大教授の言伝
さっきジョン大教授は「くっつくこともあるし、離れることもある」と言っていた。それにおばあさんは必ず旅人はしばらくしていなくなる、とも言っていた。とすれば・・・。
ジョン大教授はさっきの興奮した表情から一転、少し陰を落とした表情で言った。
「ああ。今までの話、つまり想像力でつながっているっていう話はあくまでも仮説だけど、並行世界が重なる時期というのはこの世界ではもう測定できる」
「え、それは出来るんですか?」
ユキが驚いた声で言った。
「ああ、時空間研究は次元が人にもたらす作用をある程度解明している。難しい話はここでは省略するけれど、要するに世界には『バグ』を修正する力学が働いている。ある時空間にとって、異世界との重なりはいわば予期せぬバグだ。だからそれは『なかったこと』になるように修正される。つまり、並行世界は重なっても必ず離れる。そして世界が離れた時、違う世界から来た人は姿を消す」
千秋は、背筋がぞくっとする感覚を覚えた。時空や世界という概念と比較すれば、個人はとても小さな存在だ。修正することもたやすいのだろう。
「姿を消して・・・、そのあとどうなるんですか」
「それは、私にもわからない」
そのまま死んだりしないのだろうか。大体話を聞く限りそもそもイレギュラーな体験をしているだけに、そのまま死んでさようなら、みたいな展開もなきにしもあらずだ。
「この世界と、異なる世界が重なっている期間は3週間だ。3週間もすれば、世界はバグを修正して、世界は再び離れる。もっとも、まだ想像力に関わることで何が原因で千秋君がこっちの世界に来たのか、その原因がわからない以上、どうなるかはわからないけどね」
ジョン大教授は言う。
「特に君たちのように、お互いがお互いの小説の主人公だっていう人はあまり前例が多いわけではないから」
「長々と話をしたのに、あまりわかることが多くなくて申し訳ないね。正直なところ、小説と想像力が何らかのきっかけになっているということと、千秋君がこの世界にとどまっているのは3週間の間しかないってことくらいしか、今のところわかることはないんだが」
そう言ってジョン大教授は苦笑いした。
「いえいえ、これだけわかっただけでも本当に助かりました、お時間取ってしまってすみません」
ユキが丁寧に頭を下げる。
「いやいや。わからないことがあったらまた来てくれ。君たちの名前は受付に伝えておくよ」
「はい!ありがとうございます!」
ユキが言い、ルカと千秋も頭をさげる。ジョン大教授は笑っていたが、どこかその笑顔には陰りがあった。どうしたんだろう・・・と思っていると、ルカとユキが出て行ったタイミングで、
「千秋君」
とジョン大教授の呼ぶ声が聞えた。
「はい」
「君はこの世界に来る直前、どこにいたか覚えているか?」
「えと、図書館ですけど」
「何ていう図書館だ?」
そんなこと聞いてどうするんだろう。千秋は気になったが、ジョン大教授のことだから何かしら必要な情報なのだろう。
「椿川記念図書館です」
そう言った瞬間、ずっとおだやかな顔だったジョン大教授の顔が急にひどく動揺した顔になった。眼は大きく見開き、揺れている。
「そうか・・・。やはり」
ほう、とため息をついてジョン大教授はつぶやいた。やはり?なぜやはりなんですか、という質問は、
「千秋君」
という、静かで、どこか悲しい声によって遮られた。
「3週間経ったとしても、おそらく君が心配しているように命を落とすようなことはおそらくないだろう。君がこっちの世界に生きたまま来ているということは、生きていても移動は可能だ、ということだ。だから元の世界に戻るのかどうかはともかく、命を落とすようなことはないはずだ」
そう聞いて、千秋はほっと胸をなでおろした。
「ただ、」
ジョン大教授は静かに言った。
「原因のない事象は存在しない。君がこの世界に来たということは、何らかの意味があるはずだ。3週間は少し短いが、後悔しないようにな」
「何を話していたの?」
扉を閉めると、ルカが聞いてきた。ユキはエレベーターのボタンを押している。
「いや、後悔しないように、って。あまりよくわからなかったけど」
ジョン大教授の意味深な言葉を聞いた後、どういうことか聞こうと思ったが、ジョン大教授は考え事をしているように見えたのでやめておいた。
「そう・・・。いい人だったわね。あの人」
最初に扉を開けてにらみつけていたのに・・・、と千秋は思ったが、またげんこつをくらいそうだったのでやめておいた。
行きは5分くらいずっと動いていたエレベーターは、帰りはものの10秒くらいで止まった。扉が開くとそこは入ってきた時とは異なり目の前に受付のある人がごった返す大広間だった。
「あれ?さっき来た時の小部屋は?」
ルカがきょろきょろしている。
「たぶん、行きと帰りで違うんじゃないかな」
そう言ってユキが最後に降りると、扉が閉まると同時にそのエレベーターそのものが消失した。出てきたはずの扉はいつの間にか何の変哲もない壁に早変わりしている。
「すごいな・・・」
千秋は思わずつぶやいた。
「それで、どうしよっか、私たち今日授業あるから、千秋くん先帰ってて」
と言いかけて、ユキが時計を見る。
「あ」
「なになに?」
「もう授業始まってる・・・」
「・・・・・・」
ルカとユキは顔を見合わせた。
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