「好き」の理由


 次の日の朝、ルカは不服そうな顔で千秋の手を握って家の玄関に立っていた。


「買い物なんて明日でいいじゃないの」

「まあまあ、そんなこと言わないで。私より作者の千秋くんのほうが適任だよ」

「こんなヒョロ男に務まるのかしら」

「ヒョロ男って僕のこと?」

 ルカは当然でしょ?と言わんばかりの顔をしている。やっぱりむかつく。

「大体自分の恋くらい自分でなんとかするもんだよ」

「うるさい!」

 ルカに思いっきり手を握られて、指という指がぼきぼき、と嫌な音を立てる。

「いだだだだだ!!折れた!今の絶対折れたって!!!」

「ばかね、こんなんじゃ折れないわよ・・・。あれ、なんでこっちの指、変な方向向いているの?」

「きゃああ!!ルカ、あなた何やってるの?!千秋くん大丈夫?!」



 ユキが急いで魔法で手を直してくれ、なんとか学園に向けてルカと千秋は飛び始めた。

「・・・普通あそこまでやる?結構本気でやばかったんだけど」

「う、うるさいわね!!そんなに文句ばっかり言うんだったら手離すわよ!」

「理不尽な・・・」

 ルカはちょっと罪悪感を感じているのか、ちょっとゆっくりめのスピードで飛んでいる。相変わらず怪獣の遠吠えが聞えたり、マントを羽織ったスーツの方と空中ですれ違ったりしたが、大方平和な旅だった。

 千秋はきまり悪そうに飛んでいるルカを見かねて、話しかけた。

「ねえ、ルカはどうしてニールのこと好きになったの?」

「へ?!」

 急に聞かれて動揺したのか、飛んでいる軌道がぐらつき、千秋は慌てて体勢を立て直した。飛ぶのは3回目なので、ちょっとうまくなっているのかもしれない。

「なっ、なな何でいまそんなこと聞くの?!」

 ルカは顔を真っ赤にして、あからさまに慌てて言った。その姿は凛々しいいつもの顔と違いすぎて、少しかわいいと不覚にも思ってしまった。これが世に言うギャップ萌えというやつなのだろうか。

「いや、そういえば僕ルカがニールを好きになる、ってシーンは途中まで書いてたけど、何で好きになるかってところあんまり書かなかったなと思って」

「何でそこを書いてないのよ?好きになるエピソードとか必須事項でしょ?・・・やっぱり大教授の言ってたみたいに、あくまでも小説の影響っていうのは断片的みたいね」

 確かに、大教授が言っていたように、小説に書いてないことでもこの世界ではちゃんと起きている。


「ねえ、千秋」

 唐突にルカが近づいてぽそっ、と聞いてきた。今日のルカは前の服と同じ大きなオーバーを羽織っていて、大きな帽子を目深にかぶっていたが、その帽子の下から上目遣いに見られると、どきっとしてしまう。

「やっぱり、私がニール君を好きになったのって、もとから決まってたことなのかなあ」

「・・・」


 それは千秋もずっと思っていたことだった。今まで運命なんてものはないと思っていたし、自分が七瀬さんを好きになったのも、当然自分が決めたことなはずだった。でも、現に目の前にはその自分の恋愛を書いていた作者が目の前にいるのである。

「うーん。でもさ、今の好きになったエピソードみたいに僕が書いてなかった部分もあるんだから、必ずしも全部が決まってるわけじゃないんじゃないかな」

 と千秋は言ったが、正直自信はなかった。

 それに、千秋はまだ大切なことを、ルカに聞いていなかった。

 ルカは今も、千秋が書いていたのはルカの恋愛の部分だけだと思っている。 

 つまり、ユキの家に居候するようになってから、のことを書いていると思っている。だが、千秋はその前のこと、つまり、ルカが護国の英雄として戦争に参加して、深く傷ついた時のことも小説に書いている。

(もし自分のせいで、ルカが傷ついていたのだとしたら・・・?)

 そう思わずにはいられなかった。だから、つい歯切れの悪い答えになってしまう。

「うん・・・」

 ルカは小声で頷いた。

 千秋が次の言葉を見つけられず思案していると、ルカが続けて話し始めた。


「私ね、まだ何でニール君が好きなのか、よくわからないの」



「え?」

 思わず千秋は問い返した。

「私だけあなたのエピソードを知っていて、あなたは知らないっていうのは、手伝ってくれるのにフェアじゃないでしょ?だから言うわ。正直、なんで好きなのかいまいちわからないのよ。話しやすいとか、私にも対等に接してくれるとか、そういうのはあるけど、それが理由かって言われると、よくわからなくなるわ」

 そうか。だからニールを好きになったのは決まってたのか、と聞いてきたのか、と千秋は得心した。

 ルカは怖いのだ。自分が好きになったのはニールが好きだからではないのかもしれない、ということが。

「だからあんまり、ニール君に積極的に話しかけたり出来なくなっちゃって。私は本当にニール君のことを好きなのかな、って。それに、ニール君が私のことをどう思っているのかもよくわからないし」

 千秋はルカがぽつり、ぽつりと漏らす言葉を、自分に重ね合わせて聞いていた。


 千秋も、いざ七瀬さんのどこが好きか、と言われると、正直わからなくなる。確かに気になるきっかけになったのは七瀬さんが自分の髪をほめてくれたことだった。でも、それでなぜ好きになったのか?優しいから?それとも気にかけてくれたから?千秋をほめたからといって、七瀬さんが千秋を好きであるという保証はない。


「だからね、今日も頑張ってみるけど、あまり期待はしないでね。私は別に・・・」

 そう言いかけて、ルカはきゅっと口をつぐんだ。何か話しかけようと思ったが、千秋は何も言えなかった。

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