第42話

 鬼神は所詮は人間であり、人を悪鬼から護ることを使命としている。

 それとは対照的に人が悪行に身も心も捧げた結果が悪鬼という存在なのだ。

 なら、市街地で暴れた方が治安が悪化し、更なる悪鬼を生み出す原動力と成りうる。


 だが、酒呑童子はこの場所を拠点にしている。その理由は酒呑童子しか知らない。


「……どうしてここを拠点にしている?」

「フハハッ! 聞きたいか? あの世に逝く良い見上げ話に持ってくと良い! ここで俺は昔から多くの女を殺し食ってきた。女の肝は男の肝と比べて濃厚で旨いぞ? 酒の肴にちょうど良い。しかも能力が上がるというおまけ付きだ!」


 酒呑童子は酒を一思いに飲み干し言葉を続けた。


「俺様達は陰の気が強まることで力が増す。お前達、鬼斬共はいや――お前達は鬼神と呼んでいるのか? 鬼神は陽の気で能力が上がるんだろう?」

「……ああ、そう、言われている、らしいな……」


 一也は理由の分からない息苦しさに、荒い息を繰り返しながら答えた。


「それでだ、この場所には殺した女達の怨念――つまり陰の気が漂っている。そいつ等が陽の気を吸収するってわけよ! お前はさっき何をした?」

「なにって……この刀で――ッ!?」


 何かに気が付いたように一也は固まった。

 そう、一也の持っている刀こそ鬼神の象徴であり、その能力そのもの――この刀で戦うという事は、悪鬼を天界でも現世でもない場所に送るという意味を持っている。


 それは言い換えれば、この刀からは現世には存在しない霊的なエネルギーを秘めているということになり。そのエネルギーは陽の気なのは言うまでもないだろう。


 そして今この場所に漂う魂は天界に行けずに現世を彷徨う魂で、その魂はその霊的なエネルギーを求め一也達の能力を食い尽くすということなのだ。


「――気が付いたようだな……。そうだ、ここに彷徨う女達は、俺に力をくれただけじゃなく。お前達からも俺様を守ってくれるってわけだ!」

「……そうか、そういうことか……」


 狐鈴お前は……俺を信じてくれてたんだな……


 一也は力を振り絞り、ゆっくりと立ち上がった。

 すると、その一也の体から青いオーラが物凄い勢いで立ち上がる。


 その力に集まるように、みるみるうちに黒い煙のような物が一也を包んでいく。


「……食いたきゃ好きなだけ食いやがれ。狐鈴は……これを伝えたかったんだ……」

「なっ、なにしてやがる! 人間風情がそれ程の力を持っている!?」


 酒呑童子は叫ぶと、咄嗟に距離を取る。


 一也は持っていた刀を地面に刺し、手を胸の前で合わせると不動明王の真言を唱え始める。

 全ての言葉を唱え終えた一也は声を大にして叫ぶ。


「不動転生・発!!」


 すると、一也の体をまとっていたオーラが青から漆黒へと変わり、周りの陰の気とともに体に吸収され始めた。

 その直後、一也の短い髪が肩ほどまで伸び瞳の色が紫から深紅に変わる。体からは赤黒い光が発生し、その凄まじい勢いに一也の上着を吹き飛ばす。


 一也の体に不気味に赤黒く浮かび上がる梵字を見て、酒呑童子は更に焦りを見せる。


「……お前人間じゃないのか!? なんだその体の刻印は!!」

「お前に答える舌など持たん……。さあ、懺悔の時だ……」


 性格が変わったように一也はそう静かに言い放ち、深紅の瞳を酒呑童子に向けた。


 その言葉を聞いて酒呑童子の目の色が変わる。


「なにが懺悔だ! この人間もどきがッ!!」


 右腕で大きな瓢箪を振り回し酒呑童子が一也に突っ込んできた。


 一也は咄嗟に自分の目の前に刺さっている刀を抜くと、酒呑童子に斬り掛かる。

 一瞬、稲妻のような光が煌めいたかと思うと、次の瞬間酒呑童子の腕が瓢箪もろとも真っ二つに裂けていた。


 その刹那。斬り落とされた腕が雷鳴とともに一瞬にして焼失する。


「なっ! なんだとッ!?」


 驚きながら一也を見た。


 一也の持っている刀は雷を帯びていて余程強大なエネルギーなのか、その黒い刀身から発生した稲光が小さな落雷のように時折地面に落ちている。


「お前は知らない……この刀はタケミカヅチだと言う事を……」

「――タケミカヅチだとッ!? ならお前は神だとでも言うつもりか!! この人間風情がぁあああああッ!!」


 そう天を仰ぎ雄叫びを上げる酒呑童子。

 っと次の瞬間、酒呑童子の体が黒い煙を上げ、その形を変え始めた。


「お前は神じゃない! 俺様はこの数千年の間、女の腸を喰らい力を蓄えてきた……」


 乱雑に伸びた紫色の髪は更に長く伸び始め、その色を紫から白へと変える。

 肌の色も黒く変わり、額の角は天を刺すほどに伸び上がる。


 斬り落とされた腕も再生し、両側に3本という人の概念を超えた異端な存在へと変貌を遂げる。 

 そう、その姿はまるで……阿修羅だ――。


「これが俺様が数千年の時を経て進化を遂げた俺様の本当の姿だ! 手足が4本しかない未だ人間の姿を留めたままの貴様が! 神であるはずがない!!」

「………」


 一也はその姿を目の前にしても表情1つ変えることなく、酒呑童子を見据えている。


 未だ闘志を漲らせている一也が気に喰わないのか、酒呑童子は6つの拳を一斉に握り締め、立ち尽くしている一也に襲い掛かる。


「フハハッ! 怖くて動くことも出来ぬか! 小僧がッ!!」


 酒呑童子の振り抜いた拳を、一也はその場を動くことなく全ての腕を斬り落とす。

 その直後、目の前を雷鳴とともに電撃が地面に落ち、砂塵を巻き上げる。

 一瞬視界が遮られた直後、一也の目の前に黒い腕が現れ、一也の体を吹き飛ばす。


「――くッ!」


 一也は空中で体制を立て直すと、地面に踏ん張って止まる。

 素早く前を向き返す一也――。


 すると、再び目の前に酒呑童子の姿が現れた。


 ――うらあああああああああッ!!


 咆哮とともに地面を抉り取るようにして、今度は3つの腕が連続で襲い掛かる。


 一也は素早く刀を振り、その腕全てを斬り落とした。

 しかし、斬り落とした直後から急速な回復速度で再生するその腕に、一也の体は為す術なく突き飛ばされてしまう。


 宙を舞う一也を見て酒呑童子は笑い声を上げる。


「フハッハッハッハッ! どうした! 反応出来ていてもかわせない攻撃があるとは思ってもなかったかッ!?」

「……ッ!!」


 その声が聞こえたかと思った刹那、今度は飛ばされている一也の目の前に酒呑童子の姿が現れ、拳を天に振り上げるのが見えた。


 咄嗟に一也は酒呑童子の腹部に手を当てると、その手の平から漆黒のオーラを放出する。


「地獄の業火に焼かれろ……」


 低い声で一也がそう告げた直後、酒呑童子の体が黒いオーラに包まれた。

 その勢いに押され、一也自身も地面に叩きつけられる。


 ――ぐあああああああああッ!!


 その叫び声の直後酒呑童子の体は跡形もなく消え去った。

 しかし、一也は険しい表情を崩さない。


 それもそのはずだ。一度は一也の目の前で消え去ったはずの酒呑童子の肉片が、物凄い勢いで集合していたのだ。


 この再生速度は異常だな……


 そんな事を考えていると、再生を終えた酒呑童子が一也に目掛けて拳を振り下ろす。

 一也は連続して襲い掛かる拳を横に転がりかわすと、素早く立ち上がって距離を取る。


「あの状況から再生するとは、呆れた再生能力だな……」  


 眉をひそめながらそう告げる一也。

 酒呑童子は大きな笑い声を上げると天を仰ぐ。


「フフフッ……ハッハッハッハっ! これは凄い! さすがは神に匹敵する力だ。不老不死とは最高じゃないか!」

「ふふっ。神に匹敵する力か……お前の思う神はその程度なのか?」

「……ほざくなよ小僧ッ! 殺せない相手をどうやって殺すのか、見せてもらおうじゃないかッ!!」


 激昂した酒呑童子が咆哮を上げながら、まさしく鬼の形相で突っ込んでくる。

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