エルフ郷 ―氷炎の姉妹―
ラフィーネの放った巨大な炎の竜巻。
シェキーナはそれに抗う事もせず、声も出せずに呑まれたのだった。
いや……それは少し違うかもしれない。
声も出せなかった……のではなく、出さなかったのだ。
天を突くかのように伸びた巨大な炎柱は、シェキーナを呑み込んでその身体を焼きつく……しては居なかった。
「何……だと……!?」
シェキーナの身体が焼き尽くされるどころか、未だその炎の中で生きている事を察したラフィーネが驚愕の声を洩らす。
そしてやがて、その効力を使い果たした炎の竜巻は徐々に小さくなり終には……消え失せたのだった。
「お前に出来る事が、私に出来ないと……何故思ったのかしら?」
そしてそこに残されていたのはシェキーナ自身と、そしてその彼女を覆う
彼女はその中で腕を組み、文字通り涼しい顔でラフィーネにそう問いかけたのだった。
ラフィーネは先程から、精霊の名を呼ばずに精霊を呼び寄せそれを使役し、精霊魔法を行使していた。
そして今回は、シェキーナも同じ事をしたまでだった。
今のラフィーネには、そしてシェキーナも、中級精霊程度ならばその名を呼び魔法を唱えなくとも、この様に魔法を行使出来るのだ。
「……ふっ……そうだな……確かにそうだ。私の考えが……甘かったのだ」
仕留めたと思っていたシェキーナに自身の魔法を躱されて、本当ならば狼狽するなり怒り心頭となるなりが考えられる処だ。
しかしラフィーネはシェキーナの言葉に、逆に納得している様でもあった。
「私が憧れ……目指し……
受け入れ、そう話し続けるラフィーネだが、その眼に宿る狂気は増すばかりだ。
そしてどこか……楽しそうでもある。
そこには先程シェキーナが問うたように、エルフ郷の存亡やそこに住む人々を案じている様には感じられない。
「つくづく浅はかな妹ね……お前は。ハッキリと言ったらどう? 郷の者たちなどどうでも良いと。お前はただ、私を越えたいが為だけに……私を殺したいが為だけに力を欲した……そうでしょう?」
その言葉を受けて、ラフィーネの瞳には仄暗い炎が灯り、その表情は険しさを増した。
ラフィーネへの回答は、正しく彼女の心情を見抜いたものだったのだ。
そしてそんな心の
「ああ……ああっ! そう……その通りよ、姉さんっ! 私はあなたを越えたいっ! あなたを殺して、私の方が上だと言う事を証明したいっ! その為にはエルフの郷もそこに住む者達も……邪魔なだけっ!」
目を向き、髪を振り乱し、狂喜の表情を浮かべたラフィーネがそう吠える。
なまじ元は美しい顔立ちをしているだけに、その顔に浮かんだ
「そんな浅ましい考えだからラフィーネ……。お前は私を超えるどころか、ここでその生を閉じる事になるのよ」
先程まで浮かべていた笑みを消したシェキーナが、ラフィーネに対して死の宣告を口にした。
その声音は、特に荒げた訳でも怒気を含んだものでもない。
それにも関わらず、シェキーナより発せられる威圧感によりラフィーネは僅かに後退ったのだった。
「だまれ……だまれ……だまれだまれだまれっ! 私はお前には負けないっ! 私はお前に勝ちそして……本当の私を取り戻すっ!」
狼狽えたラフィーネが口早にそう答えて、一気に精霊力を高めだした。
シェキーナから見てもそれは、次に来る大きな精霊魔法を感じさせるに十分だったのだ。
「お前がどの様にしてその力を得たのか……もはや聞くまでもない……か。しかしその力は……私のこの力を試すには……もってこいね」
そんなラフィーネを見ても尚、シェキーナはその口角を吊り上げてそう呟いていたのだった。
ラフィーネの得た力の本質は、アルナ=リリーシャが光の神より得た力と同一のものであり、シェキーナは早々にその事を見抜いていた。
そしてシェキーナの最終的な目標には、そのアルナの消滅も含まれている。
前線を退いたと言う報告を聞いていたシェキーナだが、だからと言ってアルナが先の戦闘で見せた力を失っているとは考えていなかったのだ。
もしもアルナが当時の力を持っていたならば、それはエルスの命を奪った力と言う事になり、今までのシェキーナでは到底太刀打ち出来るものでは無かった。
そう……今までのシェキーナならば。
「
「
殆ど同時に詠唱へと入ったシェキーナとラフィーネは、やはり同じタイミングで呪文を唱え終えた。
示し合わせたかのようにそれぞれ使役しようと呼び出した精霊は……火と氷の最上位精霊……
奇しくもそれは、相克関係にありそれぞれの属性で最上級にある精霊であった。
これは何も、偶然……ではない。
レフィーナが先程から攻撃性が高く、エルフとしての禁忌も辞さない魔法を多用している事を、シェキーナは確りと把握していた。
故に彼女は、レフィーナが呼び出す精霊に
激情に駆られているラフィーネと違い、この部分でもシェキーナの冷静さが際立った形となっている。
「流石は我が姉シェキーナ……。最上位の精霊を呼び出しても意識を奪われないなんてね……」
そう話すレフィーナの背後……その中空には、魔法により呼び出された赤き巨人が腕を組んで仁王立ちしている。
その大きさだけでも、今まで呼び出されて来た精霊とは一線を画すほどあるのだが、違うのは巨体だけではない。
まるで衣服の様に纏っている炎は白色に近い赤をしており、凄まじい高温である事を示していた。
巨人の吐く吐息までもが燃えており、正しく森羅万象の「火」を司るに相応しい異形であった。
「言ったでしょう? あなたが出来る事は、私に出来て当然だと」
そう答えるシェキーナの背後にも、同じように巨大な精霊が姿を現していた。
最もその姿は、ラフィーネの背後に控える精霊とは似ても似つかぬ容姿をしていたのだが。
美しく淡い青色の巨体は美麗な女性の姿をしている。
半裸状態ではあるのだが、所々に白い羽衣を纏っており神々しささえ醸し出していた。
流れる様に長く綺麗な髪が、まるで泳ぐように
外見上は麗人のそれであり、猛々しさを感じるイフリートとは比べ物にならない様に思われるのだが。
シヴァの周囲の大気は全て凍てついており、その姿を見ているだけでも凍り付いてしまいそうな冷気を発していた。
彼女の吐息も白く凍っており、正に全てのものを……魂さえも凍らせるに何の不足も無い凍気を纏っていたのだった。
それぞれ、炎の王と氷の女王を呼び出す事に成功したシェキーナとラフィーネがしばし対峙する。
シェキーナの返答を受けて苦々しい顔を向けるラフィーネと。
それを受けても涼しい顔で受け流しているシェキーナ。
しかし、この最上級精霊をいつまでも現世に留めて於ける事は双方とて難しい。
決着は……そう遠い処には無かったのだった……。
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