エルフ郷 ―幻影の2人―

 人が人に手を掛けると言う、本来ならば忌まわしき所業。

 それでも、それが命令であったり責務であったならば……それから逃れようのない状況にあったならば、それも致し方ない事だとしよう。

 そしてその様な場合においては、ジェルマのような感性が、もしかすれば“普通”の人の持つ感覚なのかもしれない。

 そしてその対処方法も。

 僅かでも理性的に考えるような思考を停止して、ただ体の覚えた動きだけに全てを任せる。

 そうする事で人を殺めた直後に襲われる忌避感や罪悪感から、一時でも目を逸らす事が出来、少なくとも戦闘中にその動きが鈍るのを防ぐ事が出来るのだ。


 しかし、その様にジェルマのような感受性に無縁の者もいる。

 それは、性格的に破綻した者の事ではない。

 この場合、意図的にそう言った外部からの影響をコントロールできる者の事を指す。

 それが。


「シルカ―――」


「はいな―――、メルカ―――」


 この、シルカとメルカのレンブルム姉妹である。

 エルナーシャ達やジェルマとは別行動を取っていた彼女達もまた、やはりエルフ族とかち合わせていた。


 シルカとメルカが出会ったは、どうやら避難途中の非戦闘員と、それを護衛する戦士を合わせた10人ほどの小集団であった。

 遭遇した双方は、迷うことなく戦闘態勢を取った。

 戦いに慣れ、追われる側のエルフ族が即座の臨戦態勢を取る事は理解出来る。

 だが日々の鍛錬から戦いには慣れ親しんでいたとしても、対人戦闘は不慣れである筈のレンブルム姉妹がこれほどスムーズに、そして何の躊躇もなく抜剣出来たのにはやはり……訳があった。

 小剣を構え迫りくる数人のエルフ達をその見事な体捌きで翻弄し、振り下ろされる剣や射かけられる矢を躱し防いで、シルカとメルカは人数差に物怖じする事無く、寧ろ優位に戦闘を進めていた。

 双子ならではの所謂“釣瓶つるべの動き”を以て、2人はエルフの戦士達を翻弄し追い詰めて行く。


「ほいさ―――」


 シルカが、1人のエルフ戦士に斬りかかった。

 元来狩人であるエルフ族は、余り剣術が得意だとは言えない。

 それでもエルフ郷の戦士として認められる程には、戦闘技能を持ち合わせている者たちでもあった。

 故に、如何に毎日戦闘訓練を熟してきたシルカの斬撃と言えども、そう易々と致命の一撃を与えるどころか、深手を負わせるのも簡単では無かっただろう。

 ましてや、正面から申し合わせたように上段から斬り付けられては、相手の方も防ぐにそう難しい技術を必要としない。


 ただしそれも、考えがあっての行動ならば……話も違って来る。


「はいさ―――」


「グブッ!?」


 エルフ族の戦士がシルカの剣を受け止めたその直後、いつの間に回り込んだのかその背後からメルカが深々とエルフの腹に剣を埋めたのだった。


「ほい、次―――」


「行きますえ―――」


 シルカは兎も角、メルカも、普段と何ら変わらない声音で即座に動き出していた。


 これは何も、彼女達が戦闘狂であるとか非情であったり、ましてや殺人を好む人種だからと言う訳では無い。

 先の戦闘で傷ついた仲間達に心を痛めていたのは、決して演技やポーズでは無かったのだから。

 ただシルカとメルカ、この2人はエルフ郷に踏み込んだその時から……

 それは、ジェルマの行っている思考停止とは似て非なるものであった。

 彼の取った手法は、頭で考えて動くのではなく肉体に行動の全権を与え、まるで機械のように淡々と敵を屠る方法である。

 しかしシルカとメルカは、思考を日常のそれとは切り替えて行動しているのだ。

 苦しい事、辛い事、嫌な事や悍ましい事など、本来ならば誰もが採りたくない行動を取らねばならない場合に直面して、普段感情の全権を握っている部分……理性や道徳観念と言った部位を己から切り取り、闘争本能や破壊衝動と言った戦闘に特化した部分だけを露出させる。

 こうする事で。


「はいなっ」


「くっ……このっ!」


「ほいなっ」


「グハッ!」


 彼女達は見事な連携で立ち居振る舞い、次のターゲットとなったエルフ族の戦士を沈めた。

 決して思考を手放さず、それでいて余計な感情に惑わされる様な事もなく戦闘を行えるのだ。

 そしてそれにより、元より双子であり常日頃から息の合った処を見せつけていたシルカとメルカは、その特性を損なう事無く存分に発揮できていたのである。

 だからこそこの戦闘においても、協働きょうどうを取っていたのだった。

 今の2人に戦いを挑もうならば、例えエルフの真骨頂である精霊魔法を使おうにも、そんな素振りを見せようものならば。


「させまへんえ―――」


 狙われた方とは違う方のレンブルムが、その行使を即座に邪魔をする。


「ギャッ!」


 そうしてターゲットとなったエルフは、やはり幻影とも思える2人の動きに呑まれて、すぐに物言わぬ躯へと変貌してしまうのだった。


 然して間を置かずに護衛の戦士達を無力化したシルカとメルカの眼は、残されたエルフ達へと向けられる。

 そこには幼い子供……いまだ乳飲み子を抱いた2人の女性がおり、怯えた目でレンブルム姉妹を凝視しながら後退っていた。

 彼女達は戦闘中に、何度もその場から立ち去ろうと試みていたのだが、それはとうとう達する事が出来なかったのだった。

 2人のエルフ女性が逃げる挙動を見せる度に、シルカとメルカがその行動を牽制する動きを見せたからだ。

 戦いに参加するでもなく、その場から逃げる事も叶わずに、彼女達はその場でただ仲間達が倒されてゆくのを見ているしか出来なかった。


「残るはシルカ―――」


「へぇ、この人らだけどすなぁ―――メルカ―――」


 そんなエルフ達の前に、表情の変化を見せない2人がそう声を掛け合いながら対峙し近づいて行く。


「こ……この子たちだけは……どうか……!」


「どうか……お助け下さい」


 エルフ族の2人の女性は、揃って子供の助命を懇願した。

 シルカとメルカを前に、もはや逃げ出す事はおろか、戦って活路を見出す事も困難だと悟った……母親の子を思う愛から出た言葉であったのだが。


「勿論どすえ―――」


「そう言う命令どすからなぁ―――」


「安心して―――」


「逝っておくれやす―――」


 僅かに口角を上げて迫る2人は、声を揃えてそう答えると。


「……グフッ!」


「カ……ハッ……」


 何の躊躇もなく2人同時に、それぞれエルフ女性の腹部へと剣を突き立てたのだった。

 違う事無く人体の急所に剣を刺され、エルフ達は正しく即死であった。

 それでも子供を地面へと手放す事無く、更には守る様に倒れ込んだのは偏に……親の愛情からなる所作であろうか。

 もっともその様な場面を目撃しても、今のシルカとメルカには何ら感じるところなど無いのだが。


「兎も角2匹―――」


「捕まえましたなぁ―――」


「一旦シェキーナ様の所へ―――」


「戻るとしまひょか―――」


 事切れたエルフ女性達が抱く赤子を、2人は包まれた布の端を掴んでそれぞれ片手で持ち上げる。

 親が死んだ事を察したのか……それとも、まるで犬猫のように掴みあげられた事が苦痛だったのか、先程まで眠っていた赤子たちは弱々しい声を上げて泣き出していた。


「何や、騒がしい事ですなぁ―――」


「当分はこの声を―――」


「聞き続けなあかんのやろなぁ―――」


「ゲンナリどすえ―――」


 そんな言葉を交わすシルカとメルカだが、やはり普段のような楽し気な表情でも声音でもない。

 未だその心は、戦闘用に切り替えられたままであったのだ。


 いずれはこの2人もまた……この様に心を切り替えずとも、戦闘を熟してゆく事が出来るのだろう。

 どれ程の悪業も、回数を重ねれば慣れて行くものだ。

 それが人の……どの種族の者にも共通して言える、人の持つ性なのかもしれない。


 そしてやはり……それが2人にとって良い事なのか……それとも悪しき事なのか……。

 それは誰にも……彼女達にも、そして2人の主たるシェキーナにさえ分からない事であった。

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