ふたつのセカイ
その後すっかり日が落ち、あたりが夜の闇に溶け込み始めたころ、千秋とルカは久方ぶりに地面に降り立った。
「どうだった?空の旅は」
「なんかいろいろな意味で疲れたよ」
「せっかく魔力使って運んであげたのになんて言いぐさかしら」
ルカはちょっとふくれながら、先に家の主に話を通してくるといって家に入っていった。
千秋とルカが降り立ったのは、山のふもとにある小さなレンガ造りの家の前であった。茶色いかやぶきの三角屋根に、もくもくと煙突から黒い煙が出ている。四角い窓がレンガの間にはめ込まれていて、大きな広い庭には羊が放し飼いになっている。
千秋は、来たことのないはずのこの家を知っていた。
ここはまさに、千秋の小説でルカが身を寄せている家である。身を寄せる先というのはきまって田舎、みたいなイメージ(それが自分の投影だとしたら悲しい限りだが)を千秋は持っていたので、田舎に合いそうな中世風の家をインターネットで調べて、たまたま引っかかった家をモデルに描写したのだ。
このころ千秋には、ある一つの仮説が頭の中に浮かんでいた。が、そのためにはルカに確認しなければならない。とりあえず落ち着いてから、ルカに話してみることにした。
でもその前に、おそらく自分の小説で描写した目の前の家を見て、千秋はちょっと後悔した。
(さすがに羊はいらなかったな)
なんだか周りの山や森と相まって、もはやド田舎感丸出しだ。しかもレンガ造りにしとけばなんかいいかんじにアットホーム感でるだろ、とか思っていたが、茶色いかやぶきにしたのが間違いだったのか異様に古くさく見える。もし仮に何らかの形で自分の描写が影響を及ぼしているのだとしたら、少し申し訳ない気分になってしまう。
「千秋!入っていいって!」
すこし遠巻きに待機していた千秋は、ルカに呼ばれ家の玄関に立った。
玄関にはルカが待っており、その後ろには一人の白髪の女の子が立っていた。長い髪をきれいに結っているルカとは違い、肩まで伸ばしたショートボブのような髪型をしていて、目がくりくりしたリスみたいなかわいらしい顔をしている。その女の子は、臆することなく千秋の横に進み出て、にこにこしながら興味深そうに問いかけてきた。
「ねえねえ、私の名前、わかる?」
当たり前である。千秋はこの女の子を知っている。なにせ、ルカと並んで準ヒロインを張らせたあげく、何なら千秋は書いている途中でこの子のほうが好きになってしまったくらい思い入れのある登場人物である。特徴から話し方まで、覚えていないはずがない。
「わかるよ。ユキだよね?」
「うわあ!やっぱりそうなのかなあ!ねえルカ!すごいね!」
テンションが上がると「ね!」を連発するあたり、明らかに小説の中のユキだ。
「それじゃわかってると思うけど、一応自己紹介ね。私はユキ。ルカとは昔からの友達でね。ついこの間から一緒に住んでるの。よろしくね!」
相変わらず、と言っていいのかはわからないが、とにかく明るくてふんわりした雰囲気の子だ。純白の髪がその明るさをさらに引き立たせている。
「ささ、立ち話もなんだし、あがってあがって!色々確認したいこともあるんでしょ?」
そう言ってユキは家に招き入れてくれた。
中に入ると、そこは大きな居間になっており、火が熾してある枠のついた暖炉とカラフルなクッションにソファ、それに台所があった。暖炉はぱち、ぱちと音を鳴らし、部屋を柔らかく暖めている。あまり大きな居間ではないが、北欧の老爺が住んでいそうな、あたたかな印象を受けた。
「あんまり大きい家じゃなくてごめんね。今机と紙持ってくるから待ってて!」
そう言ってユキはぱたぱたと二階に上がっていった。
「2階には私たちの部屋があるの。さきそこに座ってて」
とルカはソファを指さし言った。千秋が座ると、
「暖炉の近くは私が座るから、反対側行って!」
とずい、と押してきた。やっぱりルカじゃなくてユキを主人公にすればよかったかな、と千秋は思う。
木製の簡素なテーブルをはさんで、千秋とルカは暖炉の前に向かい合った。ユキは夕飯の支度があるからと言って台所で料理をしている。よくできた子だ。
「じゃあ、まずさっきの情報を整理するわね」
そう言いながら、ルカはユキが持ってきてくれたホットミルクを一すすりする。
「まず、わたしはあなたの小説の主人公と全く同じで、あなたはわたしの小説の主人公と全く同じ、ということね。まあこの時点で十分信じられないんだけど・・・」
ルカは紙に文字を書いていく。文字は日本語だ。ここらへんも一緒なのか。
「で、わたしとあなたで違うのは、わたしは自分の世界のままだけど、あなたは違うところから来たかもしれない、っていうところね。あなたはどこから来たの?」
「椿川、っていう、地方のド田舎に住んでいるんだ。で、ここに来る前までいたのは『椿川記念図書館』っていう地元の図書館。そういう地名ってここらへんにはない?」
「つばき・・・がわ?ううーん・・・、ちょっと知らないわね。ユキー!つばきがわ、ってとこ、わかるー?」
すると、ユキは台所でうーん、と唸ってから「わかんなーい!」と言った。
「だって。うーん、それに図書館で椿川記念図書館、っていうのも知らないわね。さっきも話したけど、さっきの図書館は『ケルスカレッジ図書館』っていう図書館よ。この一帯で一番大きな図書館なの。あなたは知らない?」
ケルスカレッジ、っていう図書館は聞いたことはない。
「いや、知らないなあ」
「そう・・・、ちなみにここはパンタシア、ってところなんだけど、それもしらないわよね?そしたら」
「パン・・・タシア・・・?うーん、ちょっと聞いたことないな」
外国にはあるかもしれないけど、少なくとも有名な地名ではないと思う。
「こっちに来て気づいたこととかない?さっき『僕の世界と似てるようで違う』、って言っていたけれど」
「うん、なんかどこかで見たことあるような気がするのがいくつかあるんだよ。もしかしたら勘違いかもしれないけど。さっきの怪獣もこっちの世界じゃ普通に小説の題材になってたりするし・・・」
「へえー、やっぱりそっちの世界にも小説ってあるのね」
ルカは興味深そうに聞いてきた。
「うん、まあ僕が読むのは割とファンタジー色が強いけど、さっき使っていた魔法とかも結構いろんな小説の題材になってたりする」
「へえー、例えば?」
例えば。いざ具体例を出せと言われると困るな。
「うーん、例えば魔法に関係するやつだったら・・・、魔法少女モノは小さい子に人気があるし、ハリー・ポッターとかはすごい興行収入だったし」
「え?」
千秋が思案に暮れていると、急にルカが声を上げた。
「それみんな、この世界に実在するわよ?」
「え?」
その瞬間、千秋ははっと気づいた。こっちの世界に来てから見た色々な事象や景色を組みあわせると、一つの仮説が出来上がる。それは正直容易には信じがたいものだけれど、確認する価値はある。
だけど、そのためにはまず確認しなければいけないことがある。千秋はルカの目を見て言った。
「ルカ、この世界にゴジラ、っている?」
我ながら突拍子もないことを言っていると思う。でも、予想が正しければおそらく・・・。
「うん、いるよ」
やっぱり。
「もうずいぶん昔だけどね。なんか国一個滅ぼすくらいの怪獣が遠い異国で現れたって、私の国でももちきりだったわ。もっとも全然知らない国だったからあんまり知らないけど。というか、千秋何でそれを知ってるの?」
驚いた様子でルカが聞き返す。それには答えず、千秋はもう一度ルカに聞いた。
「じゃあ、戦国時代、ってまだ続いてる?」
「まだも何も、その戦国時代、っていうのがそこかしこで起こってるわよ。たまに同じ名前の人が出てくるわね。正直よくわからないけれど。それがどうしたの?というか、なんでそれを知ってるの?ねえ?」
よっぽど興味深いのか、身を乗り出して聞いてくる。金色の鮮やかな髪が華奢な白い肩にさらっとかかって、ワンピースの胸元が見えそうになる。さっきのことといい、どうもルカは自分の来ている服に無頓着なようだ。千秋は急いで目をそらす。
「つまり、こうだよ。僕たちの世界で書かれている小説とか映画とか、そういう類のものがこっちの世界では現実になっているのかもしれない。さっきの図書館の前とか飛んでいる途中に見たみたいに、なんでそれらが雑多に並んでいるのかはわからないけど。でもとにかく、魔法使いも魔法少女もハリー・ポッターも、ゴジラも、戦国時代の武将も、ヒーローも、全部僕の世界で小説とか映画の題材になっているんだ。それなら、僕が僕の小説の主人公のルカに会っているのも納得が行くと思うんだけど」
「え?じゃあなんで逆に私は千秋のこと知ってるの?」
「うーん、それは・・・、ルカ、ルカの世界にも小説はあるんだよね?」
「うん、それはもちろん」
「それって、例えばどんな小説?有名どころで言えば」
ルカは少し怪訝な顔をしながらも、少しの間「うー」とか唸りながら考えている。
今更ながら、千秋はルカを不思議な子だと思う。こんな突飛な状況でも自分を励ましてくれるし、荒唐無稽な話もちゃんと考えてくれている。その姿勢はとてもありがたいと思った。家にまで連れてきて、一生懸命に考えてくれる時点で、多少行動とか言動が荒くても根はやさしい子なんだなと思う。
「あ!」
思いついたようだ。
「何か思いついた?」
聞くと、ルカは
「有名じゃないかはわからないけど、ユキのおじさんが小説を書いてるのよ。もしかしたらそれなら何かわかることがあるかも」
そう言ってルカは再び大きな声で「ユキー!」と聞いた。この状況になれているのか、「なにぃー?」といつもしているのであろう返事をする。
「おじさんさ、小説も書いてたよねー?あれってなんて小説だったっけー?」
「あーー、えっとね、小石川晴彦、だったかな!」
今、なんて言った?
「そうそう、小石川晴彦。結構人気作なのよ」
ルカはなぜか自分のことのように嬉しそうだ。でも今はそれどころではない。
「小石川晴彦・・・って言った?」
「うん、そうよ?ユキのおじさんが書いてる小説でね。すっごい面白いのよ?世界中を飛び回って、色んな人たちとお笑いを繰り広げるっていうよくわからないストーリーなんだけど、とにかく笑えるのよね」
中身まで全く一緒だ。
今日の朝、朔が話していた『小石川晴彦』に。
「・・・どうかした?」
ルカはのぞきこむように聞いてくる。
「いや・・・その小石川晴彦っていうの、僕の世界にいるんだよ、お笑い芸人で」
「「え」」
今度は、ルカだけでなく手を拭いてこっちに来ようとしていたユキも一緒に声をあげた。
「それって・・・」
ユキが目をぐるぐるさせながら聞いてくる。ルカと同様、表情豊かな女の子だ。
「お笑い芸人で、世界中を回ってて、まったく同姓同名の、小石川晴彦っていう人。小説家でも有名で、ヴァイキングと戦う海軍っていう設定の小説ですごい有名なんだけど」
「え、まってまって」
ルカが手で制して言った。
「海軍、って言った?・・・ユキのおじさん、海軍よ?しかもヴァイキングと戦う」
ユキはぶんぶん、と首を縦に振る。
「「「・・・・・・・・・」」」
3人とも、もはや声が出なかった。
「今のところのこと、千秋まとめてくれない?」
そのあとしばらくお互いの世界のことを確認し合った後、ぐったりしたような声音でルカは言った。頭を使うことに関してはあまり得意ではないらしく、もう頭がついていかない、というかんじだった。千秋は、目の前に置いてあるルカが書いた図を見た。
前にある図には、A世界(ちあき)と書いてそれを丸でくくった絵と、B世界(るか)と書かかれ同じく丸でくくられた絵があり、それらが双方向の矢印で結ばれている。
「さっきの千秋の話と、それからおじさんの話、こっちの世界のことを踏まえると、おそらくこうだと思う。つまり、僕の世界、仮にA世界とするけど、そのA世界と、ルカの世界、こっちがB世界。このB世界が、双方向的に小説でつながってる、ってことじゃないかな」
「双方向?」
ルカが首をかしげて問う。
「うーんと、つまり、僕の世界で小説に書かれていることが、ルカの世界で現実になっていて、ルカの世界で小説に書かれていることが、僕の世界で現実になってるってこと」
ユキのおじさんの話のあと、千秋はルカの世界の小説について、ユキも含めて念入りに聞いた。すると、色々と奇妙なことがわかってきたのだ。
まず一つ。ルカの世界にある小説の大部分は、千秋が実際にテレビで見たり、有名人だったりで見たことのある人たちだった。なんとも奇妙な話だが、ルカの世界の小説の内容と、千秋の知っているその人たちは奇妙なまでの一致があった。
そしてもう一つ、これも何ともよくわからないことだが、ルカとユキから話を聞くうち、ルカの世界の小説には奇妙な点があることに千秋は気づいた。
それは、「人」の小説が異常なまでに多いこと、そして平凡な生活を描いた小説が異常に多いのである。
ルカとユキが話す小説は、たいてい人の名前が小説のタイトルになっている。なぜかと問うと、そういう慣例なのだそうだ。そしてユキが自室から持ってきた小説や、ルカの話を聞く限り、この世界の小説の内容は異常なまでに描写が細かく、書かれている内容は千秋から見れば異常なほど「普通」な生活の風景を淡々と記述するものが多かったのである。
そして一方で、ルカとユキからきくこの世界は、驚くほど千秋の知る自分の世界の小説が反映されていた。
ついこの間この世界で起こった事件は最近流行ったミステリーものだったし、生き物から人間の名前まで、ありとあらゆるものが千秋が小説の中で読んできたものだった。
「そんなことって、あるの?」
ルカはあり得ない、と言いたげなトーンで言った。千秋は自分に聞かれても・・・と思いながら、
「いままでの話をまとめると、そうなるってだけの話だけど」
と答えた。
「でも、」
ルカは首をひねる。
「そうだとしても、何で千秋はこっちの世界に来ちゃったのかな?」
たしかに。
「うーん・・・、それは、僕とルカはお互いにお互いのことを小説として書いていたから、じゃないかな。それで何かの作用で・・・みたいな」
「まあそれはユキが戻ってこないと証明できないわね」
混乱する頭を捻って話しているうちに、ユキが電話を置いてソファに戻ってきた。さっきまでおじさんに確認してみるねと言って、電話をかけて色々と確認してくれたのだ。なぜこの中世風の家に電話があるのか、もしかしてこういうところまで作りこまなかった自分の責任なのだろうかと思ってしまうが、この時ばかりは助かった。
「おかえり、ユキ。どうだった?」
「うーん、聞いてみたけど、自分の書いた小説の主人公に会ったことなんてないって。そんなことあったらあとがきにでも書いとるわって高笑いしてた」
ユキには、海軍だというおじさんに自分の小説の主人公と会ったことがあるかと聞いてもらっていた。朔から断片的に聞いていた小石川晴彦の「カモメシリーズ」の主人公と、ユキのおじさんは全く一致している。そしてユキのおじさんは小石川晴彦の小説を書いている。
つまり、その二人はいまの千秋とルカと同じ、お互いにお互いの小説を書いているという状況なのだ。
千秋はもしおじさんが小石川晴彦と会っていたのなら自分がこっちの世界でルカに会った原因もわかると踏んだのだが・・・。
「うーん・・・、なんで僕がこっちの世界に来ることになったのかは迷宮入りだなあ」
おじさんと小石川晴彦が会っていないのなら、ルカと自分が会うことになったのには他の原因がある、ということになる。
「それか、単に偶然で、ってだけか」
その線が一番高い。千秋は思った。
一方のルカはひとしきりうーん、と唸っていたが、やがて大きく息を吐き、
「まあ、でも結構いろんなことがわかったんだからいいじゃない。それにしても千秋、すごいわね。普通こんなことが起こっているなんて冷静に考えられないわよ。わたしが書いてた小説の主人公が、わたしが小説の主人公の小説を書いてるなんて想像もつかなかったわ。さすが、私の作ったキャラクターね!まあ、もうちょっとがっしりした体格ならなおよかったけど」
と、満足そうにうなずいた。最後のは余計だ。それにしても、自分が作ったキャラクターに「私の作ったキャラクター」と言われるのはなんだかすごく変な気分になる。
「そんなこと言ったら、さっきの蹴りとかげんこつとか、まさに僕が書いたルカそのものだったよ。まあもうちょっと乙女らしいところも書いておけばよかったけど」
千秋が終わりまでいいかけたところで、隣に座っているユキが「あちゃー」という仕草をした。ん?と思って千秋がルカを見ると、
「ごめんね?乙女らしくなくて。でもあなたのせいなのかもしれないのよね?じゃあわたしあなたを殴ってもいいわよね?」
全く目が笑っていない顔でこぶしを振り上げているルカの姿があった。
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