机上の原稿

 3日後、ルカはニールと会うために出かけた。この3日間、ルカとはあまりちゃんと話していない。自分だけが知っている事実と、ルカの行動は確かに矛盾している。

 そして、ルカはその矛盾できっと悩んでいるのだろう。


 でも、自分の存在さえなければ、今のルカの行動は至極当たり前の反応なのだ。好きな人にデートに誘われる。べつに断る理由もない。急に自分で自分が酷く邪魔者のように思えて、千秋は考えるのが嫌になった。


「千秋くん!布団干すの手伝って!」

 ユキが庭で呼んでいる。普通なら、彼女のようにルカの恋を、事情は知っているとはいえ応援してあげるのが道理というものだと千秋は思う。だからこそ、あの時「そうだね」と言ったのだ。

 なのに、なぜかルカにあまりうまく接することができないのはなぜだろう。


 そんな千秋の思案をよそに、ユキは「ふあ~あ」と大きなあくびをした。

「ごめんねえ、最近寝不足で」

 ユキが目をさすりながらぼやく。

「寝不足?」

「うん、なんか最近ルカが机でなんかやってるのよ。その音で起きちゃって。それに、ルカに何やってるのって聞くとものすごい剣幕で怒られるの。だからそっとしてるんだけどね。・・・あれ絶対ニール君へのラブレターだよ」

 ユキが推理顔で頷いている。

 恋する乙女は準備がさぞ大変なのだろう。ルカの目には少しクマがあって、ユキが一生懸命化粧で隠したんだそうだ。

「全く、世話が焼ける子よねえ~、天邪鬼なんだから」

 ユキはそう言いながらもにこにこしながら布団を叩いている。


 一方の千秋は、どういう顔をすればいいのかわからなかった。

 あの時、夕暮れのバルコニーで話していたことは、自分の話に合わせてくれていただけだったのだろうか。それとも本音だったのだろうか。でもそれでは今日デートに行く意味がわからない。結局誘われれば行くくらいの決心だったのだろうか。千秋はルカを尊敬していたし、共感もしていた。

 でも今は、ルカのことが全然わからなかった。


「あ、そうだ千秋くん」

 思いだしたようにユキが問いかけてくる。今は忘れよう。帰ってきてからルカに聞けばいい話だ。この世界にいる時間もそう多くない。どうせなら仲良しのまま別れたほうがいいだろう。千秋は頭の中に引っ掛かっている何かを頭の奥に押し込んだ。

「どうしたの?」

「あのね、わたしとルカの部屋にベランダがあるんだけど・・・」




 千秋はおそるおそる、茶色の木目に「ユキ&ルカ」と比較的新しめな小さい看板が立てかけてあるドアを開けた。どうやらいつもは2階のベランダで洗濯物を干しているらしく、洗濯バサミやら諸々を置きっぱなしにしてしまったという。だからといって女の子の部屋に入らせるのもどうかと千秋は思うが、ユキは「どうせ千秋くん変なことしないでしょ」とのほほんと言った。ここで断ったら変なことしようと思っているんだと勘違いされそうなので、断れずこうした状況になっているわけである。


「おじゃまします・・・」

 部屋を開けると、広くも狭くもない白壁の部屋に、ピンク色の丸いじゅうたんと二段ベッドが置いてある。壁に備え付きの大きな窓の横には勉強机が2つあり、片方は恐ろしく整頓されていて、もう片方は恐ろしく散らかっていた。机というのは性格を表すらしいが、これほどあからさまだとあながち間違っていない気もする。


(あれ絶対ニール君へのラブレターだよ)

 ユキの声が耳に響く。昨日ルカはこの机で、好きな人に手紙を書いていたのだろうか。

(いや、そんなの僕に関係ないだろ)

 今は忘れるべきだ。それを考えたところで、胸が変に痛くなるだけだ。千秋はかぶりを振って、窓に向かって歩いた。


 その時、一瞬、無意識に机を見てしまった。

 窓から差す光が照らすその机の上には、便せんではなく、千秋がもとの世界で見慣れた原稿用紙があった。


(何だ、これ?)


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