王龍の膝元へ
決して険しいとは言えない山道を、シェキーナ達はそれでも慎重に、そしてゆっくりと歩を進めていた。
それは、まだまだ数多く生息しているであろう
この「竜哭山」には、龍族の王たる「王龍ジェナザード」が座しているのだ。
王龍に付き従うドラゴンも少なくないと予測され、その中には
そんなドラゴンの群れに畳み掛ける様な攻撃を受ければ、シェキーナは兎も角エルナーシャ達は一溜りもない。
故にシェキーナを先頭とした一行は、あらゆる攻撃を想定しつつ周囲の警戒を厳にして進んでいたのだが。
「……静かすぎるな……」
周囲の雰囲気を読み、更には精霊の力を借りて近辺を模索していたシェキーナが怪訝な声を上げた。
「……はい。確かに……龍族は多く生息しています……。ですがこれは……まるで……」
同じく魔力の糸を蜘蛛の巣のように張り巡らせて周囲の様子を索敵していたアエッタもまた、シェキーナの意見に同意した。
二人の探査結果では、シェキーナ達の元へと近づくドラゴンがいないのだ。
いや、接近すると言うドラゴンだけではない。
「殆どのドラゴンが……私達の元から……距離を取るように移動しています……」
アエッタの言葉通り、この山に潜むドラゴンはシェキーナ達の進軍を妨げるどころか、そこから大きく離れて行く動きを見せているのだ。
これではまるで、王龍の元へと道を譲っている様である。
「……
不安に駆られたのか、エルナーシャがシェキーナへと問いかける。
ただその疑問も、全てを口にする前に尻すぼみとなり消えてしまったのだった。
話の途中で、エルナーシャは気付いたのだ。
そしてそれは、他のメンバーも同様である。
―――王龍に……
それが、どういった意図で行われているのかは分からない。
ただ不自然過ぎるドラゴン達の動きを考えれば、もはやそれ以外に思い当たらないのであった。
「漸く、王龍が私と会う気になってくれたと言う事か」
そんな一同の考えを見透かしたように、シェキーナがそう独り言ちた。
そしてその言葉に、エルナーシャ達は誰一人反論を持たなかった。
全員が誰一人違う事無く、シェキーナの呟きに納得したのだった。
「さぁ、王龍を待たせ過ぎるのは失礼にあたるだろう。先を急ごう」
そして再びシェキーナがそう皆に告げ、颯爽と歩き出した。
エルナーシャ達一同もまた、そんな彼女の背中に頷き返して足を踏み出したのだった。
然して高いとはいえない山の頂付近。
森は途切れ、周囲一帯は岩と草花だけが占めていた。
そんな
まるで高名な画家の描いた人物画を切り抜いたかのような、現実味の薄い美麗な女性がその巨岩に腰を掛け、遥か遠くに目を眇めている。
その秀麗な女性は、同じく現実離れした美しさを持つシェキーナに勝るとも劣らない。
いや……龍族の生息地と言う異常な状況を考えれば、常軌を逸していると言う点で彼女の美しさは更に際立っている。
その一種異様な美しさを前にして、エルナーシャを始めとした面々は一瞬、刻を奪われていた。
縫い止められた目を引き離す事が出来ず、息をする事さえ亡失してしまう程であった。
「あれが……王龍ジェナザードなのか?」
ただ一人、シェキーナだけを除いて。
何等その光景の影響を受けていないシェキーナは、その女性を見つめる……のではなく、注意深く観察しながらそう零した。
王龍ジェナザードと対面した事の無いシェキーナには、その異様な女性が本当はどうなのかが分からなかったのだ。
そしてその声で、動きを奪われていたエルナーシャ達も自我を取り戻す事が出来たのだった。
「あれが王龍様ですか? 何というか……随分と華奢な女性なのですね―――……」
真っ先に動き出したのはイラージュ。
彼女は先の見やすい位置まで動くと、その女性に視線を向けてそう呟いた。
少しお道化る様な口調を強調しているのは、そうでもしておかないと再びその女性に獲りこまれてしまいそうだったのかもしれない。
「龍族が人の姿に変化するなど……聞いた事が無いのですが……」
そして、それに応えたのはセヘルであった。
普段ならば、この様なイラージュの呟きに応じる様なセヘルでは無い。
それでも今、彼がイラージュの言葉に反応したのはやはり、この雰囲気に呑まれまいとしての事なのだろう。
それは、他のメンバーも同様であった。
「……いや……以前に見た王龍ジェナザード様は、本当に威厳ある龍族の姿をされておられた。少なくとも、人の様な姿では無かった」
言葉を続けたのはジェルマであった。
彼は以前にエルスの従卒として王龍の元へと赴き、その姿を目撃している。
「そーどすな―――」
「あん時見た―――」
「王龍の姿はあんなや無くて―――」
「どっちかゆーたら神々しい竜どしたな―――」
同じくその折に姿を見ていたシルカとメルカも、ジェルマの意見に同意した。
「そうか……。ならば、本人に直接聞くのが良いだろうな」
それらの声を聞いたシェキーナが、彼等に振り返ってそう結論付けた。
そして。
「……行くぞ」
再び前を向いたシェキーナがそう告げて、一歩足を踏み出したのだった。
その背中を、エルナーシャを筆頭として全員が後に続いていった。
「……はて……。何用で此処まで参ったのかのう?」
山頂に、まるで象徴のように据え置かれた巨岩に座る女性は、シェキーナが近づくと彼女よりも先にそう口を開いた。
女性の視線は遥か彼方に固定されたままであり、シェキーナの方へは一瞥もくれる事は無い。
それにも拘らず、シェキーナ達はその女性より途轍もないプレッシャーを感じていたのだった。
「……お初にお目に掛かります……王龍ジェナザード」
それにより、紛う事無く王龍だと確信したシェキーナは、その女性に向けてそう答えた……のだが。
「ふむ……。それよりも、私の問いに答えなさい。何をしに此処まで来たと言うのですか? 我が
王龍ジェナザードはシェキーナの挨拶を受けても、その視線を固定したまま動かさなかった。
それどころか、どこか興味のなさそうな声音で再び先程と同じ問い掛けをしたのであった。
気圧されているエルナーシャ達であったが、流石に王龍と言えどもその礼を失した態度を見せられ、些か気分を害したのかムッとした雰囲気が各人より発せられた。
もっとも、当のシェキーナにそれを気にした様子はない。
「はい。私はこの度、この魔界を統べる魔王を襲名いたしました。そして歴代の魔王は、この魔界を長く見守って来られた王龍に拝謁する事が慣例となっていると伺いました。故に私は、貴女にお会いすべくこの地まで参ったのです。道中、龍族を屠ってしまったのは自衛の為。ご容赦願いたい」
「……お主が……魔王とな……?」
シェキーナの返答を聞いて、同族を殺された王龍がてっきり激怒するであろうと考えていた一同であったが、王龍はシェキーナの話しの別の部分に引っ掛かった。
聞いていたエルナーシャ達には何もおかしなところなど無かったのだが、王龍には余程興味の引かれる言葉であったのだろう。
そっぽを向いていた王龍は向き直り、今はシェキーナの方へと正対している。
「はい。ですから私は慣例に従い、貴女にご挨拶をしに参ったのですが……違うのでしょうか?」
王龍の反応は、シェキーナが考えていたものとは大きく異なっており、だからこそシェキーナ自身も若干の戸惑いを見せていた。
(これは……嵌められたかな?)
そしてシェキーナは、アヴォー老の企み説を考えていたのだった。
勿論、彼がシェキーナを亡き者にしようとか、彼女の居ない内に魔王城を乗っ取ろうなどと考えている……と思案した訳では無い。
激務に励むシェキーナを強制的に休ませる為に、王龍への謁見話はアヴォー老が一芝居打ったのではないか……そう考えていたのだった。
もっともこれは、シェキーナの考えすぎであり。
王龍ジェナザードが驚いた理由はまた、別に在ったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます