虚飾の笑顔

 3

 目を開けると、最近やっと見慣れてきたなあと思う木目の天井が目に入った。


「あ、目覚ました?千秋くん」

 ユキの声が聞える。背中には柔らかいソファの感触がして、体にはふわふわの毛布がかけられていた。どうやら家のソファで寝ていたらしい。

「ごめんねー、見つかりそうだったから急いで転移魔法使ったんだけど、あれ対象者の魔力ものすごい使うのよ。それで耐性なかった千秋くんぶっ倒れちゃってね~」

「ぶっ倒れたって・・・そんな簡単に・・・」

 相変わらずおおらかというか何というか。違う世界から来た千秋は当然魔力とかそういうものはない。おそらく代わりに体力を吸われたのだろう。相変わらず難儀な世界である。

 だがそれよりも、2人は何の話をしていたのかのほうが重要だ。

「それで、あの後は?」

 千秋はおそるおそる聞いた。

「あの後も何も、私も一緒にこの家まで転移したからわからないよ。それにルカが帰ってきても、本人に直接聞くのはなんだか野暮な気もするし・・・」

「確かに・・・。というか、ルカはまだ帰ってきてないのか?」

 と言いかけたその瞬間、

「ただいまー」

 とルカの声が聞えた。


「えっ、もう?」

 千秋は慌ててユキに小声で声をかける。

「もうって、もう夕方よ千秋くん!それより、とりあえずこっちからはさっきのこと、触れないように!」

 ユキにくぎを刺されて、とりあえず平静を装ってルカがリビングに来るのを待つことにした。でもポーカーフェイスを保てるだろうか。

 すると、ルカはいつもと同じように大仰にドアをあけて、「ユキ、おなか減ったー」と言った。なんだ、普通の感じだ。ユキも虚をつかれたように、「あ、う、うん、おかえりルカ」と返す。言っている本人が全く動揺を隠せていないのもおかしな話である。だが、それ以上にニールと二人きりという状況があったならユキに泣きつくくらいのことをしてもいいはずなのに、ルカが全くいつもと変わらないのは違和感しかない。


 もしかして、本当に見間違えだったのだろうか。

「ユキ、わたし荷物置いてくるから部屋行ってるね」

 そう言ってたたた、とリビングを横ぎったルカと、千秋は目が合ってしまった。思わず声が出ない千秋に、ルカは

「おかえり、千秋。寝てたのね」

 と普通の声音で声をかけてきた。これだけなら千秋も何も不審に思わなかったろう。しかし、千秋にはほんの少し違和感があった。いつもなら「お昼寝なんてたいそうなご身分ね」とか憎まれ口の一つでも叩きそうなものなのに、ルカは笑っているのだ。

 千秋にはその笑顔が、作り笑顔だと直感的に気づいた。

(やっぱりなんかあったか)

 ルカがそのまま部屋に行ってから、ユキがちょいちょい、と手招きをしてきた。ユキに見せられたその袋の中には、大量の野菜が入っている。

「今日はステーキって言ったのに・・・。やっぱり何かあったね」



 ルカが階段から降りてきたのは、それからしばらくたって、夕飯の時間になってからだった。

 いつも夕飯を食べながらしゃべってユキに怒られるルカが、黙って野菜炒めを食べている。でもその箸使いは何とも危うげだった。

「ルカ、大丈夫?さっき帰ってきてからずっとそんな調子だけど」

 見かねたユキが声をかけると、ルカは一瞬びくんとして黙っていたが、意を決したように口を開いた。


「あのね、今度ニール君と出かけることになったの」

「ええ?!」

 ユキが素っ頓狂な声を上げて持っていた箸を落とした。千秋も覚悟はしていたとはいえ、うまく反応できない。

「ニール君から誘ってくれたの。最近出来たテーマパークに一緒に行かないか、って・・・」

 ルカの話す大きさが段々小さくなっていく。見ると、横目でちらちらと千秋のことを見ていた。一瞬目が合ったが、正直どんな顔をすればいいかわからない。

「それでそれで?!なんて答えたの?!」

 ユキは心から嬉しそうに聞いた。

「その日は授業もないし、いいよ、って。断ってもニール君に申し訳ないし」

「断る理由なんてないじゃない!よかったわね、ルカ!一歩前進じゃない!」

 嬉しそうなユキと正反対に、ルカの顔はどこかさえない。たぶん、僕に気にしているんだろう。千秋は思った。

「ね、千秋くん!ルカ頑張ったよね!これはほめてあげてもいいんじゃない?!」

 でもそれは気にすることじゃない。

 だって自分とルカはただの作者とキャラクターの関係でしかない。これ以上の隔たりがあるのだろうか。いずれいなくなるんだから、自分のことは気にする必要なんかないんだ。


 だって僕はこの世界の人間じゃないんだから。


「そうだね」

 千秋は精一杯の笑顔で言った。なぜ精一杯になる必要があったのか、なぜこれだけしか言えないのか、千秋にはわからなかった。でもなぜだか胸のあたりに、何かがつっかかっている。


「・・・うん」

 ルカは頷いた。その顔は下ろした髪に隠れて見えなかったが、その声音はなぜだか千秋の胸の痛みをさらに強くした。

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