第5話 20180710 電撃一次突破おめでとう!


『電撃一次突破おめでとう!』


 大きな半紙には、そう書いてある。

 達筆とヘタウマの中間にあるのが、參上部長の書だった。


 外より暑く薄暗いサークル会館を3階まで上りつめた先に、文芸部の部室はある。

 部屋の真ん中に長机。付箋が何重にも貼られたホワイトボードが壁に掛かっている。窓を半分塞ぐような形で縦に設置されたエアコン。壁の左右どちら側にもある本棚は満杯で、断熱効果はばっちりだ。

 そんないつもの部室は、今日に限り、參上部長の手で徹底的に飾り付けられていた。


 まず、折り紙の鎖が天井に張り巡らされている。

 長机の上に置かれたクリスマスツリーがぴかぴか光っている。

 そして何より、窓には大きな半紙がぶら下がり、力強く毛筆で描かれた先述の文字が、エアコンの溜息でだらだらと揺れていた。


「え? 誰ですか? 俺ですか? もしかして友達が勝手に応募しちゃってましたか?」

「何を言っているのだね品田君」


 入室するなりパーティ仕様で出迎えられて驚く俺に、參上先輩は厳かに応えた。

 參上部長の印象を一言で言うなら「でかい」だが、今日は更にでかく見える。頭に被ったパーティ用の三角帽のせいだ。立ち上がったら2メートルはあるだろう。なんか鼻メガネまで装着している。


「いやね、今日は発表日じゃあないか。電撃ゲーム小説大賞の一次選考の」

「その名前はだいぶ前に変わりましたけどね」


 ゲーム小説て。超久しぶりに聞いたなその名前。

 そうか。今日が発表日か。


「本来なら来月の電撃hpで発表されるんだろうが、最近ではwebで発表されるのだよ。知ってるかい? 投稿もデータで出来るんだ」

「その雑誌名もだいぶ前に変わりましたし、データ投稿も少し前から可能になってますけどね」


 何年前のラノベファンなんだ貴方は。


「文芸部の誰かが通ったってことですか?」

「いやね、どうやら解良かいらの奴が送ってたらしくて」

 解良さんは文芸部の部長だ。この部室の本当の主でもあり、參上部長とはライバル関係にある。

「へぇ、すごいじゃないですか」

「いや、ペンネーム知らないから、まだ通ってるかはわからないんだが」

「……はい?」

「もし受かってたら業腹ながらも祝福してやろうと思うし、落ちてたら落ちてたで全力で笑い飛ばしてやろうと思って」

「……」


 それで、部室をパーティ仕様にして待ち構えていたと。

 參上部長って、解良さんのことが嫌いなのか好きなのかどっちなんだ。祝いたいのか呪いたいのかどっちなんだ。ライバル関係ってよくわからん。


「さっきから通過作品リストを眺めているんだが、どれだと思う?」


 參上部長が手元のノートパソコンの画面をこちらに向ける。

 『電撃小説大賞 1次選考通過 <510作品>』というキャプションの下に、水色のフォントでずらーっと作品名および著者名が並んでいる。


「うっわー目がちかちかする。多いっすねぇ」

「これでも9割は落とされてるんだ。応募総数は4843作品だからな」

「うげ……」


 短編部門も含むとはいえ、5000近くの作品が編集部に届けられたことになる。

 今ごろ投稿者たちは、この画面を見ながら一喜一憂してるんだろうなぁ。


「あ、一人で何作も送ってる人がいる。すげぇ」

「そういう奴が結構いるんだ。使い回しかもしれないけどね」

「ほんとだ。並びが飛んでるから気が付きませんでした。っていうか、これ並び順が変じゃないですか? 著者名ソートでもタイトルソートでもないし」


 同じ作者による作品が何作があるのに、リストの中ではあっちこっちに配置されている。こういう不揃いなデータを見ると無性に整理したくなる。


「たぶん、下読みから送られてきたエクセルデータか何かを、そのまま繋げてるんだろうね。一次選考通過作には編集者2名の選評、つまり評価シートが送られてくるそうだから、少なくとも1作につき3名は読んでいるんだろう。各自のデータを集めてくっつけてるから、こんな変な並びになるんじゃないかな」


「流石、詳しいですね部長」

「この時期は面白いぞ品田君。Twitterにいる投稿者達の呟きは悲喜こもごもだし、落選した作品が投稿サイトにどばーっと流れだすし、そういうのを眺めながら一杯やるのが毎年の楽しみでね」

「流石、歪んでますね部長」

「まぁ忘れちゃいけないのは、」鼻メガネの奥で、參上部長の目が細められる。「この5000作はきちんと完成されたというそれだけで、我々にとっては尊敬に値するということだな。それだけは認めなきゃいかん」


 本当に、それが羨ましくて仕方がなかった。

 俺たち準文芸部員が一度も手に入れたことがない『完成作品』。

 ひとつの小説を書き上げて、他人に読まれて評価されるのって、ものすごく恐ろしいことだ。

 否定されるかもしれない、と考えるだけで足がすくんでしまう。筆が止まる。


 もしかして。

 昨夜のチャット上の文図も、そんな恐怖を感じていたのではないか。

 自分をさらけ出して否定されるのが怖いから、無難な相槌に終始してしまったのではないか。

 俺が小説を書く時に感じる時の恐怖を、文図は日常会話に感じているのかもしれない。


 結局その日、文図も解良さんも部室に現れなかった。

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