第7話

 それから数日が過ぎ。いつものように屋上の高台の上で空を見ながら寝転んでいた一也。


 瞼を閉じて体で風を感じていると、下から聞き慣れた声が聞こえてきた。


「一也、どこに居るの~?」

「……なんだ。志穂か……何か用か?」

「何か用かなんてひどい! せっかくいい事を教えて上げようと思ったのに!」

「……いい事?」


 一也は志穂のその言葉に興味津々な様子で尋ねる。


「いいから。ちょっとついて来てよ」


 志穂は意味ありげな笑みを浮かべると手招きした。

 一也は何やら嫌な予感がするものの、その言葉に従うと、志穂の後に続いた。


 2人で廊下を歩いていると、生徒会長だからか、それともただ単に人気があるのか、道行く生徒達が挨拶をしてくる。

 その一人一人に笑顔で挨拶を返す志穂に、一也は嫌味ったらしく呟いた。


「お前、本当に八方美人タイプだよな……」


 その一也の一言にむっとしながら志穂が言い返す。


「私は一也と違って生徒会長なの! それに私が八方美人タイプなら、いつもゴロゴロしている一也はニートタイプでしょ?」

「……ふっ、お前は分かっていない。世の中の男の大半は、しなければいけない事以外はしない!!」

「うわぁ……そんな事を自信たっぷりにさらっと言われてもねぇ……」


 志穂は豪語している一也に軽蔑の眼差しを向けてる。その後、大きなため息をついて再び歩き始めた。

 志穂はある教室の前で止まり、一也の方を振り向いた。


「実はね。一也の為に部活を作ったんだよ!」

「部活? 俺は入る気なんてないぞ?」

「いいからいいから、とりあえず見てみてよ!」


 志穂は部活と聞いて嫌そうな顔をした一也の背中を押して、教室の中へと誘導する。

 教室の中に入った一也の目に飛び込んできたのは、部室と言うにはあまりにお粗末過ぎるその設備だ。


 そこには2つ置かれた机の上にノートパソコンが1つ。そして部屋の片隅には何故かベッドが置かれている。


 普通なら部活といえばその部を象徴する物が置かれているの。テニス部ならラケットとボール。野球部ならバッドにグローブ。吹奏楽部なら楽器など……。


 ひと目でそこが何部だと分かるのが普通なのだが、ここにはノートパソコンが一台に机が2つ――それだけ見ればパソコン部なのだろうが、部屋の脇に置かれたベッドがその判断が本当に正しいのかと一也に問い掛けてくる。


 考えれば考えるほど、ドツボにはまり何部なのかが分からなくなる。

 一也は困惑しながら志穂の顔を見て尋ねた。


「志穂。ここは何部なんだ?」

「何部って見たら分かるでしょ?」


 そのなんで見て分からないの? と、問い掛けるような志穂の視線が一也の心を突き刺す。


 ダメだ。このままじゃ負けた気がする! 考えろ! 考えるんだ。俺!!


 一也が必死に心の中で叫び。頭を抱えていると、その答えを導き出す前に志穂が答えを告げた。


「ここは対鬼部だよ。私も一也の役に立ちたくて作ったんだよ?」

「……対鬼部って何だよ。いや、それよりどうしてベッドが必要なんだよ」

「だって一也いつも屋上で寝てるでしょ? 屋上はこれから夏に向けて、どんどん日差しが強くなるし。それにここならエアコンもあって夏も冬も快適でしょ?」


 志穂はそう言って一也に向かって微笑みかけると、ベッドに腰を下ろした。


「だって一也、いつも疲れた顔してるし。私は鬼と戦えないじゃん。これくらいしか私には出来ないからさっ……」


 そう呟く志穂の顔は、どこか寂しそうに見える。

 おそらく、幼馴染が目の前で戦っている姿を見て、何も出来ない自分に歯痒い思いをしていたのだろう。


 普段から考えて行動する事が多い彼女が、これ程大胆な行動に出ることは珍しい。

 彼女なりに、一也の為に何が出来るかを考えて出した答えである事は長い付き合いの一也にはよく分かっていた――。


「まあ、なんだ……ありがとな!」

「うん!」


 一也は頬を赤らめながら恥ずかしそうに言うと、志穂は満面の笑みで返した。

 たまに聞こえる校内に残った生徒達の話し声と吹奏楽部の奏でる楽器の音が聞こえてくるだけの、静かな放課後の教室の中で2人はベッドに寝転がると、天井を見つめながら志穂が口を開く。


「――あの時は上手く言葉に出来なかったけど、今なら言える気がする……」

「なんだよ。藪から棒に……」


 夕焼けでオレンジに染まった天井を見つめながら志穂が言葉を続けた。


「私。あの後考えたんだ……もし。あの時、一也がきてくれなかったらどうなってたんだろうって……でもね。何度考えても殺される自分の姿しか想像できなくて……そう考えるとすっごく怖くて……ここ数日は眠れなかったんだ……」

「……そうか」


 一也はそれ以上言葉が出なかった。

 それは被害者にしか分からない感覚だろう。

 志穂は表情を曇らせている一也の顔を見つめ耳元でささやくように言った。


「でも、こうしていつも通り学校に来て、一也に会えるのが凄く嬉しいの! 助けてくれてありがとう。一也」

「ああ、俺もだ。お前が生きててくれて本当に良かった。俺はお前が居ないと生きていけない……」

「一也……それってどういう意味……? もしかして私の事……すっ、すっ、すっ――」


 志穂は顔を真っ赤に染めながら意を決して言葉を発しようとした直後、一也が笑いながら言った。


「――だってお前が居なくなったら、飯や洗濯なんかも全部俺がやらなきゃいけねぇーだろ? 俺、前に洗剤の分量とか適当に入れて脱衣室が泡だらけに――ぐふぉ!」


 志穂はむっとすると、話をしていた一也の腹部に手の甲を思い切り振り下ろす。

 腹部を抑えながらのたうち回る一也を横目で見ると「バカみたい……」っと小さく呟いた。


「うぅぅ……はっ? 何だよ急に……お前まさか、今日あの日――ぐふぉ!!」


 一也の腹部にもう一発重い攻撃がヒットした。


「一也のバカ! 本当にデリカシーが無いんだから!」

「……いや。わけわからねぇーし……」

「ほら、いつまでもうずくまってないで。仕事に行くよ!」


 志穂は隣で背を丸めたまま顔を歪ませている一也にそう告げると、ベッドから体を起こした。


 一也は少し間を置いて起き上がると「仕事ってなんだよ」っと首を傾げる。

 志穂は微笑みながら一也の手を取った。


「来れば分かるよっ!」

「おっ、おい。引っ張るなよ……」


 一也は志穂の突然の行動に、ただただたじろぐばかりだった……。

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