精霊獣の真実

 上空より迫りくる精霊獣。

 それを食い止める術は、今のエルナーシャ達には……無い。

 投擲系の武器を得意とする者は居なかったし、アエッタやセヘルと言った魔法使いからなる魔法攻撃も、然して効果を与えられるとは思えなかったからだ。


「猛り盛る爆裂の炎! 我が魔力に宿り、敵を討て! 爆裂炎弾シャマ・エクリクスィっ!」


「氷獄より来たれ! 全てを貫く凍結の槍! 氷結槍射パゴス・ランチャっ!」


 しかしだからと言って、精霊獣の接近を手を拱いて見ている訳にはいかない。

 アエッタとセヘルは、それぞれ互いが知る中で出来るだけ強力であり且つ出の早い魔法を使い迎撃した。

 彼女達の魔法は中級下位魔法に位置し、そのままではとても精霊獣に通用しない。

 そのままであったなら……だが。


 アエッタがメルルと出会った折、メルルはアエッタに言った事がある。


 ―――魔法の強さは、何も呪文の強さに比例してる訳やない。魔力を如何に込めるか……これが重要なんや。


 アエッタ、そしてセヘルは、メルルの言葉を疑う事無く魔力の制御向上に努め、日々鍛錬を怠っていない。

 そしてその成果は少しずつ彼女達の力となり、効果的に魔法を行使出来るようになってきていた。

 勿論、魔力制御にも得手不得手や適性がある。

 アエッタよりも遥かに年上のセヘルだが、魔力を繰る技術に関してはアエッタの方が長けていたのだった。

 それでもそれは僅かな差であり、2人共魔法をより強力に行使出来るようになっていた。

 今、彼女達が唱えている魔法は中級下位魔法だが、その威力や効果は中級上位に匹敵する。

 これならば、如何に精霊獣と言えども当たればただでは済まないだろう。


 そう……当たればなのだが……。


 アエッタの作り出した炎弾も、セヘルの具現化した氷柱も、その大きさや個数は普通に呪文を唱えた時のそれぞれ数倍に達していた。

 2人はそれを殆ど同時に、そして今度はタイミング良く迫りくる精霊獣へと放った。

 夥しい数の魔弾は、違う事無く精霊獣へと向かい。


「クワアアアァァッ!」


 見事に着弾したのだった。

 下降を続ける精霊獣は爆炎に包まれ無数の氷柱をその身に受け、まるで墜落する様にも見える。

 いや、見えなくはない……と言うべきだったか。


「……くっ……」


「あの攻撃を受けても……無傷なのか……!?」


 攻撃結果を逸早く察したのは、誰でもないその攻撃を行った本人達であった。

 覆っていた爆炎の煙が晴れると、その中からは先程と殆ど変わらない姿で精霊獣が現れた。

 その様子から、ダメージを受けている様子など伺えず、降下する速度にも一切陰りが見えない。


 直撃すれば、2人の魔法攻撃は間違いなく精霊獣にダメージを与えていただろう。

 それ程の威力を孕んだ弾幕だったのに間違いは無いのだ。

 問題は、アエッタとセヘルの放った魔法を精霊獣はと言う事だった。

 精霊獣は魔法が着弾直前に、大きく一つ啼いた。

 これは何も苦痛にあえいだ訳では無く、その一声で精霊魔法を発動させていたのだ。

 それを以て、襲い来る無数の魔法弾を全て防ぎ切ったと言う訳であった。


 そのまま速度を落とす事も無く、精霊獣は見上げるエルナーシャ達に肉薄する。

 そして。


「くうっ!」


「……なっ!?」


「うわっ!」


「な……」


「何事どす―――っ!?」


 精霊獣が、地表すれすれまで降下しそこで大きく羽ばたいたのだ。


「きゃあっ!」


「ああっ!」


「ぐわっ」


「「あれ―――っ!」」


 それも……2度である。

 恐るべき速さで羽を2回振るった精霊獣は、1度目の羽ばたきで地面への直撃を防ぐために凝縮した風塊を地表へ叩きつけ急制動をかけ、2度目で周囲に群がる魔族共を吹き飛ばしたのだった。

 風の精霊の恩恵も受けた羽ばたきによる風撃は、僅かに真空波も含ませてエルナーシャ達に襲い掛かり、殆ど無防備だった彼女達を強かに傷つけていた。

 見た目に反するその動き、そしてただの羽ばたきにさえ内包された高い攻撃力は、流石は精霊獣と言った処だった。

 しかし瞠目すべきは、精霊獣が地表付近へと到達する前に取った行動にあったのだ。


「音波を使うのか……厄介だな……」


 エルナーシャ達の混乱ぶりを遠目に見ながら、シェキーナは一人ポツリとそう呟いていた。

 精霊獣が先制攻撃として用いたのは、羽から巻き起こす突風や鎌鼬では無かった。

 それよりも前に指向性を持たせた超音波を放ち、エルナーシャ達の三半規管に訴えて動揺を誘っていたのだった。

 平衡感覚を揺さぶられれば、どの様な猛者でも隙が出来て然るべきである。

 ましてやエルナーシャ達はまだまだ未熟……だと考えれば、その効果がどれ程絶大なのかは言わずもがななのだ。


 精霊獣の大きさが老竜エルダー・ドラゴン程だと言う事を考えれば、元は上位精霊であったと考えて不思議ではない。

 そして位の高い精霊は、特に魔法を使わなくとも下位の精霊を従える事が出来るのだ。

 空を飛ぶ鳥を模しているからには、風の精霊もその傘下に置いていると言う事は想像に難くなく。

 風の精霊を使役すれば、超音波を発生させて伝播させるなど容易い事なのだ。


「さて、これにどう対処するのか……事と次第によっては、全滅もあり得るぞ……エルナ」


 口からは心配そうな言葉を紡いでいるシェキーナだが、彼女がそこから動き出す素振りは無かった。





「……これは……超音波……?」


 そして精霊獣の放つ得体のしれない攻撃に、真っ先に気付いたのはアエッタだった。

 前衛は、すでにパニック状態だ。

 恐慌を来して前線が崩壊している……とまではいかない。

 流石と言おうかエルナーシャを始めとした5人は、三半規管を揺さぶられながらも何とか戦闘意欲を失う事無く立ち回っていた。


 いや……翻弄されていたと言うべきか。


 兎に角、先制を取られた事に違いなく。

 メチャクチャと思える暴れ方をする精霊獣に、エルナーシャ達は翻弄され自分達のペースを掴む事が出来ないでいたのだった。

 しかも、ただの怪物が手の付けられない暴走をしているのとは訳が違う。

 シェキーナがそう評した通り、精霊獣は老竜と同等の力を持っている。

 そんな凶悪な力を持った怪物が、エルナーシャ達に襲い掛かっているのだ。

 時折無作為に発せられる得体のしれない攻撃に晒されながら、それでも何とか彼女達は精霊獣の攻撃に耐えていたのだった。


 実際の処、本当に精霊獣が老竜と同等の力を持っていたならば、エルナーシャ達は既に全滅していた事だろう。

 だがそれでは、シェキーナがエルナーシャ達を欺いたのかと言えばそうではない。

 、間違いなく精霊獣は老竜に引けを取らないと断言できるだろう。

 では何故、エルナーシャ達は精霊獣に好き勝手な攻撃を許しても尚、未だに誰も死ぬ事無く立っていられるのか。

 しかも、平衡感覚を揺さぶられているにも拘らず……である。


「カアアアァァァッ!」


 精霊獣が一際高い泣き声を発し、まるでポーズを取るように両翼を広げて動きを止めた。

 その途端、精霊獣を中心として巨大な竜巻が発生する。


「みんなっ!」


 その暴風がエルナーシャ達を呑み込む前に彼女が合図をし、エルナーシャの言葉を聞いた前衛陣は即座にその場から飛び退いたのだった。

 巨大な竜巻は天を衝くほどに伸び、精霊獣を包んだまま渦巻き続けた。


 ……だが、それだけであった。


 竜巻自体が太さを増してエルナーシャ達を追い詰めるであるとか、竜巻から真空の刃や雷撃などがばらまかれるなどと言う事は無かった。

 ただ精霊獣を包み込む様にして、細く長い竜巻が発生しただけなのだ。

 勿論、それに巻き込まれればただでは済まない。

 それだけの威力は、確かに持っている。

 しかしその攻撃に誰一人巻き込まれる事は無く、その場に巻き起こっている竜巻を全員が呆然と見ていただけだったのだ。


 攻撃は出来ない。


 竜巻がそのまま防壁と化しているのだから、これは分かる話である。


 攻撃もされない。


 エルナーシャ達にしてみれば、それが何とも不可思議な事であり、肩透かしを食らう程に拍子抜けだったのだ。

 何とも間の抜けた時間だけが過ぎ、やがて精霊獣の作り出した竜巻がその勢いを弱め……最後には消えてなくなった。

 レヴィアは、もしかすれば竜巻に乗じて上空へと逃れた可能性を考慮し、僅かに上方にも警戒を向けていたのだが。

 そんな事は無用とばかりに、その愛らしい巨体は霧散した風の向うから姿を現したのだった。

 それも、ただ現れただけではない。

 何をどう都合よく勘違いしたのか、精霊獣は立ち居並ぶエルナーシャ達の姿を見て、少なくない驚きを見せていた。

 どうやら精霊獣は、先程の攻撃でエルナーシャ達を倒した事に疑いを持っていなかったのだった。


「なんどす―――?」


「ウチ達がここに居るんが―――」


「なんぞ驚くような事なんやろか―――?」


 目敏く精霊獣の挙動に気付いたシルカとメルカが、そう感想を漏らす。

 そしてその考えは、その場にいる者達全員の共通する認識だったのだった。





 精霊獣は、確かに……強い。

 その強さは……強さだけは、老竜と肩を並べると言って間違いではないだろう。


 だが……しかし。


 だがしかしである。

 残念ながら精霊獣は……知能が……低かったのだ。

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