(8)

 ハクトがスクリプト[茶菓山積スイーツパラダイス]を発動。唐辛子まみれのスナック菓子『VIVA☆カプサイシン』が深紅の奔流となって宙を走る。その流れが蛇のようにくねり、駆けていくライデンの顔面を襲った。たちまち、目を開けていられなくなったライデンがその場にしゃがみ込んだ。


「痛っ! くそーっ! このお返しは必ずしますからね!」


 ダルハウジー広場の真ん中でうずくまる大男を、行き交う人々が迷惑そうによけて通る。


 俺は奴の横を駆け抜け、バザールに突入した。雑踏をかき分けながら進み、先刻後にしたばかりの《ローズ・ペインターズ同盟》本部の門をくぐった。


 落ち着きあるたたずまいのロビーには静寂が満ちていた。

 カウンターには、キツネ顔の若い女が陣取っていた。いつもの受付女だ。さっき俺がここを訪れたときは、姿が見えなかったのだが。


「こんにちは、《♠10テン》さん」


 顔なじみの俺に対し、女は親しげに声をかけてきた。きつい印象の顔が、へらっとした笑みに崩れる。


「すみませんが、今日は二階から上は立入禁止なんですよ。大量の資材を搬入してるので。歩く隙間もないぐらいで」

「《♢Aエース》に大切な話があるんだ。通らせてもらうぞ」

「あー。支部長は今お留守です。さっき、でかけちゃいました。今日はもうここには戻ってこないとおっしゃってましたよ」


 女の言葉が終わらないうちに、俺は[仮想野スパイムビュー]のモニタリング領域を拡大し、建物全体を確認した。ビルの中にいるすべての人間の座標と生物学的情報を表示する。


 三階の支部長室の辺りに、コーカソイド七十五パーセント、ネグロイド二十五パーセントの三十代後半の男がいる。体重が二百キログラム超のその男は、明らかにスナーク博士だ。そのすぐそばに何人かの男と、コーカソイドの女児がいた。間違いない。ティリーだ。


 俺が建物内をスキャンしているのを悟ったらしく、受付女の笑顔に、困ったような影が差した。


「あの体型で居留守を使うのは無理だぜ。どこにいたって丸わかりだ。……あんただって、そんな嘘が通用するなんて思ってねえだろ?」

「あー。でも、『いないことにしてくれ』と支部長にきつく言われてるんです。申し訳ないですけど、ここをお通しするわけにはいきません」


 その言葉を合図にしたかのように、カウンターの陰から双子の少女がぴょこりと顔を出した。《♠J》と《♠Q》だ。

 建物内をスキャンしたとき、こいつらがそこに隠れているのも見えていたから、驚きはなかった。


「さっきは負けちゃったけど……あたしたちはもう、さっきまでのあたしたちとは違うんだからね」

「同じ手は二度と食わないよ」


 双子は俺の進路を阻むように立ち、薄い胸を張った。背中に隠していた拳を、もったいぶった態度で突き出してきた。


「じゃーん! 見たか! 超・強力な耳栓だぞ!」

「これでもう、おじさんはあたしたちを邪魔できないよ。覚悟しろ!」


 二人の手には耳を覆うタイプの透明カプセルが握られていた。こいつらの言う通り、完全に外の音を遮断する高機能イヤーマフだ。


「あたしたちはいつでも本気でしゃべっているよ」

「あたしたちの言葉は、文字通りの意味なの」


 口上と共に、二人のスクリプトが発動した。


 俺はなんとなく少女たちを眺めていた。こいつらのスクリプトは強力で危険なので、効果を生じる前に止めなければならない。二人のやり取りに口をはさんで混乱させれば、スクリプトの効果を阻止できる。それに対して二人は、「俺の言葉を聞かないようにする」という手を打ってきた。

 だが、得意げにぱかっと音をさせて耳栓を装着する双子を見ていると――今後の展開が容易に予想できた。こいつら、本当にわかってないんだろうか?


「地中には、マグマがあるよ」

と、マーチが言った。


「…………」


 ヘアは黙っている。本当は「地上も地中も、同じ地球だよ」とか何とか言わなければいけないはずだが、こいつにはマーチの台詞が聞こえていないのだ。


「……」

「……」


 俺は棒立ちになっている少女たちの間を抜けて階段へ向かった。


 踊り場に達したとき、背後から女の怒鳴り声が聞こえてきた。


「もうっ! この、お馬鹿! 『絶対うまくいく作戦がある』と言うから任せたのに……やっぱり失敗したわね。あなたたち、あとでお仕置きよ!」


 受付女らしい。いつもへらへらしているあの女が声を荒げるのを、初めて聞いた。

 すぐにマーチとヘアの半泣きが続いた。


「ごめんなさい、《♠Kキング》! 許して!」

「お仕置きやだぁ。お仕置き勘弁して」


 《♠Kキング》だと? 思わず振り返ると、耳栓を外して深くうなだれた双子と、その前で仁王立ちしている受付女が視界に飛び込んできた。

 女はぽやっとした顔で俺を見上げ、薄く微笑み、何か言おうとするかのように口を開いた。


 その刹那、俺の[仮想野スパイムビュー]でアラートが明滅した。


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id ('gryphon')


 スクリプト名[事実無根トータル・ファンタジー]、ログインID「グリ

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