第44話
その数日後……。
一也は志穂と狐鈴を連れて動物園へと来ていた。
もうすっかり回復した狐鈴が、白いワンピース姿で動物園の中を嬉しそうに走り回っている。
「おい。そんなにはしゃぐと転ぶぞ?」
「大丈夫なのじゃ~」
狐鈴は二本に増えた銀色のしっぽを揺らしながら手を振っている。
「はぁ~。まったく……」
「良いじゃない今日くらい。狐鈴ちゃんも一也と一緒に来て嬉しいんでしょ?」
呆れたように頭を抑えている一也に志穂が微笑んだ。
どうして動物園に行くことになったかというと、それは酒呑童子との戦闘を終えた次の日の夜のことだった。
* * *
風邪が治ったばかりなのにも関わらず、わざわざ夕食を作りに来てくれた志穂を家に送り届け、一也が自宅に戻った。
リビングのテーブルで一也と狐鈴が向かい合いながら、志穂が作っておいてくれたいなり寿司を頬張り、テレビを見ていた時の事だ。
丁度その時、テレビ番組で動物園の特集をしてた。テレビを瞳をキラキラさせて食い入るように見つめていた狐鈴が興奮気味に言った。
「のう主様! 妾もここに行ってみたいのじゃ!」
「ここって動物園か?」
「うむ! 遠仏永に!」
「……ああ、どうぶつえんな」
狐鈴の言葉を訂正すると、一也は徐ろに席を立ち、壁に貼り付けたカレンダーを見た。
「そうだなー、来週にはもう夏休みに入るし。都合がつけばな」
「嫌じゃ! そんなに待てん! 妾はすぐ行きたいのじゃ!」
「……ってもなぁー。俺も色々忙し――っておまっ! どこに電話掛けてるんだっ!?」
「どこって、志穂という娘に決まっておろう」
一也が狐鈴の方を見てそう叫ぶと、狐鈴はあっけらかんとして答えた。
慌てて一也が狐鈴のスマホを取り返そうとした直後、志穂が電話に出た。
『もしも~し。狐鈴ちゃんどうしたの?』
「実はお願いがあるのじゃ!」
『お願い?』
「うむ」
志穂は電話越しに狐鈴に尋ねる。
「主様が動物園に連れて行ってくれないのじゃ!」
『う~ん。そうだ! ちょっと一也と変わってくれる?』
「うむ。主様に変われば良いのだな」
狐鈴はそう言って一也にスマホを差し出す。
一也はそれを嫌そうに受け取ると、口を開く。
「……なんだよ?」
『なんだよ? じゃないでしょ一? 一也昨日言ってたよね。今度3人でどこか行こうって』
「うっ、お前起きてたのかよ……」
左手で顔を覆いながらため息をついた一也に、志穂が猫なで声で言った。
『私も一也と狐鈴ちゃんと3人で動物園に行きたいなぁ~♪』
「お前……」
しばらく無言のままスマホを握りしめていた一也が言葉を続ける。
「……それ可愛いと思ってやってるのか?」
『なっ、一也。それどういう意味!?』
その直後、電話越しにガシャン! っという何かが割れる音が聞こえてきた。
「……だ、大丈夫か?」
『か~ず~や~!!』
その怒りを含んだ声色に直感的にやばいと感じた一也は、咄嗟にスマホを耳から離す。
その直後、スマホからけたたましい声が部屋中に響いた。
『気に入ってたカップ割っちゃったじゃない! どうしてくれるのよ~!!』
その憤る志穂の声を聞いた一也の脳裏に、炎天下の中、汚れる我が家のリビングで腹を抑えて野垂れ死ぬ自分の姿が浮かぶ。
「ああ、悪い! 悪かった! 大変申し訳ありませんでした! 動物園に行く! 行きます!」
『行きます~? なんか偉そうだね……一也』
「いえ、行きたいなぁ~。物凄く動物園に行きたくなってきたので、志穂様付き合ってください。お願いします!」
一也がスマホを握りながら敬礼していると、狐鈴の声が聞こえてきた。
「主様も動物園に行きたかったとは本当なのか!?」
「あっ……いや、これは仕方なくで……だな」
その一也の言葉を聞く様子もなく、嬉しそうにクルクルとその場で回転している。
「動物園~動物園~楽しみじゃ~♪」
「はぁ~。めんどくせぇ……」
一也は大きくため息をつく。
* * *
一也と志穂は本当に楽しそうに、動物園内を駆け回る狐鈴を追いかけてるうちに疲れたのか、2人は近くのベンチに腰を下ろした。
そんな2人に狐鈴が駆け寄ってくる。
「2人共どうしたのじゃ? もしや。もう帰るのか!?」
顔面蒼白でそう聞いてくる狐鈴に、志穂が言葉を返す。
「ううん。ちょっと疲れただけだから、狐鈴ちゃんは見てきて良いよ? あっ、でもあんまり遠くには行かないようにねっ!」
「うむ。なら、あの鼻と耳の長い大きな生き物を見てくるのじゃ!」
そう言い残して満面の笑みで象の方へと駆けて行く狐鈴。
そんな狐鈴の背中を微笑ましく見つめる一也に、志穂が尋ねる。
「ねぇ……。藍本さんから聞いたんだけど一也。能力が使えなくなったって本当……なの?」
「んっ? ああ、そうだな。そういえばそうだったかもな……」
遠くを見るような目で空を見上げ、一也が言葉を濁す。
志穂は表情を曇らせながらもう一度尋ねた。
「……一也は能力が無くなった事はどう思ってるの?」
「別にどうも思ってねぇーよ。ただ、多少身体能力が低下した程度だろ?」
「でも、もう鬼とは戦えないんでしょ?」
その志穂の言葉に、一也はしばらく沈黙する。
それから少し間を空けて、一也が口を開いた。
「戦うさ……。能力は無くなったって言っても全て消えたわけじゃねぇー。それに、一度見た物に目を背けるなんて事――出来ないだろ?」
「はぁ……昔から変わんないね。そういうところ……」
志穂は少しがっかりしたようにため息をつくと、一也の顔をまじまじと見つめる。
「一也……本心を言えばね。もう危ないことは止めてほしい……」
「……志穂」
志穂の潤んだ瞳を見て、一也は思わず顔を逸らす。
だが、志穂はお構いなしに言葉を続けた。
「この頃、朝と夜に走り込んでるでしょ? 部活の助っ人も積極的に行ってるし……」
「それは、頼まれるからで――」
「――それを見てると、何も出来ない自分が嫌いになるの!」
一也の言葉を遮り、突然志穂が声を上げる。
驚きながらその顔を見つめている一也に、志穂は言葉を続けた。
「毎日苦しんでいる一也を見てると……。私は幼馴染なのに! 本当に見てるだけで、一也のなんの手助けも出来ない! そんな自分が大嫌いになる!」
「急にどうした!? 志穂少し落ち着け!」
少し取り乱した様子の志穂の肩を掴むと、彼女の顔を真面目な顔で見つめる。
「お前が気にする事じゃない。あれは俺の不注意で俺が勝手にしたことだ。誰のせいでもない」
一度呼吸を整えるように、一也は大きく深呼吸をして言った。
「どうしてお前が責任を感じる必要がある? 能力があろうがなかろうが俺は鬼神だ。俺は俺に出来ることをする。いや、しなければならない!」
「……そんなのおかしい。そういうのは、能力がある藍本さんがやれば良いじゃない! どうして一也がやるの? なんで一也じゃないとダメなの? そんなの絶対おかしいよ!!」
志穂がそう言い放つと、一也は何も言えなくなり口を噤む。
確かに志穂が言うのは最もだ――。
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