第2話 20180707 催涙雨
□
「いやいやいや、そうじゃなくてだね」
と言いながら質問を考える。いつもそうなのだ。どうも俺は口を動かさないと頭が回らないらしく、こうやって意味のない言葉をのべつ垂れ流して助走をつけないと考えが浮かばないのだ。頭が回るより先に口が回ってる訳だから、ようやく考えを口にする時には話題から大きく逸れてしまう。衛星放送みたいだ。小説を書けない理由もこのへんにある気がする。ああまた余計なことを考え始めている……。
質問の順番は大事だ。
どうしてこんなことをしているのか?
本当に自殺とかじゃないのか?
どこ住み? てかLINEやってる?
さて、口を動かそう。
「君の名は?」
いきなり決め台詞っぽいことを言ってしまった。
少女の睫毛が二度震える。
「俺、都市環境科の品田。一年。そっちは? 工学部だよね?」
少女の両指が再び手元の機械をいじり始めた。
「ここの屋上って鍵いつも開いてんの? 柵とかないし危険だよね。研究とかに行き詰まった院生とかがさぁ、このへんに迷い込んだら魔が差しかねんよね。いや冗談だけど。でも危ないよ。今日みたいに風が強い日とかにこんなところ来ちゃ」
たしたしたし、と機械のボタンを押す少女。
「いやでも驚いたよ。このシール。え? なに? もしかして、なろう小説とか好きな人? 実は俺も結構好きなんだけど、おすすめとかある?」
たしたしたし。
じきじきじき……かしゃん。
「……えーっと、」
機械から吐き出され、再び俺に差し出されたシールを受け取る。
それにはこう書いてあった。
――文図てぷら
「ごめん。これ、どの質問に対する答え?」
……あ、今めんどくさそうな顔したなこいつ。
少女は再び、たしたし、じきじき、かしゃん。
――わたしの名前は文図てぷらです
機種名じゃなくて名前だったのかよ。
マジか。ペンネームとかじゃなくて? 他人の事を言えるような名前じゃないけど、かなりキラついた名前だな。
「えっと、ぶん……ふみ、と?」
たしたしじきじきかしゃん。
――ぶんず てぷら
「ブンズ・テプラ……」
なんだろう。この、苗字も名前も、妙に語呂が悪い感じは。
字面だけ見ると平易なのに。
シールを見ながらうーむと考え込んでいると、目の前で再びたしたし音がする。
じきじきじきじきじきじきじき……今度は長いな。
かしゃん。
――丑の刻参りを続けたら相手は死ななかったけど七日間連続ボーナスで聖晶石を貰うことが出来たので溜飲を下げてやろう
少女は、どうだ、とこちらに何かを求める顔で見上げてくる。
え……何? 感想とか求められてるのこれ?
□
翌日は曇り。
西千葉駅の中にはペリエというショッピングモールがあって、マツキヨとかミスドとか本屋とかが入っている。
その入口に、今日は笹が飾られていた。
そうか、今日は七夕か。
飾られている短冊を見ると、「単位落としませんように」とか「レポート書けますように」とか、うちの大学生らしき切実な願いが書かれている。短冊書いてないでレポート書けよと思う。震えた字で「院試受かりますように」と書かれている短冊には不覚にも心が動かされた。
短冊を眺めているうちに、昨日会った少女のことを思い出す。
文図てぷら。
結局その後、碌に会話も出来ないまま別れてしまったけれど、あのシール作成は少女なりの願掛けだったのだろうか。
ポケットの中から数枚のシールを取り出す。
――匣の中には綺麗なラッパーがぴつたり入つてゐた。イルでサグなスキル持つB-boy。これぞまさに魍魎のハーコー。
――自撮り棒を使ったまったく新しい格闘技が広まることにより、インスタジェンヌは肉体的にも男性社会を圧倒し始めた。
うーん。何度読んでも意味がわからない。
というか何でちょいちょいネタが黒いんだ。
俺が口と頭の速度が噛み合わないように、少女の言と動にも何らかの齟齬が発生しているのかもしれない。
テプラ Lite LR5 ライトブルー。
それが少女の持っていた機械の名前だった。
テプラというとそこそこ大きいイメージがあるけれど、どうやらこいつはライトユーザ向けの小型版らしい。最大62文字まで打ち込めるから、昨日のようにああして、ちょっと長めの文章もシールにすることが出来る。
こういう諸々の情報を調べてしまったのは、あの少女がどうしても気にかかるからだった。
昨日の少女は、確実に俺に何かを求めていた。
だが、よく回るだけが取り柄の口では、彼女の求めるものに答えられなかった。
俺も平安貴族のように和歌でも書いてアンサーすれば良いのか?
笹の根本に置かれている短冊を手に取り思案する。
でも、それだけでは何か足りない気がする。
支離滅裂な文章。単なる妄動にも見える。だが、俳句で言うところの五七五のような、何かルールがある気がしてならない。
右手の短冊と、左手のシールを見比べて……。
「……あぁ、そういうことか」
そして、気がついた。
□
絶対に今日もいる。
そう確信して自然科学棟の屋上に行くと、果たして今日も少女はいた。
今日もたしたし打ってはじきじきシールを吐き出し、シールを打ち出している。
「俺も書いたよ」
俺の声に少女が顔を上げる。
手に持った短冊を、彼女の手に握らせた。
それにはこう書いてある。
『今まで小説が書けな
かったのは道具のせ
いだ。きっとそうだ
。だから一緒に、自
分に合った道具を見
つけに行かないか?』
彼女の唇がほころび、目尻から溢れた雫が風に舞った。
□
彼女の意味深な文章は、シールにするとすべて長さが同じだった。
句読点含めて数えてみるとぴったり54文字。
最大62文字まで打てる機械で、なぜ毎回54文字に収める必要があるのか。
そこで俺は、今ネット上で流行っている、あるツールを思い出した。
54字の物語。
PHPから出版された、9マス×6行の物語を集めたショートショート集。
だが今流行っているのはそっちじゃない。
この本の発刊記念で作られた、web上で54字の物語を作れるページが話題になっているのだ。
俺も小説を書こうとして書けなかった人間だからわかる。
長い文章は無理でも、短い話なら書けるのではないか?
このツールは、そういう希望を満たすものだったのだ。
だが、ネットに上げられている作品を見ると絶望する。
たった54文字でも上手いものとそうじゃないものの差が、短いからこそはっきりわかってしまう。
だから折角書いた文章も、ネットに上げない。
劣っている自分の文章を誰にも見せたくない。けど、誰かには見てほしい。
そんな矛盾した彼女の願いがシールの形で短冊になり、風に流れて同類の俺に届いたのだった。
きっとほとんどの人間には伝わらないだろう。織姫と彦星だってちんぷんかんぷんのはずだ。
でも平成最後の、2018年の七夕の今日、小説をうまく書けない人間にだけは通じる暗号だった。
そしてそれは無事届けられた。
受け取ったよ、と伝えたかったのだ。
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