区区なる戦士達
精霊獣へと向かい、歩き出したエルナーシャ。
その右後方にレヴィア、左側にはジェルマが続く。
エルナーシャと距離を置いてその後方にはアエッタが。
彼女の左右にはセヘルとイラージュが付き、その外側にシルカとメルカが並んで歩いていた。
特に打ち合わせも無く、自然と採られた陣形は理にかなっていた。
これだけを見れば、彼女達の連携は非常に良く取れていると言えなくもない。
近づくエルナーシャに気付いた精霊獣が、その頭を持ち上げて彼女達の方を見た。
それに併せてエルナーシャが2本の剣をスラリと抜き放ち、ジェルマ、レヴィア、シルカにメルカも呼応するように武器を構える。
やや距離はあるものの精霊獣も警戒心を露わとしており、もはや誰も気を緩めてなどいなかった。
「全ての根源たる
そしてアエッタとセヘルは殆ど同時に詠唱を開始し、まるで示し合わせたかのように同じ魔法を使用したのだった。
それぞれにより多くの魔力を注ぎ込まれた魔法が、アエッタからはエルナーシャとレヴィアに、セヘルからはジェルマとシルカ、そしてメルカへと齎される。
その途端、前衛を務める者達の身体が強く光り出し魔法の効果を具現化していた。
アエッタには未だ、メルルより受け継いだ「知識の宝珠」の効果は及ぼされていない。
もしもこの宝珠の持つ力が全てアエッタへと注がれたならば、メルルが持っていた全ての魔法知識が開眼する事になるだろう。
しかし今は、広い見識のみがアエッタに与えられている。
それだけでも驚嘆に値する事であり、アエッタは僅か11歳でありながらエルナーシャの右腕として認められ、シェキーナの補佐役を仰せつかっているのだ。
だが今は、自身で学習し身に着けた魔法しか使えないのが実状であり。
この魔法も、彼女が日々魔法の勉強に精を出した結果と言える。
初級ながらも中級に匹敵する物理防御魔法をその身に纏ったエルナーシャ達は、その歩みを早足へと変えそして……遂には走り出していた。
それに応じる様に、精霊獣も体を完全に起こして彼女達の方へと正対する。
もっとも、お世辞にもスリムとは言えないその精霊獣の姿は、立ち上がっていてもなお地面に腹部がついてしまう程だった。
そしてそんな姿が、エルナーシャ達の闘争心を鈍らせる効果を齎していた。
それでも、精霊獣との距離はみるみる近づいて行く。
エルナーシャは、チラリと精霊獣の向かって右側面に目を遣った。
そこにはいつの間に移動を果たしていたのか、影となったレヴィアが得物の攻撃範囲に捕らえようとしていた。
エルナーシャの……いや、彼女とレヴィア、アエッタの思惑はこの時点で一致していた。
長く行動を共にして来た彼女達は、正しく水魚の交わりとも言うべき以心伝心を見せ、改めて打ち合わせなくとも互いの考え……戦略を理解していた。
まずはレヴィアが側面から攻撃し精霊獣の注意を引き付け、僅かの後にエルナーシャが正面より斬りかかり、敵が完全にその目標をエルナーシャとレヴィアへ定めたタイミングでアエッタが魔法攻撃を行う。
先に
これが決まれば、比較的安全に先制攻撃を敵に加える事が出来ていただろう……が。
「エルナーシャ様っ! 先陣は俺にお任せをっ!」
レヴィアが接敵するのと殆ど同時に、エルナーシャを追い抜きその前に出たジェルマがそう大声を上げて精霊獣へと斬りかかった。
自然、精霊獣の注意はレヴィアにではなく、ジェルマの……精霊獣の前方に向けられた。
さらに。
それとほぼ同じタイミングで、精霊獣左側面よりやはりいつの間に回り込んだのか、シルカとメルカが2人掛かりの同時攻撃を敢行したのだ。
これでは、精霊獣の注意を引き付ける……等と言う事は不可能であり。
「ギョワ―――ッ!」
奇声を発した精霊獣が、その巨大でコミカルな翼を広げて大きく羽ばたいたのだった。
結局、レヴィア、ジェルマ、シルカとメルカの放った攻撃は、精霊獣に大したダメージを与える事は出来なかった。
これではとても、先制攻撃を与えた……とは言い難く。
「ううっ!」
「……くっ!」
「うわっ!」
「きゃあっ!」
逆に精霊獣の全方向に向けた攻撃……と言うよりも、翼をはためかせた事による風圧に晒される事となった。
至近距離でそれを喰らったエルナーシャ達は、その場に踏み止まるだけで精一杯となり完全にその足を止められてしまい、シルカとメルカに至っては大きく後方へと吹き飛ばされてしまっていた。
「精霊獣が……飛ぶぞっ!」
そしてセヘルが、その羽ばたきを以て飛ぼうとする精霊獣を目視しそう叫んでいた。
たった1回羽ばたいただけで、その巨体は既に宙へと浮いていた。
そして前衛陣は、その行動を阻止できる状態ではない。
もしも精霊獣に上空へと逃れられれば、エルナーシャ達が苦戦を強いられる事は必至であった。
どの様な戦闘であっても、頭上を抑えられると言うのは圧倒的不利を招く事に違いないからだ。
「……させない」
「魔力より作られし矢弾よっ! 我が標的を狙い打てっ!
そしてそれを案じた2人の魔法使いは殆ど同時に動き出していたのだが、その方法はチグハグであり。
「きゃあっ!」
セヘルの魔法で作り出した光の矢を躱そうと精霊獣が素早く後退し、その動きに合わせてアエッタが引き摺られる様に転倒したのだった。
「アエッタ様っ! 魔力の糸をすぐに解いて下さいっ!」
転倒したアエッタはそれでも精霊獣を捉え続けていたのだが、そのままでは精霊獣の動きにより翻弄され続けてしまう。
イラージュの言葉を聞いたアエッタは、即座に精霊獣を捉えていた魔力の糸を解いたのだった。
上昇しようとする精霊獣に追撃をかけて、その動きを制限させようとする考え自体は間違っていない。
だが、アエッタとセヘルではその方法が違っていたのだった。
アエッタは即座に出す事が出来、強度も上がって来た魔力の糸で絡め捕ろうとした。
しかし彼女だけの力では、当然の事ながら引き止める事など出来ない。
アエッタの繰り出した魔力の糸は精霊獣の足に絡みついたのだが、結局その動きを止める事は出来なかったのだ。
もしもセヘルが同時に魔力の糸を繰り出し、精霊獣全体に絡めるようにしていれば、精霊獣を引き落としていた事だろう。
セヘルは飛ぶ事の出来る精霊獣に対して、ある程度の追尾性を持つ「魔弓光弾」で追撃を掛けた。
ただし彼も、それだけで精霊獣を足止めできるとは思っていなかった。
セヘルの魔法に併せてアエッタにも攻撃を仕掛けて貰い、僅かな時間差で精霊獣に攻撃を当てようと思い描いていたのだ。
このプラン自体は悪いものではない。
もしも上手く機能していれば、精霊獣は魔法攻撃によって足止めされていたかもしれないのだ。
しかし残念ながら、2人の思惑は重なる事も無くどちらも不発に終わったのだった。
それもその筈で、今まで殆ど接点の無かった両者であり、打ち合わせなども全くしていないのだ。
これでは、有効的な魔法運用など出来る筈も無い。
「くそっ! 降りてこいってんだっ!」
後衛がその様な混乱に見舞われている内に、精霊獣は大きく空へと上昇しエルナーシャ達の頭上を旋回していたのだった。
上空を飛び回る精霊獣に苛立ったジェルマがそう叫んでいたのだが、精霊獣がそんな要望を聞き入れる筈も無く。
勿論、精霊獣がそのまま遠くへと飛び去って行った……などと言う事も無い。
結局は無傷で済んだのだが、精霊獣もエルナーシャ達に攻撃を受けているのだ。
元々好戦的な精霊獣が、いきなり攻撃を受け斬り付けられて、何もしないままこの場を去る等と言う事は有り得ない。
自分のタイミングを計っていたかのように数度旋回を済ませた精霊獣はその頭を眼下へと向け、次の瞬間には滑空姿勢となり驚くべきスピードで急襲を敢行したのだった。
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