シェキーナの見つめる先で

 イラージュの指揮が嵌まり、精霊獣がその巨躯を大地に縛りつけられている。


「……ほう」


 その様子を見て、私の口から思わず感嘆の声が零れだしていた。

 それまでは、到底連携などと呼べる代物では無かったわね。

 ただ闇雲に立ち向かい、個々の技能で抑え込もうと四苦八苦しているのが此処からでも確りと見て取れたのだから。

 でもイラージュが声を大にして指示し、精霊獣に自由な動きを僅かでもさせなくした。

 これは大きい。

 そして、流石にそれを見逃すエルナたちではない……か。


「ギャバアアアァァッ!」


 エルナの一振りが、精霊獣に痛恨のダメージを与えていた。

 これで、精霊獣は自由に空を飛ぶことが出来なくなったわね。

 戦闘では、頭を押さえられては不利は免れない。

 精霊獣の翼に深刻な傷を与えたのだから、この攻撃は大成功と言って間違いでは無いわ。

 もっとも。


「クキャアアアァァッ!」


「うわっ!」


「「きゃ―――っ!」」


「きゃ……っ!」


「くぅっ!」


 ここからが、本当に厳しい戦いとなるのだろうけれど。


 飛ぶ事を制限され、エルナたちと同じ土俵での戦いとなったとはいえ、その身体能力や潜在能力は彼女達よりも遥かに高い。

 例え「飛べない鳥」になったとしても、まだまだ油断出来る状況じゃあない。






「キョエエエェェッ!」


 精霊獣の攻撃に、大きな変化が現れたわね。

 これだ……これが野生に身を置くものの怖さと言うものだ。

 追い詰められた獣は、どの様な変貌を遂げるのか知れたものではない。

 本当ならば先程の攻防でケリを着けたい処だったのだけれど……それを求めるのは、エルナたちには余りにも酷と言うものかもしれないな……。

 元々、精霊獣の方が自力で勝っているのだから。


 それでもエルナたちは、良く対応している方だわ。

 それを支えているのは、間違いなくイラージュの指図のお蔭でしょうね。

 まったくメルルの奴……あれほど飄々とした立ち居振る舞いをしておいて、大なり小なりと関わった者に影響を与えて行く。

 イラージュに接触したのも、きっと彼女の中に何かを視た結果なんだろうけど……ね。


「……むっ!?」


 そんな私の眼界に、また戦況の転換点が飛び込んで来た。


「ぐはっ!」


 ジェルマが精霊獣の体当たりを喰らい、大きく吹き飛ばされていたのだ。

 まったくジェルマの奴は、まだまだ甘さが抜けきらないと見える。

 そして、師匠のそんな似なくて良い処ほど、弟子は確りと身に付けるのだから……。

 戦闘の最中に油断するなんて、まったくもってエルスにそっくりだわ。

 圧倒的に強かったエルスならそんな窮地も笑って過ごせるだろうけど、ジェルマのように未熟な者では、それは死に繋がりかねない。

 そして流石の私も、そんな部下の窮境を無視など出来よう筈はない。

 そう思い、足を動かしかけたのだけれど。


「イラージュめ……」


 ジェルマが倒れたのを見て取ったイラージュが、後衛でありながら前線に飛び出していた。

 普段はアエッタしか見ていない……興味が無いと言った風体をしていても、戦闘に入れば確りと切り替える処も本当にメルルらしい。

 それに、精霊獣がどの様な広範囲魔法を使うか知れたものでは無い。

 早急に対処すると言う考えも、強ち悪くはないのよ。


 しかしそれでは、前線で意識を失う人物がジェルマからイラージュに変わるだけ。

 その仲間の為に働く行動力は大したものだけど、その後の事も考えないでどうするのだ。


 ……いや、やはり彼女はアエッタを妄信しているのか。


 自分が前線で倒れても、アエッタならばなんとかしてくれる……。

 その様な我意に、イラージュは完全に囚われているのかもしれないわね。

 もっともそれは、今に始まった事ではない……か。

 案の定、ジェルマの代わりにイラージュは倒れた。

 そしてそんな彼女へと精霊獣の攻撃が向かない様に、エルナたちは必至で精霊獣の気を引こうと攻防を繰り返しているけれど、あのように拙い連携ではそう効果は得られないだろう。






「エ……エルナーシャ様っ、レヴィアッ! それに……みんなっ! セヘルの攻撃に併せて……攻撃を止めて下さいっ!」


 そして、私の耳に期待していた声が飛び込んで来た。


「ようやく……か、アエッタ」


 私の口から零れ落ちたその言葉は、もしかすれば喜色ばんでいたかも知れない。

 今までは、どうにも控えめで表に出ようとしなかったアエッタだが、後衛本来の役割を考えればそうも言っていられないのだろう。


 ましてや、メルルの娘を名乗りその後継者たらんと努力を重ねているのだ。


 ならば戦いの場においても、メルルのようにその場を支配するような指示を出さなければ……な。


 もっとも。


 生前のメルルは、それはもう……うるさかった。

 指揮は見事なものなんだけど、いちいち一言多い上に、やたらと細かい処まで指図をして来たわね。

 それで、よく戦闘後に揉めたりしたっけ……。





 そんな懐旧の念にかられていると、前方ではどうやら作戦準備が整った様だ。


「ほう……これは……」


 アエッタの奴め……本当に、メルルにそっくりになって来たわね。

 まぁ、メルルの奴から生前に聞いた「知識の宝珠」とやらを受け継いでいるはず。

 その戦法や手際が似て来るのも当たり前なんだろうが。


 私の眼には、アエッタが何をしようとしているのか……いや、今何を仕込んでいるのかが手に取るように分かった。

 往時のメルルがそうであったように、アエッタもまた魔力を直接使用した戦法を好むと見える。

 それは元来、あまり多用するには適さない方法でもある。

 人の魔力は有限だ。

 だからこそ、効率よく魔法を使用する事が望ましいのだ。

 しかしメルルは、そしてアエッタもまた、尋常でない魔力を内包している。

 だからこその……彼女達だからこそ出来る作戦であると言えなくもない……。


「本当にその作戦で、最後まで立っていられるのか……? ……アエッタ」


 私には、それだけが気掛かりだったのだ。

 魔法は、魔力を持ちそれを唱える事が出来たならば、誰にでも顕現できる秘術でしょう。

 でも逆に、誰にでも使えると言う訳では無いわ。

 この矛盾した見解を結び付けるものは……精神力。

 残念ながら人の精神力は、時間だけが培う事の出来る代物だわ。

 精神的に未熟な者が手に余る大魔法を使えば制御も敵わないだろうし、もしも無理矢理制御しようと考えるならばその精神は削られ消耗させられる。

 メルルも見た目は小娘だったのだが、その実は私よりも長く生きていたのではなかろうか。

 ましてやアエッタは、見た目通りの幼さなのだ。

 そんな彼女が、メルルと同じ様な戦法を採って無事でいられるだろうか。

 そんな私の杞憂を余所に、早速アエッタの作戦が始まっていた。


 


 アエッタはまず、魔力で作り上げた人型大の塊を26個も用意していた。

 彼女の実力では、これは完全に無茶をしていると言って良い。

 それも、ただ単に魔力塊を作った訳では無いわね。

 そのどれにも、強い魔力が込められているわ。

 それを維持するだけで、一体どれ程の精神を削られると言うのだろうか。

 メルルならばその程度の数など作り出すに造作もないだろうが、それをアエッタがするとなれば生死に関わるやも知れない。

 まったくもって……無茶をする。


「魔力より作られし矢弾よっ! 我が標的を狙い打てっ! 魔弓光弾マジック・ミサイルっ!」


 そんな私の心配をよそに、アエッタの攻撃が放たれた。

 しかも、ただ魔法を放っただけじゃない。

 それに併せて用意していた魔力塊を……8つ、同時に発していた。

 その内6つの魔力塊は前衛のエルナたちに。

 そして1つは、エルナたちをも取り込んで周囲に球状の結界を作り出していた。

 最後の一つは……精霊獣の足を捉えていたのだ。

 これにより。


「ケエエエェェェッ!」


「きゃ―――っ!」


「うわ―――っ!」


 もしも精霊獣がセヘルの魔法に感づいて躱そうとしても、僅かに動きを止められて逃げる事は出来なかっただろう。

 もっとも、精霊獣は完全に虚を突かれていて躱し様も無かったんだが。

 それにもしも精霊獣の捉えていた魔力塊が引きちぎられても、エルナたちの周りには魔力で作られた巨大な檻が形成されている。

 これでは、完全にセヘルの魔法から逃れるなんて不可能だったでしょうね。

 そしてその効果範囲内にいたエルナたちは、やはりアエッタの魔力によって守られていた。

 魔力塊には魔法の効力を完全に防ぐ事は出来なかったでしょうが、それでもその影響をかなり軽減できていた筈だ。

 事実、爆炎が止んだ後に、エルナたちの誰かが負傷している様子は伺えない。


 でもそれだけに、アエッタに掛かる負担は相当なものだったろうが。


「……いかんな」


 私が見る限りで、アエッタには既にその兆候が表れている様だ。


「……仕方ない」


 私は風の精霊に話し掛けて、アエッタに「癒しの風」を送った。

 これは神聖魔法のような即効性のある回復効果は見込めないが、心身に受けた損傷を軽減し徐々に癒してくれる効果がある。

 回復魔法に疎い私には、どうにもこれが精一杯なのだ。

 それでも、彼女達と精霊獣の戦いはまだ終わりを見ない。





「キョアアァァァッ!」


 体中から黒煙を上げて、怒り心頭と言った精霊獣が奇声を発してアエッタの方へと襲い掛かっていく。

 しかしそこにも、アエッタの「罠」が張り巡らせてある。

 先程彼女が用意していた魔力塊。

 エルナ達を守ったのと同じ物……その残り18の内、実に12個を精霊獣の進路上に、一直線に並べていたのだ。

 本来ならば、こちらの思う通りに敵が動いてくれるとは限らない。

 そしてそれは、アエッタも良く承知していただろう。

 だからこそ彼女は、まずセヘルの強力な攻撃魔法を当てる事で精霊獣の怒りを誘うと共に、その注意を自分達の方へ向けたのだ。

 怒りは、冷静な行動や判断を奪う。

 そして何よりも、エルナ達よりも脅威となる攻撃をして見せれば、精霊獣がアエッタ達を襲う事は簡単に予測できるわね。

 その結果、精霊獣の動きはアエッタの盾でも受け止められるまでに弱められたのよ。


「ギョブッ!?」


 そしてアエッタが、精霊獣の突進を受け止める。

 この時彼女は、残り6つの魔力塊の内5つを、作り出した盾と自分の間に、緩衝材として展開させていた。

 アエッタは、決して自分の力を過信していなかった。

 もしも精霊獣の動きを弱めても、魔法の盾で受け止めきれないかもしれない。

 そう考えて、自分に肉体に受ける衝撃を軽減させようとしたんだ。

 そして同時に、ぶつかった精霊獣に対して最後の魔力塊をロープのように展開し、盾に縛り上げた。

 これならば完全な拘束は不可能でも、次の一手までの時間稼ぎにはなる。


「邪なる猛襲を防げっ! 硬盾スクリロ・ザシチータっ! 我が魔力の高まりは何者をも寄せ付ける事能わずっ!」


 そしてセヘルが、最後の仕上げを敢行した。

 彼もまた、良く気を失う事無く最後までやり遂げたものだ。

 普段アエッタと競り合っている様だが、その結果が見事に現れている。


「エ……エルナ―――ッ!」


「アエッタッ!」


 全く見事だった……アエッタ。

 正しく動きに勝る精霊獣の行動を抑え込み、確実かつ必殺の段取りをくみ上げてみせたのだから。


「イヤアアァァッ!」


「ギャ……ヘ……」


 そしてエルナの勝利を告げる裂帛の気合いと、精霊獣の脱力とも思える最後の声が交錯した。

 随分と後衛に負担を掛ける戦いだったが、結果として見事に倒したのだからこれはこれで良しとするしかないわね。


 特にアエッタ……セヘル……イラージュ。


 エルナたちのパーティで、彼女達は間違いなく中核となるだろう。

 エルナを筆頭に彼等がまとまれば、自然とジェルマやシルカにメルカも相応の戦い方となるだろう。


「アエッタッ! アエッタッ!」


「セヘルはん―――?」


「大丈夫でっか―――?」


「イラージュッ! おい、イラージュッ!」


 さて……そろそろ彼女達と合流するか。

 私が見る限りでは、誰も死ぬような事は無いだろう。

 もっとも。

 いつもいつでもいつまでもこんな戦い方をしている様じゃあ……いずれは命に関わるでしょうが。

 でも今は。

 生き残った喜びと安心を、彼女達にも味わわせてあげるとしましょう。

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