第32話
数多くのドーナツを注文したにも関わらず、2人用の席に腰掛けた一也はどこかに電話を掛ける。
『おぉ~。主様か? 待っておったのじゃ! ドーナツとやらは買えたのかのう?』
「おう。こっちに取りに来れるか?」
『うむ、無論じゃ! すぐにそっちに行くのじゃ!』
その言葉の後、すぐに空間が揺らぎ、狐鈴が嬉しそうに飛び出してくる。
狐鈴は目の前に並べられたドーナツを見て歓声を上げると、それを持って空間の中に消えた。
おそらく、一也の自宅ではこの後狐鈴と月夜のドーナツパーティーが始まるだろう。
「全く現金なやつだな……」
そう呟くと月詠が申し訳無さそうに言葉を返した。
「ごめんなさい。月夜は気持ちが高まると落ち着きがなくって……」
「まあ、仕方ないさ。式神はもとの動物の特性を多少なりと受け継いでるらしいしな」
「……言っておくけど月夜は犬ではなく狼よ?」
「わっ、分かってるって!」
念を押すように付け加えた月詠に一也は少し慌てながら答えた。
しばらく、ドーナツを食べながら談笑すると、徐ろにあの話題を振る。
「藍本……俺が鬼神になった理由を聞いてもらっても良いか?」
今までとは違う声のトーンに、月詠はその内容を察したのか静かに頷いた。
一也は目を逸らすように外の風景を眺めると、重い口を開く。
「実は俺は中学の時に母親を何者かに殺されたんだ……」
「……そうなの。それは、その……辛い経験だったわね……」
急に重い話になり、対応の仕方に困った月詠が一也の顔色を窺いながら答えた。
一也はその重苦しい雰囲気を察して、少し微笑みながら「そんなに身構えないでくれよ」っと告げ、再び話し始める。
「どうやら母親は酒呑童子という悪鬼に殺されたらしいという情報を以前戦った茨木童子という悪鬼から聞いた。更に以前志穂の所属している生徒会のボランティアの一環で小学校の林間学校に参加した時も、悪鬼が女性だけを限定的に拉致しようとしたんだ」
「拉致しようとした? なんだか曖昧な答えかたね」
「ああ、その事件は俺が未然に防いだ。だが、その時に黄鬼が紫色に変わったんだ。奴等はそれを『鬼零化』と呼んでいた。藍本はその言葉を聞いたことあるか?」
一也はそう尋ねると、月詠の目を真面目な顔でじっと見つめる。
月詠は首を横に振ってその質問に答えた。
その後、月詠は身を乗り出すようにして一也に尋ねる。
「その話もっと詳しく教えてほしいわ! 私もこれから戦うかもしれない敵の情報は、少しでも知っておきたいから」
「ああ、まず茨木童子だが、大きな刀を持っていて、剣術は大したものだった。それは全力の俺の足を斬り付けるほどのスピードだ」
「全力の東郷くんにケガを負わせるって……」
とても信じられないという表情で手で口を覆っている月詠に、一也は更に言葉を続ける。
「――だが、その時のあいつは左腕を切り落としてやったから、完全に治癒するまでとりあえずの危険はないだろう」
「……左腕を斬り落とした!?」
「ああ、とりあえず当面の敵は凶暴化する『鬼零化』と『酒呑童子』だ」
「なるほど……っということは、最初からあなたと私には相当な差があったわけね……」
月詠は腕を組むと、ため息混じりに言った。
少し落ち込んだ様子の月詠に、一也は険しい表情のまま尋ねる。
「藍本。ここらで鬼神同士、情報を共有したい。お前も知っている事は全て教えてくれ!」
「……分かったわ。私の知ってることが役に立つかは分からないけど、全て話すわ」
「ああ、頼む!」
一也と月詠はそれから数時間に渡り、これまでに戦った悪鬼の情報などをお互いに話し合った。
だが、月詠の話からは一也の知っていた情報ばかりであまり目新しい情報は無かったが、唯一東北地方で《神殺し》と言われる神社仏閣の大仏などが破壊されるという事件の情報を手に入れる事が出来たくらいだろう。
結局、更なる悪鬼の反応もないまま、月詠と一也が店を出た時には夜10時を回っていた。
「遅くなっちまったな。家まで送るよ」
「いいえ、東郷くん。その心配はいらないわ」
月詠が瞼を閉じてそう告げた直後、空間が歪み、その中から月夜がひょっこりと姿を表した。月夜の口元にはドーナツについていたチョコレートやクリームなどがべったりと付いている。
月夜は手を上げると、元気よく答えた。
「月詠呼んだ?」
「ええ、月夜、もう帰るわよ? 東郷くんの家に忘れ物はない?」
「うん! 全部鈴っちと食べてきたから!」
月夜は満面の笑みでそう答えると、自分の張り出したお腹を擦った。
月詠は「そう」っとまるで妹を見守る姉のように微笑むと、ハンカチで口の周りを拭いてやっている。
一也はふと沸き起こった疑問を月詠に尋ねる。
「藍本。月夜はどうしてお前の考えている事が分かるんだ?」
「ああ、野生の勘かしらね。真神は日本狼の化身でね、狼って仲間同士の絆が強いらしいの。一匹狼なんて言葉があるけど、あれは人間が勝手に想像した狼のイメージでしかないわ。基本的に狼は群れで行動する生き物だもの」
「なるほど……」
一也は首を傾げながらそう答えると、月詠は月夜に空間の裂け目を開くよう促した。
「それじゃ、東郷くん。また明日」
「お兄ちゃんまたドーナツ食べようね~!」
2人はそう言い残して消えていった。
軽く手を上げながら月詠と月夜を見送ると「俺もいつかは狐鈴とそういう関係になれるかな」っと感慨深げに空を見上げて一也は呟く。
翌日、一也が志穂の家の前で何度か玄関のチャイムを押すが返事がない。
「なんだ? 志穂のやつ、昨日の事まだ怒ってんのかよ。はぁ……、しゃーない俺も学校に行くか……」
志穂が先に家を出たと考えた一也は、ため息ついて学校へと向かった。
しかし、教室には志穂の姿はなく、その後もHRが過ぎても志穂は現れなかった。
何度か志穂に電話やメールを入れたものの全く返事が返ってくることなく。
結局放課後まで姿を表さなかった志穂に、一也は憤りを感じながら部室のベッドで横になっていた。
その時、突如として扉が開き、その方向を向いた一也の瞳に飛び込んできたのは志穂ではなく生徒会の神埼 恵梨香だった。
彼女はトレードマークのサイドテールを揺らしながら部室に入ってくると、寝転がっていた一也に静かに呟く。
「東郷くんちょっと来てもらっていい? 話があるんだけど……」
そのピリピリとした威圧感に一也が身を起こして言った。
「……なんだよ。俺は別にお前に用事なんてねぇーけど?」
「いいから来いって言ってんじゃん! 志穂の事で話があんのよ!!」
強い口調でそう言い放つ恵梨香に、一也は目を細めた。
互いに睨み合いながら、しばらく時間が止まったかのように向き合っていると、それに耐えかねたのか恵梨香が口を開く。
「――あんた。志穂に何したのよ……?」
「はあ? 別に何もしてねぇーよ」
「――何もしてないって……?」
恵梨香は俯き加減にそう言うと拳を握りしめた。
その声からは相当な憤りが感じられる。
夕焼けの光が差し込み無言のまま対峙しているお互いの顔を染める。
「この……」
そう恵梨香が口を開いた次の瞬間、彼女が殴り掛かってきた。
一也はそれを予想していたように恵梨香の右腕を受け止めると、瞬時に突き出した恵梨香の左腕も掴んで止める。
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