反転攻勢
まさかのイラージュの拒絶、そして反論を受けて、アエッタは言葉を失っていた。
今までイラージュはアエッタの言葉に逆らった事など無かったのだから、アエッタの反応は至極当然だとも言えた。
それだけならばまだしも、アエッタに対して意見まで述べて来たのだ。
「アエッタ様は今後、前衛に指示を与える役を担って行く事でしょう。他の者でもその任に堪えなくもないでしょうが、やはりメルル様の力を引き継ぎ、名実ともにメルル様の後継者たるアエッタ様がその役目を負うに相応しいと考えます」
いつになく真摯な眼差しでそう語るイラージュに、アエッタは反論出来ずにいた。
無論、近くでそれを聞いていたセヘルなどは、異論反論が喉元まで迫っていたのだが。
特に「メルルの後継者」と言う
それでも彼がそうしなかったのは、やはりどこかでアエッタの事を認めていたからかもしれない。
特に先程からアエッタの見せる優れた洞察力は、セヘルでも今すぐに身に付ける事の出来ない能力だと認めざるを得なかった。
もっとも「超音波」と言う概念を彼は知らなかった訳であり、その事に気付ける筈も無いのだが。
「……で……でも……」
それでもアエッタは、どこか身を捩る様にしてそう反論しようとした。
イラージュの言う事を、アエッタも十分理解している。
そんな事を彼女に言われるまでもなく、メルルから与えられた知識の中にはその様に振る舞う事が当たり前のように記憶されているのだ。
事実、エルス率いる勇者パーティでメルルの役割は、その強力な魔法で敵を灰燼と帰すよりも、メンバーのブレーン的な色合いが濃かった。
それでもアエッタがその様に振る舞う事を躊躇う理由は……そう多くはなく。
単純にアエッタは、大声で指示を出す事が恥ずかしかったのだ。
しかも、それだけではない。
冷静にパーティを見回せば、アエッタよりも年下なのはリーダー格のエルナーシャのみである。
しかもそのエルナーシャはシェキーナの愛娘であり、次期魔王の最有力候補でもある。
そしてアエッタは、メルルよりそのエルナーシャの補佐を頼まれている……いわばエルナーシャの臣下と言った立ち位置だ。
つまりこのパーティには……年齢や地位において目上の者しかいないと言う事になる。
如何にメルルの秘蔵っ子だと言っても、その年齢は僅かに11歳。
余程図太い性格をしてでもいなければ、この面子に堂々と指示を出すなど流石のアエッタも出来なかったのだ。
いや……これが年相応の反応なのだろう。
俯き言葉を発する事の出来ないアエッタを見たイラージュは、小さく溜息を付いてこの場での説得を諦める事を決めたのだった。
このままアエッタの復調を、そして決心を待っていては、それこそエルナーシャ達が全滅してしまう。
エルナーシャ達には、決して多くの時間が残されている訳では無いのだ。
「……仕方がない。ここは僕があいつ等に指示を……」
「いいえ、あたしがこの場を取り仕切るわ!」
小さく吐息をついて意を決したセヘルの言葉を遮り、イラージュが彼と対峙してそう告げたのだった。
その迫力を受けたセヘルは、再び絶句してしまった。
それほどイラージュの言には、有無を言わせぬ気勢が込められていたのだ。
「それでいいですね、アエッタ様?」
そして、その眼差しをアエッタへと向けて念を押したのだった。
今のアエッタには、その言葉を拒否すると言う選択肢は取れない。
小さく頷いて了承するより他に無かったのだった。
「エルナーシャ様っ! レヴィア、ジェルマ、シルカ、メルカッ! 精霊獣を四方から取り囲んでっ!」
精霊獣を攻めあぐねていたエルナーシャ達に、アエッタとセヘルの了承を得たイラージュが大声でそう指示を出した。
「イラージュッ!? 何でお前が……」
「五月蠅い、ジェルマッ! 死にたくないなら、言う事を聞きなっ!」
それに対して即座に抗議の声を上げたジェルマだったが、それもイラージュに一蹴されてしまった。
もっとも、その様な言い様や態度を甘受する様なジェルマではない。
「おま……っ! 何だその言い方……」
「隊長はん―――」
「ここはイラージュに―――」
「任せてはどないやろか―――?」
危うくジェルマが爆発する寸前、絶妙と言えるタイミングでレンブルム姉妹が彼にそう声をかけた。
イラージュに高圧的な態度を取られて腹を立てたジェルマも、親衛隊副隊長を任されているこの2人に宥められては、それ以上抗議の声を上げる事も出来ない。
何よりも。
「分かったわ、イラージュッ! レヴィアッ!」
「……はっ!」
エルナーシャとレヴィア、この2人が素直に応じていては、ジェルマに異議の唱えられる筈はなかったのだ。
即座に5人は精霊獣を中心に四方へと散り、ジェルマが精霊獣の右側面、シルカとメルカが左側面、レヴィアが後方に陣取り、そして正面にはエルナーシャが立ちはだかったのだった。
そして明らかに動きを変えたエルナーシャ達に、精霊獣も警戒心を露わとする。
僅かに羽を広げ、何時でも上空に逃れる事の出来る構えを見せた。
「今よっ! 四方から一斉に攻撃してっ!」
そしてイラージュから、攻撃の指示が飛んだ。
ただしそれは、どうにも普通の……何か策がある様には思えない台詞であった。
何よりも、この攻撃は精霊獣との接敵時に、不本意ながらもエルナーシャ達が仕掛けたものと同じ陣取りだったのだ。
その時は結局、上空へと逃れる事を許している。
そしてそれを、精霊獣も覚えていた。
イラージュの号令で一斉に襲い掛かって来たエルナーシャ達に対して、精霊獣は先程と同じく即座に上昇を開始した。
このままでは、先程の二の舞になるのは火を見るより明らか……だったのだが。
驚くべき動きで空に舞い上がろうとする精霊獣の動きが一瞬、鈍る。
まるで何か……障害物にその行動を邪魔されたかのような、どうにも不自然な動きで精霊獣の上昇は僅かに速度を落としたのだ。
それもその筈で、今回は事前にアエッタが魔力の糸を精霊獣の上方に巡らせていたのだった。
それも、細い糸を無数に……ではない。
強く魔力を込めた極太の糸……いや、ロープを6本だけ作り出し、それを格子状にして罠を張っていたのだった。
それでも、今のアエッタの力ではそれだけで精霊獣の動きを抑止する事は出来ない。
それだけ、精霊獣の力は強大なのだ。
身体能力だけ考えれば、紛う事無く老竜と遜色がないのだからそれも仕方の無い事であった。
それでもその時間が、次の一手を打つ貴重な刻を稼ぐ事となる。
「暗雲に蠢く天の雷槍っ! 我が敵を貫きその動きを縛れっ!
スラスラと魔法を唱えたセヘルが、可能な限り魔力を込めた渾身の魔法を放ったのだ。
セヘルの術発動と同時に、精霊獣の頭上には黒雲が沸き起こり、そこからは雷によって形作られた槍が発射されたのだった。
それも、以前に彼が見せた様な無数の雷槍……と言う訳では無く。
極太となった巨大な槍が3本、狙いを外す事無く放たれたのだ。
「ギョワッ!?」
セヘル渾身の一撃とも言えるその魔法は、精霊獣の纏う風の鎧を貫き、更にはその強固な肉体までをも貫通して精霊獣を地面へと叩きつけそのまま縫い止めたのだった。
完全に虚を突かれ、更には自身の肉体が持つ強度を上回る攻撃を受けたのだ。
ただでさえ本能の赴くままに行動する野生動物と大差のない思考しか持たない精霊獣は、この時混乱状態を来していた事は言うまでもない。
冷静ならば魔法を展開して攻撃なり防御を行えば良いものを、この時はただ只管に自身を地へと縛りつける
「我が魔力よ。同胞の
そして間髪入れず、アエッタが武器の攻撃力を増大させる魔法を唱え、前衛の4人へ附与したのだった。
先程の攻撃では武器が精霊獣の身体へ到達しなかった者も、この魔法を帯びていればその限りではない。
「今ですっ! 全員で攻撃をっ! 翼を重点的に狙ってくださいっ!」
そこにイラージュの指示が飛ぶ。
もっともその様な声を出さなくとも、前衛5人も好機と言うものは心得ている。
そして今こそが、精霊獣に打撃を加えるチャンスに他ならないのだ。
「……ほう」
それを見ていたシェキーナは、小さく感嘆の声を上げていた。
それは、エルナーシャ達の攻撃ぶりが変わった事に感心してのものなのか。
それとも、攻勢に出た事による安堵の溜息なのか。
それは、彼女にしか分かり得ない事だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます