もやもやの朝

 家に戻ると、どたばたと駆け回るルカとユキの姿が目に入った。ルカがさっき着ていたダンス講師のようなタンクトップが床に散らかり、2階からはルカの「もおー!なんで今日なのよー!」という声が聞こえる。

 千秋は台所で一生懸命卵を溶いているユキに「どうしたの?」と声をかけた。ユキは卵をかっかっと混ぜながら言う。

「なんかねー、今日補講だったらしいのよ。ニール君が教えてくれたらしくてね」

「あ」

 そう言えば、ルカとニールを会わせる最初のミッションの時にニールが補講がうんたらとか言ってたっけ。

「それにしても!ニール君からメールが来るなんて、ちょっとずつだけど仲良くなってるのかな、ふたり」

 ユキはそう言ってふふっ、と笑った。

 と、その時、なぜか胸の奥がちくっ、と痛んだ。

(・・・ん?)

 何だろ、と千秋が思っていると、ルカがどたどたと階段を下りてきた。

「ちょっとユキー!私の制服がないんだけ・・・」

 そう言いかけながら降りてきたルカは下着姿である。

「きゃああああーーーー!!!!」

 ぱぁん、という快音が部屋中にこだました。



「そっ、それじゃ、行ってくるから」

 ルカは目を泳がせている。千秋はユキに回復魔法で真っ赤になった頬を治してもらっていた。

「・・・行ってらっしゃい」

 まだ少しひりひりする。だけどそれ以上に、千秋はルカの態度に少し違和感を持っていた。

 今までなら、千秋が何かいらぬことをしてルカを怒らせても、殴ったら特に後に引きずることはなかった。まあその殴るっていうのがかなりの物理攻撃だったのではあるが、特にルカはそれで反省したりということはなかった。ツンデレとは往々にしてそういうものだ。

 だが、今のルカはちがう。顔を真っ赤にして、目もうろうろといらぬ方向を泳いでいる。何か言いたげな様子なのだが、もごもごしてて何を言っているのかよくわからない。千秋はべつに殴られたからっていまさら怒るわけではないのだが、ルカは今更になって気にしているらしい。

「べ、べつに・・・その・・・」

 ルカは飛ぼうともせず、もにょもにょと口をとがらせている。


 正直千秋も、さっきからルカをちゃんと見ることが出来ない。押し倒した時のあの感覚やルカの表情を思いだすと、なぜか目が泳いでしまう。

 ルカどころか千秋ももごもごしていたが、二人をいぶかしげな目で見ていたユキが時計を見て慌てて

「ルカ!もう時間だよ!早く行かないと!」

 と言ったので、ルカは「う、うん」と言いながら水色のリボンを揺らして飛んでいった。

 千秋はその後ろ姿を見ながら何かもやもやしたものを心のうちに抱えていた。心臓の裏のほうがぐりぐりと痛む、この感じは何だろうか。

 いつか前にも感じたこの感覚を、千秋は思い出せずにいた。


 すると、ぽん、と肩を叩かれる感触がして、千秋はびっくりして振り返った。

「どうしたの?ルカと何かあった?」

 ユキが心配そうな顔で言う。

「いや、何もないよ」

 何もない。はずだ。ルカは自分の小説の主人公なのだ。多少の感情移入は当然だろう。

「そっか。さて、私は補講はないしなあ・・・。千秋くんはどうする?」

「うーん、特にすることはないし・・・」

 正直この世界であまり動けない以上、やることといったらおばあさんの農作業の手伝いか、家の中でごろごろしているくらいしかやることがないのだ。千秋が困っていると、ユキがひらめいたようにぽん、と手を叩いた。


「そうだ、じゃあ千秋くん、私と一緒に学園に行こうよ。ルカがちゃんとニール君と仲良くできているか、二人でチェックするの」

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