第43話
一也は酒呑童子を睨むと、稲妻をまとった刀を構えた。
その一也の表情からは一切の恐怖も感じない。それどころか、一也の体から迸る威圧感が今までにない程膨れ上がる気さえした。
「――お前の再生能力は大したものだ……しかし、もう終わりにしよう……」
「――何を寝ぼけたことを言ってやがる! 人間風情が神に勝てるはずがないだろうがッ!!」
刀を構える一也の黒い刀から電撃が溢れ、その凄まじい稲光が辺りを明るく照らす。
「……俺の母親と狐鈴の仇。討たせてもらうぞ……酒呑童子」
そう小さく呟く一也の構えた刀を上から下へと振り下ろした。
振り下ろされたその刀身から放たれる電撃が、突進してくる酒呑童子を焼き払う。
だが、それでは不死となった酒呑童子は倒せない。
しかし、それは一也も分かっている――。
「――酒呑童子……お前に本物の神の力を見せてやる……」
そう静かに告げると、一也は再生を始めた酒呑童子の肉片に刃先を向ける。
すると、左手を胸の前に立てるとブツブツと文言を並べ始めた。
その文言を唱え終えると、再生途中の酒呑童子がみるみるうちに刀身に吸い込まれて――そして跡形もなく消えた。
一也は感慨深げに空を見上げると、月が真上に輝きその光がスポットライトのように降り注いでいた。
終わった……呆気無いものだな……
しばらく物思いに耽っていると、一也の体に浮き出た梵字が赤黒く点滅し始める。
「……もうそろそろ限界か、戻る前にもう1つの仕事を終わらせないとな……」
一也はそう呟き竜次達の元へと急いだ。
竜次達は石段の途中の広場で残りの悪鬼と戦闘を繰り広げていた。
そこには気を失っていたはずの月詠の姿も見える。
「はぁ、はぁ……起きてすぐ、こんな……」
月詠が息を切らしながらそう呟くと、隣に付いた竜次が申し訳無さそうに口を開いた。
「すまん……俺1人で何とかしたかったんだけどよー」
「……そんなのは良いから、しっかり戦って!」
そう叫ぶと月詠は敵に向かって双刀を構え突進していく。
竜次もそれに遅れまいと、槍を持って敵に襲い掛かる。
2人の頑張りで敵の数は減っているとはいえ、辺りにはまだ数十体の悪鬼が存在していた。
「時間がない。一撃で決めるぞ……」
その戦闘を石段から見下ろしていた一也は刀を天に掲げると、空に向かって電撃を放つ――。
その電撃が枝分かれし竜次達が交戦していた悪鬼達を襲う。
悪鬼達は断末魔の悲鳴を残し、一瞬で稲妻によって焼失する。
辺りの敵を殲滅したのを確認すると、一也は足早に狐鈴のところへと急ぐ。
狐鈴の元へ着くと、その側で泣きながら地べたに座り込んでいる月夜がいた。
「……ごめんよ鈴っち……ぼくが、ぼくがもっとしっかりしてれば……こんな……」
すすり泣いている月夜の肩に一也が優しく手を置く。
「大丈夫だ月夜。危ないから少し離れててくれ」
「……お兄ちゃん」
「俺は最後まで諦めない。いや、諦めたくない……。だからお前も俺を信じて離れててくれ」
その決意に満ちた一也の顔を見て、月夜は服の袖で涙を拭うと小さく頷く。
もう変身の限界が近いのか、一也の性格が戻り始めていた。
一也はその場に片膝を突くと、右手の刀を狐鈴の上に翳し左手を胸の前で立てた。
瞼を閉じ集中する一也。
この時一也は、先程酒呑童子にやった方法とは逆の事を試そうとしていた。
それは生命の吸収ではなくその逆の行為、そう生命の放出だ!
しかし、この行為はあくまで一也の仮説に過ぎない。
一也の《不動転生・発》という技は、一也の守護神である不動明王の力と陰の気を体に宿し、発動する奥義のようなものだ。
それは人である一也が一時的に神の力を受ける事で半神になるといもの――その力と辺りに漂う、陰と陽の気を放出して一也は狐鈴を蘇らせようと言うのだ。
だが、蘇らせるという行いは――例え神であったとしても許されるものではない。
それは一也が一番良く分かっていた。
「はあああああああああッ!!」
全身の力を右手に握られている刀へと集中していく。
すると、一也の持っていた刀から青白い光が発生し、狐鈴と一也を円形の球体が包み込む。
その直後、その球体の中の狐鈴から旋風のようなものが発生し、その風の刃が一也の肌を傷付け、地面に血が滴り落ちていく。
だが、一也は眉1つ動かさずに一向に止める気配はない。
その内、一也の体に浮き出た梵字が掠れ始めた――。
……例え俺の体にどんな反動が来ようとも。必ずお前を連れて志穂のところへ返る! 欲しければ俺の全てを持っていけ! 俺は一度した約束は必ず守る……それが男ってもんだッ!!
全身を切り裂くような激しい痛みに耐えながら、一也は決意に満ちた表情で狐鈴に自分の力を送り込み続けた。
突如として青白い光が狐鈴に集中し、狐鈴の体が光り輝く。
すると、狐鈴の体の傷が消え瞼がぴくりと動いた。
狐鈴の放つ光が消えそれと時を同じくして一也の《不動転生》も解けて、容姿が元の状態に戻る。
「……うっ」
「――狐鈴ッ!?」
薄っすらと瞼を開く狐鈴を抱き起こす。
狐鈴はぼーっとしながらも一也の顔をじっと見つめている。
「……主様? 妾は……どうして……」
不思議そうにぼそっと呟く狐鈴の体を一也はしっかりと抱き締めた。
何が起きたのか分からずにきょとんとしている狐鈴に一也は「良かった」っと何度も耳元でささやいた。
そんな2人を見つめながら周りに居た全員がほっと胸を撫で下ろしている。
その時、2人の周りの地面から、まるで蛍のような黄色い光が空へと舞い上がっていく。
「蛍火じゃ……」
自分達の周りから立ち上がるその光を見て狐鈴が小さく呟いた。
「……蛍火?」
「うむ。魂が成仏する時に出る光のことじゃ、それを蛍の光になぞらえてそう呼ぶのじゃ」
「成仏した魂……か」
おそらく、この光は酒呑童子に殺された人間達の魂なのだと感じながら、一也達はゆらゆらと天に登っていくその光をいつまでも見上げていた。
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