学園の大教授

 

 かん、かん、と廊下を歩く音が響き渡る。


 千秋とルカ、そしてユキは「リクール魔法学園」という学園の構内を歩いている。

 城内はドーム型になっていて、ドームの天井や壁には様々な壁画が描かれている。中には教科書で見たエジプトの壁画みたいなものや、と思ったら日本史で習った狩野なんたらの屏風絵のようなものもあり、なかなか節操がない。こんなもの小説の設定でつくった覚えはないし、大体こんな細かい設定まで考えるやついるのかなどと千秋は思うが、現に自分この空間にいるのだから、この奇妙な状況にも何か原因があるのだろう。


 ドーム内をしばらく歩いてから、奥にある螺旋状の階段を長いこと昇り、平気でふんふん昇るルカとそれを追う千秋とユキという恰好で、やっとのこと時計塔を支えている部分であろう大きな広間に出た。中には赤いカーペットが敷き詰められており、受付やテーブル、ソファなどにたくさんの人(及び人でない生物)がごった返していた。

「ふうう・・・やっとついた・・・。まったくなんでこんな階段長いの」

 ユキがぐったりしている。千秋も息がきれて、汗もびっしょりになっていた。一方のルカは元気そうで、るんるんと小躍りしている。よっぽど学園に来るのが楽しみなのか、それとも単純な体力バカなのか。おそらく両者だろう。

「それで、その手紙をどこに渡せばいいの?」

 ルカはやっとのこと息を整えたユキに尋ねた。ユキはほう、と一つ息をつき、

「えっとね、そこの受付に渡せば大丈夫だよ。大教授への連絡はあそこだから」

 ユキが言うには、千秋たちがいるフロアの真ん中にある、楕円上の机にいる人たちが受付であり、大教授に連絡を取るためにはわざわざその受付を介さなければいけないのだという。


 受付に行くと、きれいな黄色い目に獣耳のような大きな耳をつけたきれいなお姉さんが対応してくれた。この世界には獣人もいるのか、いざ会ってみると意外と違和感ないんだなと千秋がぼーっとしているうちに、ユキが手続きを済ませて戻ってきた。

「さ、これで今日の夕方くらいには何らかの回答が来るよ」

「えっ、そんな遅いの」

 ルカが愚痴る。

「しょうがないよ、大教授には毎日たくさんの人が手紙を出すんだから。それくらい有名なのが、大教授ってこと」

 確かに、受付のお姉さんの後ろには莫大な量の手紙が積み重なっていた。あれを全部読むのかと思うと、むしろ今日の夕方に話しが来るのかさえ危うい。

「ま、とにかく待てばそのうち返事もらえるよ。その間にせっかくだから千秋くん、色々見て回ろ」



 この学園は講義棟と観光用の施設が一緒くたになっているらしく、さながら大学のような感じである。

 講義棟の方まで行くと、そこにはさっきまでの中世風な街並みとは程遠い、ただの教室があった。


 何の変哲もない、ただの教室なのである。

 いわゆる千秋の世界で「高校の教室」と言われたらすぐ思い浮かぶであろう、緑色の黒板、茶色い机、ロッカー、黄ばんだカーテン、がらがらと音がする扉など、およそ今までのこの世界の風景とはかけ離れた、千秋の良く知る風景がそこにあった。

 相変わらず何もかも意味不明な世界だが、ここまでくるともはや狐につまされているような感覚さえ覚える。

「学園っていっても、こういうかんじなんだね」

 千秋はルカに言う。ルカは「どこもこんなかんじよ?」と首を傾げた。まあ予想できたことだが、そんな当たり前に言われても目の前で自分の世界がねじ曲がっている状況を見て冷静でいられるわけもない。

「ここで魔法とかそういうのを勉強するの?」

「うん、今もそこで勉強してるでしょ」

「二人は授業とかは?」

「私達講義は午後からだから」

 高校生というのは午後から講義とかそういうのはないはずなのだが、こういう設定はどこから来ているのだろうか。


 歩き始めてしばらく経ち、講義棟の端のほうまで来た時に、ふいに千秋の前を黒い物体がかすめた。

「うわぁっ!」

 思わずのけぞり、千秋はカーペットに尻もちをついた。

「あ、黒蝙蝠だ」

 ユキがその黒い物体に手をかざすと、ぽん、と音を立てて黒蝙蝠は黒い封筒に入った手紙に姿を変えた。

「おかしいなあ、随分と返事が早い気がするんだけど」

「それって、大教授からの返事?」

「うん、普通こんなにはやく帰ってこないんだけどね」

 そう言ってユキは手紙を開く。

「手紙を見次第、受付の者に名前を告げなさい。塔にて待つ」

 とユキは読み上げた。

「え?ってことは会えるってこと?」

 


 塔の受付のお姉さんに名前を告げると、お姉さんは千秋たちを連れ立って、先ほどの広場の端にある「STAFF ONLY」と書いてある扉を開けた。これだけファンタジーな世界なのに「STAFF ONLY」って・・・、と千秋はなんだか少しおかしかったが、ユキがちょっと緊張した面持ちで歩いていたので笑わないでおいた。


 扉の先には小さな部屋があり、そこを抜けるとエレベーターがある。エレベーターのボタンは2つしかなく、受付のお姉さんがその上のボタンだけ押すと、それから5分くらいずっとエレベーターに乗りっぱなしだった。そんなこの塔高かったかな、などと思いながら、無音でエレベーターは昇っていく。

 扉が開くと、そこには円形の部屋があり、8つの扉だけが均等な幅で部屋の外側に配置されている。どこかのアニメで見たような迷路みたいだ、と千秋は思った。

「その右側の扉がジョン大教授の部屋です。ノックを忘れないようにしてくださいね。帰りはそのままエレベーターを使ってください」

 獣人のお姉さんはにこっと笑った。

 一方のユキはさっきから緊張しっぱなしである。大教授がどんなものかもわからない千秋は緊張もくそもないが、ユキはこっちの世界の人間なのである。緊張で口をつぐんでしまうほど、大教授というのは相当偉い立場の人間なのだろう。

 ユキはすーはー、すーはーと大きく深呼吸をしている。よく考えてみれば、ユキに至ってはルカの身元引受人というだけで、事実上関係ない。にもかかわらずこんなところまで連れてきてしまったことに、千秋は少なからぬ罪悪感を覚えた。

「その・・・、ユキ、もしあれだったら僕だけ」


 千秋が言いかけたその時だった。

 ルカがおもむろに扉を開けて、腰に手を当てて大きな声で言った。

「あなたがアーサー・ジョン?」


 ノックはもちろん、していない。

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