第29話
一也は瞬時に体を傾けその攻撃をかわすと、即座に打ち込んできた左手の刀を黒い刀で防ぐ。
「ふふっ……」
そう月詠が不敵な笑みを浮かべたと思うと、今度は右手の刀を振り抜いた。
「……くっ!」
一也は咄嗟に逆手に持っていた左手の鞘でその攻撃を間一髪のところで防ぐ。
膠着状態になったところで、一也が徐ろに口を開く。
「――おい。これはどういうことだよ……分かったんじゃないのか?」
「そうね……分かったわ。あなたと私は違うものだって……だから排除する!」
そう言い放った瞬間、一也の体を蹴飛ばして月詠が距離を取った。
腹部を鞘を手にした左手で押さえながら、苦虫を噛み潰したような顔をする一也に、月詠が右手に持っていた刀の先を突き付け言い放つ。
「あなたは私の敵よ! 月夜がなんと言おうと、悪鬼も悪人も同じ悪――ならそれを助けるあなたも悪だもの!」
その月詠の言葉を腹部を抑えながら俯き加減に聞いていた一也は、口元に微かな笑みを浮かべ言い返した。
「……ふふっ、そうかよ。敵か味方か……そのニ者択一から導けば、俺はお前の敵なんだろうな……。でもな! 言っておくぞ、俺はいつでも中立の立場なんだよ!!」
そう叫ぶと今度は一也が月詠に向かって斬り込んだ。
一也の右手の刀を防ごうと両手の刀を合わせた瞬間、今まさに振り下ろされる直前の刀が空中で止まり、今度はフリーになっていた逆手に構えられている左手の鞘が月詠の左脇腹を捉える。
「――うぐッ!」
月詠は地面を蹴って距離を取った。
崩れ落ちるように地面に膝をついた月詠が驚きを隠せない表情で一也を見つめる。
そんな月詠に一也が呟く。
「どうした? カエルが蛇に会ったような顔してよ。まさかこんなに鞘の攻撃がこんなに強いと思わなかったか?」
「……くッ! な、なにを――」
「――そうだな。お前のその考えは正しい。鞘と刀、どっちを防ぐとなれば、刀を防ぐのが正しいからな。そしてあの踏み込みなら両手でなければ防ぎきれない。だが、お前は見逃している……。俺がどうして逆手に鞘を持っているのか……そこに疑問を抱かなかったのか?」
「なにが言いたいのよ?」
月詠の言葉を遮ってそう呟くと、そんな一也を月詠の水色の瞳が鋭く睨みつける。
一也は左手の鞘を持ち変えると、振ってみせる。
すると、辺りにブンブンと凄い音が響いた。
その音を聞いて月詠の表情が険しくなる。
おそらく、その音に危機感を覚えたからだろう。だが、そんな彼女を尻目に一也はその鞘を逆手に持ち直し告げる。
「確かに重心移動と遠心力を利用すれば逆手よりこっちの方が強力な一撃を叩き出せる。だが、二刀流の本来の目的は手数にある。一撃の破壊力を求めるのはもっと長物や大物の得物を使う時だろう?」
「…………」
無言のまま鋭い視線を送る月詠に更に一也は言葉を続けた。
「なら、どうしてこの鞘を逆手に持つのか……それは肘の力も利用して肘打ちの要領で出来るからだ」
そう告げると左腕全体で打ち出して見せる。
「それにもう1つ、お前は勘違いしている……」
刀の峰の部分を外側に向けてそう言うと、月詠は首を傾げてみせる。
「俺は最初からお前を斬る気はさらさらないということだ。そしてもうお前が俺に攻撃を与える事は出来ない……」
そう言い放ち鋭い眼光を月詠に向ける。
それを聞いて月詠は呆れたようにため息混じりに呟いた。
「……舐められたものね。良いわ、無理かどうか見せてもらいましょう?」
「ああ、良いぜ。たっぷりとその体で味わうと良い!」
「それはこっちのセリフよ。ズタズタに切り刻んであげる!」
一也が走ったのを見て月詠もそう言葉を返し両手の刀を構えて向かってくる。
ぶつかるごとに互いの刀が火花を散らし、両者の闘気がその場に満ちる。
それを目の当たりにていた式神の2人も思わず体を震わせていた。
「凄まじいのう……」
「……うん」
狐鈴と月夜は震える体を寄せ合いながら、瞬きすら忘れたように互いの主人達の戦いを見守っている。
おそらく2人は気が付いているのだろう。
鬼神同士の戦闘に介入できる隙などない事を……。
月詠の出した左手の刀を一也は刀で防ぐと同時に足蹴りを喰らわせる。
月詠は表情を歪まながらも、その衝撃をなんとか両足で踏ん張り止まった。
「はぁ……はぁ……このッ!」
息を整えた月詠が地面を蹴って、再び一也に襲い掛かる。
だが、その攻撃は彼に当たることはなく――。
「どうして当たらない! お前はいったいなんなんだ!」
憤る月詠の攻撃を一也はまるで見切っているように全て軽々とかわしている。
だが、彼女も戦闘に関しては素人ではない。時折フェイントやモーションを変えて攻撃を仕掛けてくる――が、その攻撃を仕掛けた一瞬の好きに一也の鞘と蹴りが彼女の体を確実に捉える。
もうここまでくると一方的な戦闘だ。どんなに攻撃しても一也が完全に月詠の動作を読みきってしまっている以上、すでに勝敗は決しているのだ。
月詠は距離を取り荒く息を繰り返すと、絶望したようにその場に膝を突く。
「はぁ……はぁ……もう強さとかそういうんじゃない。私とは次元が違いすぎる……」
戦意を喪失し絶望の色に染まった月詠の前に悠々と立ち尽くす一也がゆっくりと告げる。
「藍本……お前は強いよ。でも俺はもっと強い……。さっきお前は俺は藍本の敵だって言ったな? でもな、敵か味方かと勢力を二分したがるのは人間の悪い癖だ。そんなもん時と場合によってころころ変わるもんだしな」
一也は刀を鞘に収めて腕組しながら言葉を続ける。
「俺はもう人じゃない、でも神にもなりきれていない。お前もそれは同じだろ? 良いか、藍本。力を手にした時に同時に責任も伴う事を覚えておけよ……」
「……それは詭弁だ。私はもう後戻りできないんだ!」
そう叫ぶと刀を構え再び一也に斬り掛かってくる。
一也はその攻撃をかわしながら問い掛ける。
「なぜお前は後戻りできない! いくら罪人といえ、それを殺すのは正義なんかじゃない! お前のやっていることはただの自己満足だ!」
その言葉に攻撃の手を止め、鞘に刀を戻すと月詠が徐ろに口を開いた。
「あなたは何も分かっていない……私の生まれた村には悪しき風習があって、生まれて間もない女児を崖の上から海に投げ落とし。翌日まで生き残れた者だけを巫女として育て、初潮を迎えたその日に山犬達に三日三晩犯させるというしきたりがある……。その悪しき風習を月狼の儀式と称して巫女が死ぬ毎に行い。選ばれた者は皆強制的に鬼神にされる……」
表情を曇らせる月詠が更に言葉を続ける。
「私もその1人……だから、その悪しき風習を終わらせる為、私は村の者達を皆殺しにした……この手でね……」
月詠は自分の手を見つめ、瞳を潤ませながら言った。
それを聞いて一也は月詠に初めて会ったあの時に感じた違和感の正体を確信する。
なるほど……だからこの子の瞳は悲しげだったのか……
一也はそう心の中で呟くと、納得したように頷いた。
「――私のこの手も体も汚れている……人を大勢殺めた私には……もう私には未来を向いて歩む資格がないの……だから……」
月詠の瞳から一筋の涙が頬を伝うと、再び鞘から刀を抜いて一也に襲い掛かってくる。
「……私はもう過去に起こした過ちに贖罪する道しかないのよっ!!」
「そうか……藍本。お前は……」
俯きながらそう呟いた一也に月詠の双刀が突き刺さり血しぶきが上がる。
その光景を目の当たりにして狐鈴が叫んだ。
「そんな……ぬしさまぁあああああッ!!」
身体に2本の刀が刺さったまま動かない一也に狐鈴が駆け寄ろうとした瞬間、一也が叫ぶ。
「来るんじゃねぇー!!」
その声に辺りに居た全員が凍りついたように動かなくなり、その視線が一也に集まる。
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