滲む面影
「皆……待たせたな。イラージュはどうだ?」
戦いを終えてエルナーシャ達の元まで戻って来たシェキーナが、彼女を見つめる一同に向かってそう問いかけた。
余りにも圧倒的な……それでいて苛烈と言って良い戦闘を見せたシェキーナを見つめる彼女達の瞳は、正しく一様に驚愕の色を浮かべている。
それも仕方の無い事かも知れない。
シェキーナと老竜の戦いはそれ程長くは無かったとはいえ、それだけ濃密で目を見張るものだったのだ。
実際、ジェルマやセヘル等は、目に見えて分かる程の表情を浮かべてフリーズしていた。
そんな彼等が、殆ど初めて見るシェキーナの戦いぶりに愕然とするのも頷ける話であった。
ただ、それだけでは無かったのも事実である。
それは、その戦闘時にシェキーナの見せた圧倒的なまでの……プレッシャー。
それまでにもシェキーナは、その片鱗を匂わせていた。
それでもここまでハッキリと発現した事は無かった。
何よりも、老竜を圧する程の気勢なのだ。
それが自分達に向けられたわけでは無いと分かっていても、その
(それも仕方ないか……)
声も出せないでいる彼等を見て、シェキーナは僅かに吐息をついてそう考えていた。
強すぎる力と言うのは、それが例え味方の為に作用しているとは言え頼もしく思える反面、恐ろしく感じるものでもある。
そして彼等が今シェキーナに何をどう感じているのかは、その顔色を窺えば分かろうと言うものであったのだが。
「
ただ一人、その呪縛の影響下に無かったエルナーシャが、シェキーナの元に小走りで近寄って行く。
その顔には笑顔が浮かんでいるものの、それには多大な安堵と僅かな不安が含まれていた。
その不安と言うのも。
「母様、お怪我は……お怪我はありませんでしたかっ!?」
彼女の安否を気遣うものであった。
「なんだ、エルナ……。先程の戦闘を見ていなかったの? 私の戦いに、どこか不安を感じさせる要素があったか?」
そんなエルナーシャの“当たり前”な反応に、声を掛けられたシェキーナの方が僅かばかり驚かされたのだった。
それでもシェキーナはエルナーシャを安心させる為に、その様な素振りなど微塵も浮かべる事無くそう問い返した。
「ですが……ですがあの老竜達は……とても強い存在でした。如何に母様がお強くとも……」
これもまた、所謂“普通”の反応だった。
エルナーシャ達から見れば、シェキーナの屠った老竜達は今の彼女達では到底太刀打ち出来ない強さを持っていたのだ。
シェキーナの強さを疑っていない……いや、信じたいエルナーシャであっても、不安を抱かずにはいられなかったのだ。
「大丈夫よ、エルナ。私は、毛ほどの傷も負ってはいない。安心して」
そんなエルナーシャに、シェキーナが微笑を湛えて優しく答えた。
それを受けたエルナーシャにも、漸く心から安堵した笑みが浮かび上がる。
「でも……流石は母様です! 先程の母様はまるで……
その言葉に、今度はシェキーナの方が声を失わされる羽目になったのだった。
自分の姿が、エルスと重なっている……。
誰に言われるでもない、エルスの力を引き継いだエルスの愛娘にそう言われるのだ。
シェキーナにとって、これほど驚かされ且つ嬉しい言葉は無かったのであった。
「……そうか」
言葉に詰まったシェキーナは、そう返すだけで精一杯であった。
「……う……うん……」
僅かに2人の会話が途切れたタイミングを見計らったかのように、意識を失っていたイラージュから吐息の様な言葉が洩れる。
「……イラージュさん……大丈夫ですか?」
そんな彼女へと真っ先に声を掛けたのは、彼女の最も近くにいたアエッタだった。
アエッタは倒れたイラージュに寄り添い、只管魔力を送り続けていたのだ。
「はいっ! 大丈夫ですっ! アエッタ様こそ、どこかお怪我はされていませんかっ!?」
目を覚ましたばかりだと言うのに、イラージュは上半身を起こすと同時にアエッタの手を両手で包み込みそう畳み掛けた。
「よ……良かったです……。それでその……手を……」
相変わらずグイグイ来るイラージュに、アエッタの方はやはり持て余し気味だ。
そんなイラージュの勢いは周囲にも波及し、他の者も唖然としてその様子を窺うよりなかったのだった。
「その様子なら、身体の調子も問題ない様だな……イラージュ」
完全に捕獲され困り果てているアエッタに助け舟を出す……と言う訳では無いであろうが、アエッタの防衛線が決壊する前のタイミングでシェキーナはそう声を掛けた。
「シェ……シェキーナ様!? これは……」
自らの本能に忠実だったイラージュだが、主からの声掛かりを無視出来るほど我を忘れてはいなかった。
ビクリと体を振るわせたイラージュは、漸くアエッタを解放して立ち上がりシェキーナへと向き合った。
「ご心配をおかけしましたが、あたしはこの通り大丈夫です」
そしてシェキーナへと向けて、改まってそう返答したのだった。
そんなイラージュを見つめながら、シェキーナもまたゆっくりと頷いて応え。
「そうか。だが無理はするな。お前の能力は有用だが、お前自身が倒れては何もならないからな」
シェキーナはイラージュにそう告げたのだった。
イラージュの能力は、正しく自己犠牲の成せる業だ。
故に、それを幾度も行使したり強要する事は出来ないのだが。
「分かっています。ですが、あたしが必要と感じたなら、誰が止めてもこの能力を使います。これは、亡きメルル様の指示であり……要望だからです」
イラージュはシェキーナの忠告に対して、笑顔でそう返答したのだった。
「……メルルの?」
これに対して、シェキーナが怪訝な表情を浮かべて問い返した。
彼女の知るメルルと言う女性は、その様に「滅私奉公」を強いる様な事はしない。
その様な行為を強要させる為には、長い時間を掛けての説得や相手の納得が必要となるのだ。
そんな非効率な事を、メルルが好んで行うとは思えなかったのだが。
「はい! メルル様はおっしゃいました……。『決して無理をしてはいけない。だがその能力が必要だと感じたならば、自分の判断で使用する様に』……と」
「……なるほど。流石は“魔女メルル”……だな」
イラージュの説明を聞いたシェキーナは、妙に納得した様な表情を見せてそう呟いたのだった。
メルルに対しての「大賢者」や「魔女」と言う通称は、畏怖と賛辞がない交ぜとなったものに他ならない。
それだけ多くの知識と、そして数多く強力な魔法を使い熟して来たメルルには、それらの称号も決して過大評価と言う訳では無かった。
周囲の者も、シェキーナの呟いた言葉を「メルルを誉めそやした言葉」として受け取った様であったのだが。
ただシェキーナのこの呟きは、決してメルルを賛辞しての言葉ではない。
シェキーナは、ただ純粋に……そして本心からそう思ったのだ。
―――メルルは魔女である……と。
メルルを深く知る者ならば、シェキーナの呟きにこそ頷きを返していた事であろう。
何よりも効率よく、何よりもその結果のみを突き詰めるメルルが、イラージュに対してその様な抽象的な言葉で指示する訳がない。
ましてや、イラージュの体調を慮って行動するなど、到底メルルの言動とは思えないのだ。
(全く以て見事なものだ……。相手にそうと悟らせずに思考を誘導する……。正しく“魔女”以外の何者でもないな)
そしてシェキーナは、イラージュの言葉からその「裏」を読み取っていた。
イラージュの記憶では美化され簡略化されているが、恐らくはもう少し細かい指示と微妙なニュアンスが含まれていた筈である。
そしてそれはメルルの目的に向けて、イラージュ本人が気づかない様に上手く誘導が施されていた筈である。
メルルを神格化する程のイラージュならば、然程苦もなく導くことが可能であっただろう。
もっともこの場でのシェキーナの呟きは、イラージュたちにとっては正しく「メルルが称賛された」と受け取られた。
イラージュは勿論、アエッタやセヘルもどこか誇らし気にシェキーナを見つめていた。
そしてシェキーナもまた、彼女達の“勘違い”をわざわざ訂正する様な事はしなかったのだった。
「イラージュが平気な様ならば、他の龍族が此方へと来る前に移動を再開する。皆……付いてこい」
シェキーナは一同にそう告げると、先頭を切って歩き始めたのだった。
そしてエルナーシャ達も、シェキーナに続いて行軍を再開したのだった。
シェキーナの顔には、先程までとは違う笑みが浮かんでいた。
それは……。
思いもよらずに懐かしい人々……会いたいと思う面々の面影を見る事が出来、話を聞く事が出来たからである。
そしてシェキーナの歩調は、その表情と同じ様に軽やかなものであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます