第33話

 馬乗りになられるような格好でお互いの顔を睨み合うと、ふと恵梨香の涙が頬を伝う。


「……なにもないなら、どうして昨日志穂が目を真っ赤にさせながら、生徒会室に来たのよ!? なにもなかったんなら、どうして今日学校に来ないの!? あんたと志穂は幼馴染なんでしょ? 説明してよ!!」


 大粒の涙を流しながらそう告げる恵梨香に、一也は思わず何も言えなくなってしまった。


 それもそうだろう。志穂の親友の恵梨香がこれほど憤っているのは当然の事だ。

 だが、そんなことよりも志穂があれくらいで学校に来なくなるなんて思ってもみなかった。


 これまでも何度も志穂とケンカになったが、すぐに機嫌を直して翌日には普段通りに戻っていたのだが、今回はいつもと状況が違うようだ……。

 無言でいる一也を責めるように恵梨香が言った。


「なんとか言いなさいよ!」

「なんとも言えねぇーよ。俺だって何がなんだか分かんねぇーんだから」

「なに言ってんの? あんたが悪いんでしょ!? あんたはいつだって志穂に甘えてばっかりで、志穂がどれだけあんたの事を大事に思ってるか分かってないんでしょ!?」


 その話を聞いてハッとした一也の隙をついてその手を振り払うと、恵梨香が一也の胸ぐらを掴んで言葉を続ける。


「あんた、なんだか最近転校してきた女子生徒と仲良くしてるんでしょ? あんたが志穂の事をどう思ってるか知らないけど、志穂はあんたの事が好きなのよ!」

「……なッ!?」


 驚きを隠せない表情で恵梨香を見つめる一也に恵梨香が叫んだ。


「女って言うのはどんな状況でも、自分の好きな人が他の女と仲良くしてんのは嫌なんだよ! 幼馴染なら……志穂の事をずっと見てたんならそんな事くらい分かれ!!」


 そう言い放った恵梨香が、一也を強引に突き放して出ていった。


 その場で呆然と項垂れている一也は自分の手を見つめていた。


「志穂が俺の事を好きだって……? 神埼のやつはなに適当言ってやがんだよ……」


 そう小さく呟く。


 一也には志穂が自分の事を好きだという事が理解出来なかった。いや、理解したくなかったのかもしれない……。


 小さい頃から一緒に育った一也と志穂は、もう他人というよりも兄妹に近い存在だったからだ。


 小さい頃から自分の後を付いて来る志穂を愛おしく思ってはいたが、それは恋愛感情とは程遠いものだった……。


 一也はのっそりと立ち上がると、机の上に置いていた鞄を肩に担いで部室を後にした。

 志穂の家に行くことも自宅に帰る事なく、一也は駅近くのゲーセンで格ゲーをプレイしていた。 


 ゲームをプレイしている間は全く記憶がない。

 ただ淡々とやり込んだゲームのスティクとボタンを巧みに操作し、オンライン対戦ですでに30連勝を達成していた。


 一也の周りには多くの野次馬が詰め掛け、さながらイベントでも行われているかのような雰囲気になっている。


 普段ならその野次馬に鋭い眼光を浴びせかけ追い払うのだが、今日の一也にはそんな余裕などない。


 恵梨香に『志穂が自分を好きだ』という事実を聞かされた以上、変に意識してしまい。どんな顔で志穂に会いに行けば良いのか分からなかった……。


 その時、目の前の対戦画面の左上に【対戦者待機中】の文字が表示される。

 この文字は全国対戦から店内対戦に移行される時に発生するもので、この表示が出たということは今の対戦に負けたとしても、コンティニューする事なく無条件で店内対戦になるという仕様になっていた。


 誰だよ……こっちはイライラしてんだ! どこの目立ちたがりか知らねぇーが、この大衆の面前で今の俺に対戦を挑んだことを後悔させてやる!


 一也は心の中でそう呟くと、不意に手を止め、ゲーム台の隙間から相手の姿を確認した。


 そこには緑色の帽子を深々と被った赤みがかった茶髪に棒付きのアメを舐めている少年が座っていた。


 その姿を見て頭に来た一也は、今の対戦を完全に放置し早々と負ける。


 ……いけ好かない野郎だ。瞬殺して晒し者にしてやらぁー!


 一也はイライラしながら指を鳴らしてスティクを握り直した。 

 このゲームは先に3勝したプレイヤーが勝利する。


 一回戦は勝負が始まるとあっという間に一也が勝利を収めた。


 フッ、なんだよ雑魚じゃねぇーか。気合入れて損したな……


 一也がそう心の中で呟き笑みを浮かべる。


 その反対側で帽子を深々と被った少年も口元に不敵な笑みを浮かべている。

 二回戦、今度は僅差で少年が勝利を収める。


 そして三回戦は一也、四回戦は少年と、どちらの勝負も本当に接戦という感じで、一進一退の工房を繰り広げていた。


 その2人の激戦を見て周りの野次馬もヒートアップし始める。

 そこかしらで歓声を上げる中、一也だけはまるで苦虫を噛み潰したような不愉快極まりないといった表情で画面を見つめていた。


 それもそうだろう。一也が格闘ゲームでこれほど追い込まれる事は初心者の時代しか覚えがない。

 僅差での勝利――それは互いの力が均衡しているかもしくは……。


 結局その勝負も一也が僅差で敗北し、一也は悔しそうな表情で無言のまま席を立つと、ゲーセンを後にした。


「あの野郎……手加減しやがった……」


 一也は憤りを抑えられずにそう口にする。


 そう、あの少年との勝負で、一也は惨敗したのである。

 それは周りの大衆の目には分からない――対戦していた当人同士にしか分からない形で、一也にあの少年は圧倒的な力量差を見せつけたのだ。


 辺りには帰宅ラッシュを迎えた事もあり、駅は人々が忙しなく行き交っている。

 一也はその雑踏の中をイライラしながらあてもなく彷徨っていた。

 その時、数人の不良とぶつかり口論となった。


 その後、駅の近くの高架橋の下で殴り合い。難無く一也が勝利する。

 一也に殴られ、呻き声を上げている不良達の前に出て一言……。


「……金を出せ!」


 そう脅すと、彼等は慌てて財布を投げ捨て逃げていった。

 その無残に放置された財布を見つめ、一也はどうしようもないやりきれない思いが込み上げてくるのを感じた。


「ちくしょおおおおおおおおおッ!!」


 そう言って高架橋のコンクリートに強く拳を打ち付ける一也。


 そんな時、後ろから何者かの声が笑う聞こえてきた。

 その方向を一也が睨みつけると、そこには先程の緑色の帽子を被った少年が、2m程のフェンスの上に座って一也を見下ろしている姿が飛び込んできた。


 一也はそれを見て不機嫌そうに呟く。


「おい。どういうつもりだ? お前……」

「なに、どうもしない。ただ負け犬の遠吠えを聞いて笑ってただけだぜ? 無様だなってよー」

「……なんだと? 負け犬の遠吠えだと?」

「負けてコンクリート殴ってる奴をそう言わないのかよ? まあいいや、お前にちょっと聞きたいことがあるんだけどよー!」


 そう呟くと、一也の前に着地し不敵な笑みを浮かべる。

 一也は少年を鋭く睨みつけた。


「おいおい。ゲームで勝ったくらいで良い気になるなよ? 格ゲーが強いからって実際の喧嘩が強いってことにはなんねぇーんだぞ?」

「良いからよー。俺の質問にだけ答えてくれや」

 一也のその挑発的な言葉を軽く流した少年は、眼の色を変えて一也に向かって尋ねる。

「お前……鬼神だろ?」

「……てめぇーなに者だよ。どうしてそんな事を知っている!」

 一触即発の雰囲気の中お互いに威嚇するように睨み合う。

「良いから答えてくれや。お前、酒呑童子っていう化け物の居場所を知ってるか?」

「――ッ!?」


 少年の口から出たその言葉に一也は驚愕した。

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