第30話
その直後、一也やもう一度苦痛に歪んだ表情で狐鈴に向かって言葉を掛ける。
「狐鈴……俺の式があんま情けねぇー声を出すな……だっ、大丈夫だ……急所は外した……」
「……主様……」
瞳を涙でいっぱいにして狐鈴が頷く。
それを見て微笑みを浮かべると、今度は唖然とした表情で目の前に立ち尽くしている月詠の顔を見つめる。
「……ど、どうして避けなかったの? あなたならこのくらいの攻撃――」
「――悪かったな……藍本」
そう言って血が滲む手で彼女の頬を撫でる。
「俺は何も分かってなかったみてぇーだ……」
一也はその手で月詠を抱き締めると耳元でささやく。
「ごめんな、藍本……。偉そうな事言っちまってよ……個人の主張なんてもんは、育つ過程で培われるもんだもんな……そんな基本的な事を忘れてたなんてよ、俺もまだまだだな……」
「……な、なにを……」
その突然の行動に狼狽える月詠に一也が言葉を続ける。
「でもな……それでもお前は間違ってる。もう自分を責めるな……」
「……あなた、今の状況が分かってないの?」
月詠がそう言って一也を突き刺している自分の刀に視線を落とす。
「分かってるさ……でも、こうでもしねぇ……と、お前の痛みを受け止めらんねぇーからよ……」
「……バカじゃないの? こんな事されたって私の罪が消えるわけじゃないのに……」
「ふっ……バカはお前だ。お前はぐだぐだ考え過ぎんだよ。なあ……藍本……」
「……なに? 東郷くん」
一也が月詠の顔を見上げ微笑みを浮かべると、彼女もぎこちなく微笑み返す。
そんな彼女の身体を更に強く抱き締めると、一也が耳元で言った。
「……良いか? 藍本。後ろばかり振り返るなよ。後ろを見ないと生きられねぇーのは弱い生き物だけだぜ? お前は強い。人間は強い生き物だからよ……だから目が前にしかないんだぜ?」
「……言ってる意味が分からないわ……東郷くん」
一也は朦朧とする意識の中、その返答に微かに笑みを浮かべた。
「ははっ、そうか……なら分かりやすく言ってやるよ。死んだ人間は生き返らねぇー。死んだ人間の歩みはそこで終わる……が、お前は生きてる。生きてる人間は嫌でも前を見て歩かなきゃなんねぇー。死んだ奴には未来はないが、生きているお前は自分で未来を選べるんだ……」
一也は月詠の顔を見つめ、腹の中から声を張り上げる。
「良いか! 今は何も見えねぇーかもしれねぇー! だがよ、きっとこの先に光が見える! もし何も見えない暗闇を進むのが怖いなら、お前は俺の背中だけ見て付いて来いて来い! そしたら俺がお前を引っ張って、明るい未来という光を必ず見せてやっからよ!」
「……うん。ありがとう」
涙を流しながら静かに頷く月詠に一也は安堵の表情を浮かべる。
すると、そこに月夜と狐鈴が駆け寄って来て声を掛ける。
「早くお兄ちゃん! 治療しないと!!」
「そうじゃ主様! 早くその女から離れるのじゃ!」
そう叫んだ2人に従うように月詠から離れた一也は、自分の体に刺さっていた刀を、勢い良く引き抜いた。
その傷口から血が噴き出し、地面を血に染めていく。
狐鈴は慌てて護符を使い治療を始める。
崩れそうになる一也の体を月詠が支える。
「わりぃ……体に力が入らねくてよ……」
「はぁ……もう。こんなバカな人は初めて……」
「……ふっ、そんなことならほっとけば良いだろうが……バカなやつだな。お前も」
「ほっとけないわよ。だって……私に光を見せてくれるんでしょ?」
「ああ」
2人はそう言って互いの顔を見て微笑み合った。
しばらくして治療を終えた狐鈴が脹れっ面をしながら不服そうに言った。
「……主様は女たらしじゃのう。そんな事ではこの先が思いやられるわ」
「何だよ。別に俺はそんなことしてねぇーだろ?」
「しとるわ! 物凄くしておるわッ!!」
狐鈴が大口を空けて叫んだ。
その剣幕に気圧されたのか一也は渋い顔をして口を噤んだ。
そんな2人のやり取りを見ていた月詠がくすくすと笑いを堪えながら告げる。
「それじゃ、東郷くん。今日はありがとう、また明日学校でね! 行くわよ月夜」
「う、うん。月詠……ちょっと待ってて」
そう言った月夜が一也の元へとやってくると耳元でそっとささやく。
「お兄ちゃんありがとう。お兄ちゃんのおかげで月詠が明るくなったよ。……今度必ずお礼をしに行くからね♪」
月夜はにっこりと笑ってそう告げると、一也の頬にキスをした。
それを見て激昂した狐鈴を尻目に、月夜と月詠は空間の裂け目の中に去って行った。
翌日、昼休みいつものように屋上で一也が眠っていると、入り口の扉が勢い良く開き、志穂の叫ぶ声が聞こえてきた。
「一也ッ!! どこに居るのよッ!!」
「はぁ……なんだ? 騒がしいやつだな。志穂、お前は食休みという言葉を――」
「――ちょっと部室まで来なさい!!」
志穂は一也の言葉を遮ると、鬼のような形相で高台を見上げ一也に睨みを利かせている。
「はぁ……。めんどくせぇー」
一也は志穂に聞こえないように小さく呟くと、高台から飛び降り志穂の後に続いた。
部室に行くまでの道中、すれ違った生徒達には笑顔を見せたが、それ意外は終始不機嫌な志穂は、一度たりとも一也と口を利かない――というか目すら合わせようともしなかった。
そんな志穂に徐ろに一也が尋ねる。
「おい志穂。どうして今なんだよ。放課後じゃだめなのか?」
「ダメ! 今すぐに!」
「はぁ~」
もう一度一也は大きくため息をつく。
無言のまま廊下を歩く2人は部室の前で立ち止まった。
扉に手を掛けた志穂は、横目で嫌悪感を抱いた瞳を一也に向ける。
一也はそんな志穂の目を見て眉間にしわを寄せながら「なんだよ」っと尋ねた。
その直後、志穂はゆっくりと扉を開いて一也がその中を見て驚く。
部室としている教室の中には青い長髪の女子生徒が本を読んでいたのだ。
そんな彼女に一也があんぐりと口を開けて声を上げた。
「どうしてお前がここに居るんだ!? 藍本」
「ああ、私もこの部活に入ることにしたのでよろしく」
その月詠の言葉に唖然としながらも、すぐ横で睨みつけてくる志穂を見て全てを悟った。
なるほど……志穂は昨日の夜の出来事を知らない。っということは……志穂のやつ、藍本から話を聞いたな? しかもこの感じは虚偽も混じえて……か
そう心の中で呟いた一也が再び志穂の方を見ると、この状況を説明しろ! っと言わんばかりに恨めしそうな眼差しを向けている志穂に苦笑いする――。
3人は無言のまま、教室の横に並べた机の椅子に腰掛け前だけを見て佇んでいた。
その均衡を崩したのは志穂だった。
「一也……説明して……。昨日の夜に藍本さんと何をしてたの……?」
「…………」
一也は無言のまま思考を回した。
それもそうだろう。この志穂の質問に安易に答える事は危険だったからだ。
下手に答えると変な誤解を招きかねない。
どうすれば志穂を傷付けずに、効率的に誤魔化す方法はなんだ……そうか! あれだ!!
一也は咄嗟に思いつき大きく息を吸うと意を決して呟く。
「いや~。なんだったかな~。最近物忘れが激しくて思い出せないな~」
明後日の方向を向き頭の後ろを撫でながらわざとらしくそう言った一也に志穂は更に不機嫌な顔になる。
「そっか……忘れたんなら仕方ないよねッ!」
その言葉とは志穂の一也を見る目が更に鋭くなる。
その視線に耐えかねて月詠の方に少し寄った一也の腕を遠慮がちに引いた。
「……あ、あの、東郷くん。忘れたって……ほ、本当に?」
月詠はまるで捨てられた子犬のような表情で、今にも泣き出しそうな瞳を一也に向ける。
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