第8話
学校から飛び出した志穂が向かったのは駅前の喫茶店だった。
コーヒーの匂いが漂う落ち着いた雰囲気の店内では、至る場所で客達が思い思いに時間を過ごしていた。
志穂と一也は一番奥の壁際の席に座ると、メニュー表を手に取った。
「へぇー。意外とメニュー多いんだなぁー」
一也がそのメニューの多さに感心しながら呟く。
その言葉を聞いて志穂が首を傾げながら尋ねた。
「一也って喫茶店とか行かないの?」
「いや、俺が喫茶店に来て何するんだよ……?」
「えっ? えっと~。ゲーム……とか?」
志穂は自信なさげにそう呟くと、一也は大きなため息をつく。
「ならゲーセンに行くだろ?」
「でも今流行ってるでしょ? あのモンスターを狩るゲーム。えっと名前は……」
志穂は顎の下に指を当てながら斜め上を見上げている。
「MHR――モンスター・ハンティング・リアルだろ?」
それを見ていた一也は志穂が答える前にゲームのタイトルを口にした。
「そうそれ! 生徒会の男の子もやってる人多いんだよ。一也もそれやればいいじゃん!」
「あのな~。アクションでも俺は格ゲー専門なんだよ」
「カクゲーって? カクカクするゲーム? なんか難しそう……」
難しそうな顔をしながら志穂はそう呟いた。
志穂がどんなゲームを想像しているのかは分からないが、カクカクしてるゲームを発売などした日には、買った人間から発売元に苦情が殺到する事だろう――。
しかも、そんな欠陥のゲーム専門のプレイヤーがいるとするなら、それは開発元のテストプレイヤー達の事だ、そうなればもう遊びではなく仕事である。
一也はため息をつきながら格ゲーが何かを説明し始める。
「あのなぁ……。格ゲーは格闘ゲームの略で、キャラクターを選択して殴り合って戦うゲームの事だ。別にカクカクしてるわけじゃない」
「殴り合うゲームなんて暴力的だよ。もっと平和的な色んな色のブロックやスライムを重ねて消すゲームの方が、私は良いと思うよ?」
志穂は表情を曇らせながらそう提案してくる。
一也はそんな志穂に真に迫る質問をぶつけた。
「俺は現実世界で鬼と戦ってるからな。今更仮想世界でモンスターと戦うのに興味はねぇーよ。それにお前のその理屈だと、モンスターを斬って倒すゲームも暴力的なゲームになると思うんだが……」
一也のその言葉を聞いた志穂がきょとんとしながら言った。
「ならないよ。モンスターはモンスターだし」
「いや、モンスターだって動物なわけだから、少なくとも動物愛護団体の人から苦情が――」
「――さて何を頼もうかな~」
志穂はあからさまに話を逸らすと、メニュー表を食い入るように見つめる。
一也も小さくため息をつき、諦めたようにメニュー表に視線を落とした。
その後。店員を呼んで志穂は抹茶ラテ。一也がカフェラテを注文する。
すると、一也の横の空間が歪み。その歪の中から狐鈴が姿を現した。
「主様! 悪鬼が現れたのじゃ! しかも同時に3体なのじゃ!!」
血相を変えてそう告げる狐鈴とは対照的に、一也は笑みを浮かべている。
それは数多くの悪鬼を退治してきた事による自信かあるいは……。
一也は席を立つと志穂に向かって告げる。
「志穂、少し待っててくれ! すぐに倒して戻ってくる!」
「やだ! 私も行く!」
その言葉に驚いた一也に志穂が言葉を続ける。
「一也が危険をおかして戦うのに、私だけ安全な場所で待ってるなんて出来ない! お願い。私も連れてって……絶対に邪魔しないから……」
志穂の潤んだ瞳を見て一也は思わず目を逸らす。
その時、一也の脳裏に母親が殺されていた時の情景がはっきりと浮かんでいた。
志穂は前にも悪鬼に襲われている。おそらく、ここで一也が止めたところで後で自分を追いかけてくるかもしれない――。
そう直感的に感じた一也が渋々頷いた。
「……分かった。なら、狐鈴の側を絶対に離れるなよ?」
「うん! 約束する!」
表情を明るくして頷く志穂。
「なっ!? 主様!!」
その一也の言葉に信じられないといった表情で叫んだ狐鈴に、一也が静かに呟く。
「――悪い狐鈴。志穂を守ってやってくれ……」
「……くぅ~。惚れた弱みか……分かったのじゃ! こやつの事は妾に任せておいて、主様は存分に戦うと良い!」
狐鈴はえっへんと胸を張って自信満々に言った。
「おう。頼む……。狐鈴! 空間保存を!」
一也はそう叫ぶと、狐鈴は両手を前に出し。長い文言を念仏のように唱える。すると、3人を残して辺りに人間の姿が消える。
だが、空間保存とはそういうものだ。そこに居た人間達は皆時間が止まったままの状態で異次元に飛ばされ、その場所はコピーされた架空の建造物を生成する。
その仮想空間で鬼神は悪鬼と戦闘を行うのだ。
狐鈴の声が辺りに響く。
「主様。ゲート開く! 準備は良いな?」
「俺を誰だと思ってるんだ? その言葉は敵さんにくれてやれよ」
「ふっ、さすがは妾の主様じゃ……」
そう言って一也と狐鈴は互いに笑みを浮かべると、狐鈴の開いた空間の歪みの中へと入って行った。
その2人の後を追って志穂も慌てて飛び込む。
黒い鬼を挟んで青鬼と赤鬼が高いビルの屋上から街を見下している。
両脇の鬼達と違い。肌の黒い鬼は体格も良く、一際異彩を放っていた。
綺麗に割れた腹に、両肩の盛り上がった逞しい筋肉。どれをとっても両脇の鬼とは比べ物にならない。
おそらくはあの黒い鬼が大将格だろう事は間違いないだろう――。
「――ほう。ここが最近、度々悪鬼が出ては消えるポイントか……」
「はい。先日も有望な赤鬼が生まれたものの。即座に消されました」
腕を組みながらそう呟いた、黒い鬼に隣の赤鬼が告げた。
その反対側で今度は青鬼が口を開く。
「欲望にまみれている赤鬼など、どうでもよいわ。茨木童子様。ここは青鬼のこの私が同胞達の憎しみを晴らしてご覧に入れます」
「なんだと!? 憎悪の塊の青鬼の分際で図に乗るんじゃねぇー!」
「なんだとー!? 欲の塊が!!」
茨木童子を挟んで言い争いを始めた赤鬼と青鬼に茨木童子が声を荒げた。
「やめないか! お前達! 確かにここ最近、鬼斬共の動きが活発になっておる! ならばこそ見せしめに、奴らへの仕置は儂自ら下す。良いな!!」
「「ははぁー。茨木童子様のお心のままに……」」
その声に恐れをなし両端の鬼が膝を着いて跪いた。
茨木童子は顎の下を撫でると「しかし、どうしたものか……」っと呟く。
その時、茨木童子の頭の中ではこの広大な街の中からどうやって鬼神を捜し出すか、考えを巡らせていた。
しばらく考えていた茨木童子が口元に笑みを浮かべ呟く。
「ふっ、酒呑童子の真似事をすのは尺だが、じわじわ人間共を嬲って行くしかないか……ふふふっ、はっはっはっはっ!!」
大きな口から牙を剥き出しにして高笑いしている茨木童子。
その直後、背後から声が聞こえてくる。
「その心配はねぇーよ、鬼ども。俺がまとめて消し飛ばしてやるからよ!」
茨木童子は素早く後ろを振り返ると、そこには黒い刀身の刀を肩に担いだ一也の姿があった。
鬼達は無言のまま一也に鋭い眼光を向ける。
「なんだ人間!」
「噛み殺してやる!」
「待て! お前達!!」
今にも一也に向かって飛び掛かりそうな赤鬼と青鬼を制止させると、茨木童子が一歩前に出て口を開く。
「おい人間。ここ最近、ここで鬼を見たか?」
「ああ……嫌というほどな……」
そう言葉を返した一也の瞳からは殺気と憎悪を滲み出している。
茨木童子は「そうか」っと短く言葉を告げると、再び尋ねた。
「その鬼を斬ったのはお前か? ……人間」
「……ああ、この俺がやった……」
一也は低い声でそう呟く。
「ふふふっ……よい面構えだ。消してしまうのが惜しい……どうだ? 儂らのところで共に来ないか?」
そうにこやかに告げる茨木童子に一也が鼻で笑いながら言葉を返す。
「お前らの仲間? ……お断りだ」
「……そうか。それは残念だ……」
そう呟くと一瞬にして目の前に立っていたはずの茨木童子の姿が消える。
――消えたッ!?
一也は一瞬驚きはしたものの、すぐに冷静さを取り戻し、辺りに目を配る。
その直後、一也の目の前に茨木童子が現れた。
「……終わりだ。人間ッ!!」
「――くッ!?」
自分目掛けて振り下ろされた右腕を、一也は紙一重で後ろに跳んでかわす。
茨木童子の拳は無情にもコンクリートに突き刺さった。
その数秒後、ビルが半分に裂け轟音を上げ砂煙を立てながら崩壊する。
一也は素早くジャンプすると、隣のビルに飛び移る。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます