館にたまにきて、本借りて・・・。あ、でも」
佐倉さんは一瞬迷ってから、
「なんか嬉しいことがあったみたい。一緒に来た朔くんが、恋愛が成就しそうでどうたらこうたら、みたいな話していたわ。千秋くんが恥ずかしそうにしてたからあまり深くは聞けなかったけど・・・」
千秋は話を聞きながら、まだしっくり来ていなかった。
この現実世界は、すでに2週間経過している。そして、自分の記憶は飛んだ先の世界のことしかない。
でも、飛んでいた間の2週間は、何もつつがなく、というよりもむしろ良好に、世界は動いていたようだ。つまり、現実世界でもちゃんと「僕」は存在して、世界は回っていたことになる。
正直、理解が追い付かない。
すると、佐倉さんは心配そうに「大丈夫?」と聞いてきた。今の現状を全部話しても理解されないだろう。むしろ頭がおかしいと思われるかもしれない。でも、自分の頭で考えても何も結論が出ないような気がした。
「佐倉さん、あの、あくまで仮定の話なんですけど」
「うん?」佐倉さんはうなずく。
「もし、異世界に転生した人がまた現実世界に戻ってきて、でも捜索願が出されてるみたいな設定を書きたくない時って、佐倉さんならどうします?」
我ながらなんとも意味不明な質問だ。これでわかってもらえるのだろうか。
しかし、佐倉さんは意外なほどはやく答えを返した。
「私なら、『いたことになっていた』、って設定にするわね。人間の感覚なんてあいまいだもの。全然会わなくなった友人が、世界から消えているなんて誰も考えないでしょ?それと同じようなもの。仮にいなくなっていたとしても、世界はだんだんと人の感覚を修正して、「彼がいない間も彼はいた」っていう風にしていた、ってことにするんじゃないかしら」
立て板に水を流すがごとく話す佐倉さんに一瞬あっけにとられてしまったが、こういった話を千秋は聞き覚えがある。
ジョン大教授と話していた時に、「世界の修正力」というものが働くということを聞いた。世界はバグをなかったことにする、と。それを考えれば、多少無理があるにしても、千秋がいない間も世界の修正力で「いた」ことになっていて、そしてルカが書いていた小説のシナリオ通りに、自分は七瀬さんとうまくいく2週間を過ごしていたことになっていたと考えることもできる。
しかし、千秋はジョン大教授を思いだしたことで、千秋は1つの疑問に行きついた。
『この世界と、異なる世界が重なっている期間は3週間だ。この期間が過ぎると、世界は再び離れる』
ジョン大教授は確かにそう言った。でも、カレンダーでもまだ2週間しか経っていない。これだけがまだ矛盾点として残っている。
千秋は再び口を開いた。
「もし、異世界から戻ってきちゃうとしたら、どういうきっかけがあると思いますか?」
思いついてすぐ聞いたせいで、もはや仮の話という設定を忘れてしまっていることに言い終わってから気づいた。しかし、佐倉さんは気にも留めず即座に反応し、
「それが私もわからないのよ」
と思案顔でつぶやいた。
「え?」
急によくわからない反応が帰ってきたので、思わず聞き返す。すると、佐倉さんは慌てて手を前で振った。
「あ、えと、ううん違うの。うーん、そうね・・・。私もあまり思いつかないわ」
苦笑いしながら佐倉さんは首を傾げた。打てば響く才女の佐倉さんがこんな返しをするなんて初めてでびっくりしたが、まあもともとが素っ頓狂な話なので仕方がないだろう。
とにかく、今は・・・。
・・・今は?
僕は何をしようと思っているのだろう。ふと、見知らぬ出来事が網羅されている新聞をめくる手を止める。
この世界に戻ってきた。僕はもとの世界に戻りたいのだろうか。
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