転生の考察

 ルカと千秋はそのまま学園に向かい、ルカの講義がある学園の別館の一教室に着いた。


 相変わらず教室は黒板と普通の机がならんでおり、西洋風の学園の中で違和感丸出しのその教室に、多くの生徒らしき人たちが出入りしていた。千秋はその教室が見える中庭に連れてこられ、ここで待ってて、と言われた。

「千秋は教室には入れないから、ここで待ってて。それでね・・・、授業が終わってから話しかけようと思うんだけど、どうすればいいかな?」

 急にしおらしくなってルカが聞いてきた。

「どうすればって言われても・・・」


 正直言って、千秋は恋愛に関しては全くの素人だ。残念ながらルカの言う通り七瀬さんとの関係は全く進展していないし、いくら作者だからってニールをどう口説けばいいのかなんてろくに考えていない。もともとニールから告白させるストーリーを考えていたから、ルカ側のストーリーを考えていなかったのだ。

 何かごく普通なことを言わせるべきか?でも、あまりにもありきたりだとお茶を濁しているようで申し訳ない。かといってあんまり攻めたことを言わせても今までの二の舞になるしなあ・・・。

 一方のルカは業を煮やしたのか、

「ねえ、あと15分くらいで授業始まっちゃうわよ。早く考えてよ」

 と小生意気なことを言っている。こっちが考えてあげているのにこの態度はなんだと思うが、いつものようにユキに結んでもらっていた青色の大きなリボンをふりふりと横に振りながら一生懸命思案しているルカの顔は、わが主人公ながらやはりかわいいなと思う。

「こら、ちゃんと考えてるの?まさかぼーっとしてるんじゃないでしょうね」

「考えてるよ!・・・うーん、やっぱり二人でどこか出掛けませんか、とかがいいんじゃないかな?」

 やけくそで千秋が言うと、

「それだわ!!」

 とルカが叫んだ。マジか。



 ルカが授業に行っている間、千秋は待ってて、と言われた中庭で大人しくルカを待っていた。

 これからの予定はこうだ。

 まず、授業終了後に千秋の座っているところからちょうど見えるあたりにある教室の廊下で、授業を終えて教室を出たニールをルカが呼び止める。

 そして、ひとしきり世間話をしてお茶を濁したところで、今度の週末に一緒に出掛けませんか、と誘う、というプランである。

 何ともありきたりな流れだが、下手にうまいこと言おうとして失敗したら目も当てられないので、ここはとにかく週末に誘うということを第1ミッションとした。


 授業は50分だそうで、ここらへんまで微妙に自分の世界に似ているところがやっぱり奇妙な感じだ。

 中庭は建物の間にある芝生に囲まれた小さな場所で、かすかに風が吹きあたりにはたくさんの花が咲いていた。見たこともあるものも多いが、時折禍々しい色をした花が混ざっている。あれがよくある触手系の花だったりしたら面倒だな、などと思いながら、千秋は木で出来たペンチに腰をかける。



 この世界に来て1週間が経ったが、そもそも今日ルカとこうして学校に来るまで外にはろくに出たことがなかった。

 最初に来た日からしばらく魔法や武器の扱いかたとかも教えてもらったのだが、魔法なんか全く使える気配がないし、日本という全くもって平和な国の、しかもド田舎で生きてきた千秋に、武器なんか使えるはずもない。これでは魔物とか怪獣とか普通に出てくるこの世界では危険すぎるということで、あまり外に出られなかったのだ。

 今回は学園に行くということで大丈夫だったが、確かに小説の中に出てくるような怪獣やら何やらに襲われたり、前にバザーみたいなところで見たよくわからない生き物に出会うのは正直ぞっとしない。外に出てみたい欲求もあったが、異世界で死んで現実世界に戻れる保証がないだけにおとなしく従った。


 この1週間で気づいたことがある。まず、この世界は1つの小説によって創り上げられたものではない、ということだ。ルカとユキの話やおばあさんの話を聞くと、千秋でも知っている小説の主人公が話題に出てきて、しかもそのそれぞれのキャラクターたちが関わりを持っているのである。つまりこの世界は、ジョン大教授の言った通り、千秋の世界のあらゆる小説が、そのまま反映され混ざり合っている一つの世界、ということで間違いなさそうである。



(それにしても)

 千秋は思う。

(なぜ、自分なんだろう)


 ジョン大教授は「選ばれた」という言い方をした。

 小説の登場人物というのは、得てして特殊なイベントが起こる。平凡普通な高校生やサラリーマンやらが、突然何らかの出会いや事件に出会い、小説というのは始まる。

 その時に、登場人物には2つのパターンがある。

 1つは小説の主人公に、「異世界に連れていかれる必然的な理由がある」場合。

 そしてもう1つは、「たまたま主人公が選ばれる」場合。

 小説としては、前者のほうが起承転結がはっきりしていていい気がする。だけど、両方に共通していることは、主人公はなぜそのイベントに巻き込まれることになるのか、ということへの答えは、物語の最終局面にならないとわからないのだ。だから主人公は必ず「なぜ自分が」と己に問うことになる。千秋もまた、例にもれずというわけだ。

(まあ、こうやっているうちに何か見つかるだろ)

 千秋は楽観的だった。往々にして小説のラストというものは、主人公ではなく主人公が飛ばされた世界で何かが起こるものなのだ。何らかのイベントが起きれば、自分もそのうち帰ることが出来るだろう。

 自分の世界の時間とこっちの時間はどう進んでいるんだろう。帰ったら説明するのが大変そうだ。ありのままを話せば、頭のおかしい子だと思われてしまう。

 そんなことをぐるぐると考えながら、千秋はうららかな昼下がりの陽気にあてられ、うとうとしてきた。

(あ、やばい。寝そう)

 そう思った瞬間、

 ごーん、ごーん

 という重低音が耳に響いてきた。


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