エルフ郷 ―戦いの渦中―

 エルフ郷に出現した業火の精霊ヴァルカンは、エルフ達に混乱を招く事に成功した。

 中級精霊自体は、その身体を巨大な炎の竜巻に変化させ周囲に火炎を撒き散らせ霧散して消え失せた。

 その攻撃でエルフ族の誰一人として倒す事は無かったが、飛び散った火弾が周囲の家屋へと燃え移り火災を起こさせていたのだった。

 そして消え去った業火の精霊と入れ替わるように、今度は十数匹の火の精霊サラマンダーが出現した。

 勿論これは、シェキーナが呼び寄せたものである。

 戦力としては、強力な援軍とは言えない。

 だが。


「きゃあぁぁぁ―――っ!」


「火を消せぇ―――っ! 延焼を防ぐんだぁ―――っ!」


 火の精霊共が吐きだす火線で、エルフ郷の火災は更に拍車がかかっていた。

 そして、それに伴う混乱も加速度を増す。


「進め―――っ! エルフを見つけたら、躊躇なく仕留めるんだ―――っ!」


 それに乗じて攻め入った魔族軍は、目に映るエルフ族を次々と倒していた。

 半ば狂騒状態であったエルフ族は、当初こそ成す術無く蹂躙されるだけであったがそれも即座に持ち直し、今は親衛騎士団と何とか渡り合っている状況であった。


 その殆どが初陣であり、人を殺めるなど初めての者ばかりであったのだが、それも戦いが始まれば過去のものとなる。

 それは何も、気持ちの切り替えが見事に行われていると言う事では無く、寧ろその逆なのかもしれない。

 これは戦争である。

 こちらが手加減をしたからと言って、相手も攻撃の手を緩めるなどと言う都合の良い事は起きない。


「う……うわぁぁっ!」


「くそっ! よくもっ!」


 そして、少しでも躊躇しようものならばどうなるのかは……味方の死で……そして時には自らの身体で知る事となるのだった。

 その様な状況では、冷静な判断力を維持し続ける方が難しい。

 なまじ相手が人……少なくとも自分と同じような姿形をしていればこそ、己の中で巻き起こる混乱は相当なものである。

 故に兵士達は理性を抑え込み、ただ憤怒と激憎を増大させて剣を振るっていたのだった。


 ただ救いなのは、この戦いが一方的な虐殺とはなり得なかったと言う事だろうか。

 シェキーナが積極的に参戦していれば、これほどの激戦とはならなかったであろう。

 いや……戦闘と呼べるものにすらならなかったかもしれない。

 それこそ、シェキーナによる一方的で圧倒的な鏖殺おうさつが展開されていた事だろう。

 だがそうはならず、戦闘と言う形で双方が傷つき、それに対して怒りを増して応戦して行く。

 そうであればこそ、戦いの場に身を置く者達も、最後の躊躇を捨てる事が出来ようと言うものだった。

 もっとも。

 それを「救い」だなどと思う事こそが、どうにも救いがたい思考と言わざるを得ないのだが。


「各隊っ、決して固まって行動するなっ! 忘れるなっ! 奴らは1人1人が優れた精霊魔法使いっ! 決して魔法の範囲に複数で取り込まれる事の無いよう、互いに距離を取って行動するのだっ!」


 騎士団長、副団長に代わり、中隊100人規模に分けられた隊を指揮していたのはそれぞれの部隊長であった。

 彼等は団長不在の状況にあって、任された部隊を良く統率し、訓練通りの戦いを展開していた。

 それが功を奏して、魔族軍の被害はエルフ族のそれに対して驚くほど軽微だった。

 これには、生まれながらに精霊魔法使いであり森の狩人であるエルフ達も、退敗を余儀なくされていた。

 勿論彼等も、ただ逃げまどっている訳では無い。

 エルフ族とて戦闘訓練を積んで来た親衛騎士団ほどに戦えると言う訳では無いが、魔族同様に然して修練を積まなくともその戦闘能力は決して低くない。

 しかし、ただそれだけである。

 個人の能力は低くない。だが、高過ぎると言う訳でも無いのだ。

 村の護衛を任にしている者達は、流石に高い攻撃技術を持っており。


「ヒュッ!?」


「くそっ! どこから……ぐわっ!」


「……っ!? あそこだっ! あの木の上にっ!」


 気配を消し、まるで森にあって獲物を仕留める狩人が如き腕前で、一人のエルフが親衛騎士団員を立て続けに2人……射殺いころした。

 戦いの修練を積んで来た兵達ならば、向けられた殺気や攻撃の気配をつぶさに感じる事が出来る。

 それに気付いたからとて攻撃を躱せるかどうかは二の次なのだが、それでも魔族を攻撃する気色を辿る事も不可能では無いのだ。

 それにも拘らず、同僚が2人倒されても尚、魔族兵達はすぐにエルフの姿を捉える事が出来ずにいた。

 そしてそんな様子が、戦場となった郷のそこかしこで発生していたのだった。

 それでも。


「精霊魔法だっ! 備えろっ!」


「ぐ……ぐううぅ……っ!」


「グハッ!」


 総数では圧倒的に劣る親衛隊たちだが、明らかに優位に事を進めている。

 エルフ郷に住むエルフ達は、2000人を優に超えていた。

 約半数しかいない親衛騎士団の人数を考えれば、苦戦は免れないとも思われていたのだ。

 ただしそれは、単純な頭数で比べれば……の話であり。

 戦闘のプロと化した兵士とエルフ達では、根本的な戦闘力が違うのだ。

 日々に培ったその技術が随所で効果を発揮しており、それが徐々に差異となって現れてきている。


 エルフの放った風の精霊魔法が、一人の魔族兵を捉えてズタズタに斬り裂く。

 4人組で行動していた一団だったが、それなりの規模で放たれた竜巻に呑まれたのが1人だったのは、間隔を広げて行動すると言う訓練の賜物だ。

 そしてエルフの放った精霊魔法に対して、己の中に内包する魔力を活性化させてこれに対応しているのもまた日々の精進の成果だった。

 襲われた1人が精霊魔法に耐えている間に、他のメンバーは術者に急襲して仕留める事に成功していた。

 当然、魔法に見舞われた魔族兵もただでは済まない。

 それでも、片や全身傷だらけながらも生き長らえ。

 片や魔法を放ったエルフは、他の兵士に命を絶たれていたのだった。

 この結果の違いは大きく、そして戦局に大きく影響していた。


「お前は後方にて、他の負傷者と共に我等が討ち洩らしたエルフを仕留めろ!」


 確実に数を減らしてゆくエルフ族に対して、傷を負ったとは言え、重傷とは言え魔族兵には生き残った者も多くいた。

 親衛騎士団は負傷兵を後方へと配置し、健勝な者は隊の集散を繰り返して攻撃体勢が崩れる事は無かったのだった。

 そして、エルフ族に戦えるものは……そう多くなかった。






 部隊に先んじてエルフ郷深く進んでいるのは、エルナーシャとレヴィア、ジェルマ、シルカとメルカである。

 彼女達はシェキーナの命を受けて、全滅が確定しているエルフ族にあって“特例”となるべき者達を探していた。

 戦闘は極力抑え探索を優先していたのだが、だからと言って戦闘が皆無となる訳では無い。


「ちいっ!」


「ガハッ!」


 部隊より逸早くエルフ郷に入り込み目的の“人物”を探していたジェルマは、ばったりとエルフの戦士と出くわしてしまった。

 戦闘能力で言えば、ジェルマはエルフ族の遥か上を言っている。

 今も、出会い頭に開かれた戦端であったが、エルフ族の男性が精霊を呼び寄せようとしたその一瞬に抜刀し、訓練で体が覚えた動きをそのまま再生させ、即座にそのエルフ戦士を屠ったのであった。


「……」


 自分の足元には、先程まで生きていたエルフ……人が、今は呼吸さえせずに横たわっている。

 僅かに足を止めに視線を遣ったジェルマは、胸中に渦巻く様々な想いを捻じ伏せて再び走り出していた。

 人を殺める事に、忌避感が無い訳では無い。

 それは人として、当然の感情だ。

 人に剣を向ける事への嫌悪感と、人体に武器を突き立てる不快感はこの上なく陰気なものだ。

 それでも今は軍人として……騎士団長として……シェキーナの命を遂行する為に、躊躇する訳にはいかないのだ。

 故にジェルマは、エルフと相対したその瞬間に思考を停止し、ただ体の動く通りに任せたのだ。

 そうする事で、無用な戸惑いも、湧きあがる躊躇いも、己を覆いつくそうとする恐怖でさえ気にする必要がなくなるからだ。

 それらの感情は、特に戦いの場においては自らの命を奪いかねない。

 だが人として生を受けた大半の者は、戦闘で同じ「人」と相対せばその様な気持ちに揺らいでしまう。

 だからこそ彼は……ジェルマは、己を感情の持たぬ1つの機械として、ただ体の記憶する通りに戦って見せたのだが。

 それでは、本当の意味で戦えているとは言えない事も、ジェルマは良く理解していた。

 感情は、時にはこの様に行動の邪魔となるものだが、時には大きな力となり、更には様々な局面での判断を齎してくれる。

 いつまでも機械のように戦っていては、決してこれ以上高みへと登れない事も彼は十分に理解していた。


 ―――いずれは……慣れるさ。


 それが彼にとって良い事なのか、それとも悪しき事なのかは分からないまでも、ジェルマは今回の戦闘では考える事を止めようと思い、実際その様に行動していたのだった。

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