世界のずれ
さっき確かにルカは言った。
「これから魔法で飛ぶけど、あんまり高くは飛べないからね」
確かにそう言った。
「うわああああああああああああああああああああ!!!!!!」
千秋はいま、風を切る金属音のような音が聞こえるほど、とんでもない速さで空を飛んでいた。
むろん、ルカは千秋の手を握っているだけである。千秋は今にも手を放してしまいそうな爆風に必死に耐えながら、悲鳴をあげていた。
「ちょっと・・・・・・・!!待って!!!はやすぎ!!」
「え?なに?よく聞こえない!!」
「だ・・・から、はや・・・すぎ・・・・・・!!!」
「ええ?まだ結構抑えてるんだけど?!」
「止まって!お願いだから、一回止まって!!」
胸にものすごい勢いで入ってくる大量の風をなんとか防いで、精一杯の声でルカに叫んだ。
「しょうがないわねえ・・・、そんな早くしたかしら」
そう言いながらルカは不満気に速度を徐々に落とし、空中で一時停止した。
「なに?そんなに早くないでしょ?それに手なら離さないから」
千秋はぶんぶん、とかぶりを振った。
「いやいやいやいや、これじゃ体が持たないよ。もうちょっとゆっくりにして」
「しょうがないなあ・・・」
ルカはなんでこの速さでだめなのとぐちぐち言っている。だが正直こっちの体が持たない。なんとか説得して、普通の車くらいのスピード(これでも十分早いのだが)にしてもらった。
「これじゃ家に着くのものすごい遅くなるわよ?もう日も暮れてきてるし、できれば早く帰りたいんだけど」
空中でふわふわと浮きながら、振り返ってルカは言う。
「でも、あの速さじゃ僕がついていけないよ」
千秋が返すとルカはふう、と小さくため息をつき、
「まあいいわ。それなら景色でも見ながら行きましょ。きっと知らない景色ばっかりだと思うし」
そう言ってすいーっと高度を落とし、普通の大きさの山の展望台くらいの高さで再び飛び始めた。
千秋はやっと少し落ち着きを取り戻して、ふと下を見てみると、そこには異様な風景が広がっていた。
千秋の真下は、アマゾンの熱帯林のような原生林と、無数の動物が飛びまわっている姿がある。ところが、その少し前に目を向けると、今度は日本風の一般住宅街が広がっている。そして千秋の右側には巨大な城が悠々とそびえ立っており、左側にはなんと高校らしき建物がある。
図書館の前のバザーで見た時と同じ、何もかもごちゃまぜになっている世界が、より壮大で、よりリアルに、千秋の前に広がっていた。
すると、ルカが
「どう?あなたのいたところとだいぶ違う?やっぱり違う世界から来ちゃったのかしら」
と聞いてきた。ところが千秋はそれに答えるより、重要な事実に気づいてしまった。
ルカは白いワンピースを着ていたのである。
したがって、ルカが不用意に千秋の前で振り返って話したりしていると、風がワンピースを煽って、その、色々と危ないのだ。
「う、うん・・・、けっこう違う」
「どんなところが?」
ルカは興味津々、といった様子で聞いてきた。でも割とそれどころじゃない。
「その・・・、景色、とか?」
「・・・なんか煮え切らないわね、どうかしたの」
「いやその・・・ワンピースで振り返ると色々と・・・・・・」
ルカは最初きょとんとしていたが、千秋の視線に気づいたのかたちまち顔を真っ赤にした。ルカは左手でワンピースを抑えながら、こらえるように言った。
「・・・この手、離してもいいわよね?」
結局げんこつ一発で事なきを得た。
全く、さっきも思ったがいくら何でも暴力的過ぎる。たしかに小説の中の設定ではルカはちょっとツンデレ、ということにしておいた。それはツンデレが今なお男子から絶大な人気を誇る「属性」の一つであり、またキャラも作りやすいからだ。
でも実際会ってみるとわかる。ツンデレは色々と問題がある。現に、千秋の小説のルカという設定をそのまま映し出したようなこのルカという少女は、危うく千秋を上空何百メートルから落とそうとしていたのだ。
次小説を書くときは、できるだけ優しいおっとり系の女の子を主人公にしよう。
千秋がそう固く決心していると、ルカがじとっとした目をしつつ聞いてきた。
「それで?あなたの世界とどう違うのって話をしてたはずだけど?」
「ああ、ごめんごめん」
もはや叱られモードに入りながら、千秋はルカに説明した。
「まず、いま見える景色にあるもの自体は僕たちの世界にもあるよ。森も家も城も学校も、特に僕たちと違う部分はないと思う。でも、こんなにごっちゃごちゃにはなってないんだよね。それにあんまり見たことない景色っていうか、どこかで見たことはあるんだけど現実に見たことはないというか・・・僕の世界と似てるけど違う、っていう方が正しいかな」
「うーん・・・、それだけじゃよくわからないわね・・・」
見た感じ、千秋の世界と景色の配置以外は対して違ったところはない。さしずめ、地球とよく似た世界、みたいなところなのだろうか。ただ、これだとルカがいることやさっきのエルフみたいな生物も説明がつかない。
話を聞きながらルカはうーんと唸っていたが、急に何かに気づいたようにぱっと前を見ると、大きく右側に進路を変えた。
「どうしたの?」
「もうすぐ出るわ、このあたり。だからちょっと進路ずらしたの」
「出るって、何が?」
「いいから、見てなさい」
そう言って、千秋たちの左側にある、千秋たちの世界で言うところの「学校」から遠ざかるように、ルカは大きく迂回した。
すると直後、大きな振動が地面を揺らした。
千秋自身は空中を飛んでいるので揺れを感じないが、木々が大きく揺れ、「学校」の近くでは地割れみたいなのも起こっている。
「え?!これ何?!」
千秋は隣のルカに叫んだ。
「何って・・・。あ」
ルカは何かに気づいたように横を見る。つられて千秋も同じ方向を向く。千秋は嫌な予感がした。こういうパターンで今のところ予想通りの景色が広がっていたことはない。でもルカがあまりにも自然に横を向くものだから、つい千秋もつられてしまった。
横を見ると、そこには巨大な「怪獣」が現れていた。
「え・・・・・・、あれって・・・?」
千秋は震える声で、巨大な竜のような頭部に、山一個分はあるかという巨躯をまとった緑色の生物を指さし、ルカに問いかけた。
「あれ?知らないの?あれは怪獣よ?」
「いや、怪獣は知ってるけど!そもそも怪獣なんて実在しないし」
「え?怪獣は普通にいるわよ?」
そう言ってルカはきょとんとした顔をした。
暗くなってきているので全貌はよくわからないが、高度数百メートルを飛んでいるはずの千秋たちと並ぶくらいの大きさのその怪獣は、ゆっくりと一歩を踏み出す。たったそれだけで途方もない地震が起こり、すぐ近くの学校では建物の一部が倒壊して中から生徒らしき人影が逃げている。
「ルカ!あれって大丈夫なのか?!助けなくていいのか?!」
千秋はルカに必死に問いかけた。このままだと今にも学校ごと巨大な「怪獣」に飲み込まれてしまいそうだ。
「大丈夫よ、基本的に市民はアレに手を出しちゃいけないルールなの。でも、あれはちょっと足止めしておいた方がよさそうね」
そう言って、ルカは手を怪獣の方に掲げて何やら呪文めいたことをつぶやく。すると、丸い火の玉がいくつも現れ、怪獣に向かって飛んでいった。ルカが放った光線は怪獣の首に直撃し、怪獣は方向転換して千秋とルカに向かって歩き出す。
「これでよし」
「よくないよね?!」
怪獣は何やら変な光を体から出しながら近づいてくる。
「大丈夫よ、もう少ししたらヒーローが来てくれるから」
「ヒーロー??」
すると、怪獣の前にいかにもヒーローっぽいモビルスーツ的なものを着た5人の人間が現れ、怪獣に向かって襲い掛かった。
「基本的に怪獣はここを管轄するヒーローが対峙することになっているのよ。だからあんまり手を出しちゃいけないの」
「大丈夫なのか?」
「ええ、だってヒーローは絶対に負けないから」
そんな予言めいたことを言って、ルカはスピードをあげて戦闘から遠ざかっていく。
「ヒーローってどういうこと?あれも本物?」
千秋は混乱しながら振り落とされないように必死にルカの手を握る。
「本物よ?逆に偽物とかあるの?」
ルカは怪訝そうに答える。
ごちゃごちゃの世界観、怪獣、ヒーロー。
やはり、とんでもない世界に迷い込んできたらしい。千秋は改めてそう思った。
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