第31話

 一也はため息をつくと、そっと彼女に耳打ちする。  


「忘れてねぇーよ。でも今は俺に合わせてくれ! あいつにバレると後々面倒だからよ……」

「うん。分かったわ。なら私と東郷くんだけの秘密って事ね」

「ああ、そうだな」


 ……いや、月夜と狐鈴も知ってるからそうはならないだろう


 内心そう思いながらも、一也はそう言って軽く微笑んだ。

 その2人の様子を隣で見ていた志穂が口を尖らせながら口を開く。


「なんだか、一也と藍本さんは随分仲良さそうだね。やっぱり昨日なにか――」


 そう口にしようとした時、チャイムが部室の中に鳴り響く。

 一也は素早く立ち上がると「やべ! 授業が始まるぞ!」っと呟き、我先にと教室を後にする。


 そして放課後になり、いつものように志穂に「一緒に帰るか?」っと尋ねると、志穂は目を逸らしながら素っ気なく答えた。


「生徒会があるから無理。なんなら藍本さんと帰れば良いじゃん。仲良いんでしょ?」


 その歯に衣着せぬ言い方にカチンッ! ときた一也が喧嘩腰に言葉を返す。


「ああ、そうかよ! お前がそう言うなら藍本と手を繋いで帰るから良いよ!」

「……べ、べつにそこまでは……言ってない」

「なんだよ。別に俺が藍本となにしようが、ただの幼馴染のお前に文句言われる事じゃねぇーだろ? お前はお前で勝手にしろ! 俺は俺で勝手にさせてもらうからよ!」


 瞳を潤ませながら膝の上で両手を握りしめている志穂をその場に残し、一也は月詠の手を取って強引に教室を出た。


 道路を一也はぶつぶつ文句を言いながら月詠と一緒に歩いていると、彼女が尋ねた。


「東郷くん。これは私が言うべきじゃないかもしれないけど……。さっきの八重咲さんへの言い方は、少し子供っぽかったと思うわ」

「いや、お前は知らないかもしれないけどな。志穂とはあれくらいの喧嘩は日常茶飯事なんだ。たいした事じゃねぇーよ」 

「そう、なら良いのだけど」


 そう自分に言い聞かせるように一也が言うと、月詠はそれ以上尋ねる事をせずに、前を向き直して歩き続けた。


 その時、ふと1つの疑問が頭に思い浮かんだ。

 それは『月詠がどこに住んでいるのか』というものだった。


 昨晩の月詠の話が事実ならば、月詠は自らの手で村の人を皆殺しにしたと言っていた。


 皆殺しというのであれば、それは自分の家族であっても例外は無かったはずだ――なら月詠はいったいどうやって生計を立てているのか、疑問に思うのは当然の事だろう。


 一也はその疑問を横を歩く月詠に聞いてみる。


「おい、藍本。1つ聞いていいか?」

「なに? 東郷くん」

「お前ってどうやって生計を立ててるんだ?」

「……どうしてそんなことを聞くの?」


 微かにだが、表情を曇らせた月詠に一也が更に質問する。


「いや、何となく不思議に思ったからかな?」

「……昨日東郷くんは何も考えるなって言ったわよね?」


 一也は月詠のその言葉に小さく頷く。


「なら、私はそのことはあまり考えたくないの……ごめんなさい」

「はぁ~。分かった」


 そう呟く月詠に一也はため息をついて微笑んだ。

 月詠もほっとしたように胸に手を当てて息を吐いた。


 その様子から、おそらく相当知られたくない理由であるのは間違いないだろう。

 その時、突如として一也のスマホがなった。


「狐鈴か? どうした?」

「大変じゃぞ主様! 悪鬼が出た!」

「なに!? どこだ? 場所を教えてくれ!」

「大丈夫じゃ! 今そっちに行く!」


 その言葉のすぐ後に空間が歪みその中から狐鈴と月夜が別々の場所から現れた。


「主様! 悪鬼なのじゃ!」

「月詠! 敵が出たよ!」


 声を合わせてそう叫んだ2人は、驚いたようにお互いに指差し合っている。 


「なんじゃ! お前達も一緒じゃったのか……。また妾の主様にちょっかいを出しておるとは見上げたものじゃのう」

「あはは、久しぶりだね鈴っち……えっ、えっと、昨日ぶり?」

「むぅ~。その馴れ馴れしい呼び方を止めぬか!」


 激昂する狐鈴に月夜はバツが悪そうに苦笑いを浮かべて返す。

 そんな2人を尻目に月詠と一也は顔を見合わせると頷いてピリピリした雰囲気の2人に向かって叫んだ。


「狐鈴! 場所はどこだ!?」

「月夜! 出現ポイントは!?」


 それを聞いた狐鈴と月夜は険しい表情になり同じ方向を指差した。

 その直後、2人は突然走り出し、その後を狐鈴と月夜が続く。

 走りながら出現場所を聞くと、どうやらそこは駅裏の工事途中のビルらしい。


 夕方の早い時間帯に人通りは左程多くはないだろうが、このまま敵を見失う事になれば、最悪は出現した悪鬼が暴れることにより帰宅ラッシュに巻き込まれ、多くの犠牲者を出す結果になるのは明白だ。

 

 4人は出来うる限りの速度で駅へと急行する。

 その途中、狐鈴が一也に叫んだ。


「主様! どうして空間転移を使わぬ!」

「バカ! 空間転移は自身の記憶に基づく能力だろ。実際の場所を正確に理解していないとその場所には飛べない! 確かにポイントを絞って飛ぶことは可能だが、若干のズレが生じる――もし、人前にデデンと出てみろ! 大騒ぎになるぞ!?」

「大丈夫じゃ! 記憶を消せば万事解決じゃ!」


 狐鈴がそう言葉を返すと、一也がそれに反論する。


「無理だ、お前の記憶飛ばしの術は護符を貼った者にしか効果はないだろ? その場に出た瞬間に多くの人間に見られる! そんな数手におえるはずがないだろうが!」

「……うぅ。記憶飛ばしの術なんてそんな格好の悪い名前ではないのじゃ……」


 ムスッとしながら狐鈴が小声で反論したが、すぐに口を噤んだ。

 一也はそれを無視して今度は月詠に尋ねた。


「藍本。月夜は駅までの道を開けないか?」

「無理ね。この子は見ての通り落ち着きがないから、人の多い場所には連れて行けないの」


 そう言って月詠が横目で月夜を見ると、月夜はにっこりと微笑んでいる。

 4人が駅の近くまで来た頃に突然、狐鈴と月夜が足を止める。


「……悪鬼が消えた?」

「……うん。完全に消滅してる」


 2人は呆然と不思議そうにお互いの顔を見て確認しあった。


「そんな……」

「……ばかなことが」


 それを聞いて月詠と一也は驚きを隠せないといった顔をして、互いに顔を見合っている。


 それもそうだろう。悪鬼の自然消滅などありえない、少なくとも2人はこんな事象は今までにない。


 悪鬼が人間に戻ることが出来ないという事実をふまえ、この状況で考えられる原因は2つ。1つは他の悪鬼と接触して既に違う場所へと消えたという事、そしてもう1つは他の鬼神に撃破されたという可能性だ――。


 だが、他の鬼神に撃破されたとは考え難い。さすがに一箇所に3人の鬼神が存在するのは異常としか言いようがない。


 何故なら鬼神は生死を彷徨った事のある、悪鬼に恨みがあり、式神と守護神が認めた者のみしかなれないのだ。


 それが一箇所に纏まって発生するとは考え難い――っとなると最初の可能性が最も濃厚だろう……。


 一也は敵が戦力強化を図っているという可能性を視野に入れ、現時点で唯一の協力者になるであろう月詠とは少しでも情報を共有していた方が良いと考えた。


 一也は月詠と月夜に向かって真面目な顔で告げる。


「月詠。反応が消えただけで、まだ敵が完全に消えたか分からない。新種の可能性もあるし――どうだ? ここらで少し話でもして待機していないか?」

「そうね。状況が読めない以上、仕方ないわね」


 2人は駅近くのファーストフード店に入った。

 カウンターでドーナツを注文した2人は、外の様子を窺えるように店内の2階の窓際の席に陣取った。

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