レイテント・アビリティ
ゆっくりと……普段と同じ調子で、シェキーナは歩を進めていった。
その向かう先には、悠然と構える2体の
1体ならば、今のシェキーナでも優位に相手取る事が出来るかもしれない。
しかし2体ともなれば、如何に彼女と言えどもそうはいかないだろう。
単純に戦力が2倍に膨れ上がった……と言うだけではないのだ。
ただでさえ強力な攻撃力を持つ老竜が2体同時に相手となると、その総力が3倍にも4倍にも匹敵する。
そしてそれが分からないシェキーナではない筈……である。
それにも拘らず彼女の歩調に乱れはなく、そして彼女の醸し出す雰囲気も平素のそれと違いなかったのだった。
いや……だからこそ恐ろしいと言えるのかもしれない。
気負いなど無く、さりとて逸る訳でも無い。
老竜との戦いは、シェキーナにとっても熾烈なものとなるのは疑いようの無い事である。
本当ならば、ある種の興奮を覚えていてもおかしくない。
だが今の彼女からは、その様な気勢など微塵も発せられていない。
そしてその威容は、正しく「闇の女王」に相応しいと言っても過言では無かった。
そしてシェキーナは立ち止まった。
そこは、最初に彼女が老竜と相対した場所と同じ……彼我の距離にして20歩ほどの所であった。
『森の娘よ……まだ我等と戦うと言うのか……?』
『先程の戦いより鑑みて、お前の力では我等と渡り合うなど不可能に近い事ぞ』
『悪い事は言わぬ。この地より……去れ』
代わるがわるに2体の老竜が、シェキーナへとそう話しかける。
対峙する老竜は、シェキーナとは対照的に……凄まじく攻撃的な気勢を発していた。
それは、先程まで彼女と戦っていた時とは全く違う……完全に別物の、殺意の籠った気配である。
力ある者の殺気は、正しくそれだけで敵対する者に死を予感させると言う。
既に先程シェキーナにより傷つけられた身体は回復されており、その威圧感は増すばかりであった。
シェキーナへと向けられる老竜達の殺気を目の当たりにして、離れた位置に陣取るエルナーシャ達の方が気圧される程なのだ。
しかし、当のシェキーナにはそんな様子が伺えない。
「……断る」
老竜の警告とも取れる言葉を受けても、シェキーナは動揺した素振りも見せない。
それどころか。
「お前達こそ、無駄に長く生きたその寿命を絶たれない内に、私の前より去る事を勧めよう」
まるで売り言葉に買い言葉……。
逆に挑発するかのような台詞を返したのだった。
だがその言い様は、単なる「挑発」と言うには余りにも……辛辣であった。
『良かろう……そなたの
『その身を以て悔やむが良い』
その返答が、戦端の合図だった。
シェキーナへと向けて、先程まで戦っていた老竜が飛び掛かる。
明らかに先の戦いとはその動きが違い、後方で見ているエルナーシャ達にもその姿が霞むほどであった。
それだけではない。
迫りくる老竜の後方では、新たに参戦した老竜が「龍言語魔法」を唱えていたのだった。
「龍言語魔法」は「龍言語」を話す事の出来る龍族にのみ扱える魔法であり、人族の使う魔法とは系統を異とする。
その強力な魔法は、人族の扱うどの魔法であっても防ぐ事は困難であり、どれ程高位の魔法使いであっても完全に無効化させる事は出来ないと言われているのである。
それ程の凶悪な魔法が、シェキーナへと向けて放たれようとしていた。
巨大な
それに対してシェキーナは、普段と同じ様な流れる仕草で剣を構えて迎え撃った。
俊敏な老竜に対してあまりにも緩やかなその動きでは、シェキーナに老竜の攻撃を防ぐ事は敵わない……。
「か……
少なくともエルナーシャ達は、そう感じて思わず声を上げたのだが。
「ガッ!」
シェキーナの持つ「エルスの剣」と、老竜の巨大な牙が噛み合った。
その体積も、そして勢いも老竜の方が上であったにもかかわらず、シェキーナはその場より1歩たりとも動く事をせずに、見事に受け止めて見せたのだ。
ただし、老竜の攻撃はそれだけでは留まらない。
まるでその攻防を予期していたかのように、老竜の前足が振るわれた。
シェキーナの持つ剣は1本。
そして彼女は、盾を装備していない。
至近距離で剣を封じられたシェキーナに、老竜の攻撃を往なす術など無い……と思われたのだが。
フワリ……と。
正しく「舞う」と言う表現が見事に当て嵌まる華麗な動きで、シェキーナは老竜の剛腕を後方に身を翻す事で回避したのだった。
まるで時間さえも支配したかのようなシェキーナの動きに、至近距離であるにも拘らず老竜は追撃をする事さえ忘れてしまった様に呆けてしまった。
もっとも、その後方で魔法を準備していた老竜は、その様なシェキーナの動きに惑わされると言う事は無かった。
満を持して放たれた龍言語魔法は、行使した老竜の前方で巨大な黒い雷撃の塊を形成し、幾筋もの雷光を伴ってシェキーナへと襲い掛かったのだ。
しかしそれも。
『なに!?』
老竜の驚愕する声が示す通り、シェキーナの展開した防壁に阻まれたのだった。
龍言語魔法……と言うからには、ただの雷撃と言う事は断じてない。
自然界で起こる落雷でさえ、岩を砕き凄まじい放電を伴うのだ。
龍言語魔法で作り出された黒き雷撃は、その稲妻よりも遥かに強力なのは言うまでもない。
それにも拘らず、シェキーナが展開した「土の精霊」の作り出した石の障壁は、いともあっさりとその攻撃を受け止めて地面へと電流を逃がしたのだった。
先程よりも洗練されて無駄のない動き。
そしてより濃密な精霊力を纏った精霊魔法。
明らかにシェキーナの実力は向上していた。
『な……っ!?』
『こ……これは……っ!?』
シェキーナが見事に老竜達の攻撃をあしらい、再び対峙する形となった両雄であったが、その直後に2体の老竜が驚愕の声を上げ、その動きを止められてしまった。
止まった……のではない。
止められたのだ……シェキーナによって。
今、シェキーナからは、今まで感じられなかった……いや、抑え込まれていた「感情」が解き放たれ、周囲に満ち満ちていたのだった。
その感情とは……怒り。
「お前達は……やり過ぎた……」
正しく刺す様な怒りの感情が、老竜に向けて放たれている。
それを受けた老竜は、その言葉通り射竦められて動けなくさせられていたのだった。
そしてその気勢は、後方のエルナーシャ達も感じ取っていた。
「これは……あの時の……」
食い入るように見つめるエルナーシャの隣で、レヴィアが驚愕の表情を浮かべてそう呟いた。
誰も、「あの時」とは何時の事だかを問い質す様な言葉は発しない。
いや……言葉を発する事が出来ずにいたのだった。
「私達が……シェキーナ様を迎えに行った時に感じた……あの重圧と同じ……? いえ……あの時よりもまだ……緩やかですが……」
誰からも問いかけられた訳ではなくとも、レヴィアは独り言のようにそう続けた。
レヴィアの言う「あの時」とは、エルス達とアルナ達が戦い終え、ただ一人その場に残っていたシェキーナを迎えに行った時の事である。
ただ一人歩くシェキーナと相対した時に感じた圧力。
ただ話しかけられているだけにも拘らず、言葉を発する事さえ許されないと感じたその時の事を話していたのだった。
ゴクリ……と、誰かが息を呑む音が響いた。
そんな小さな音でさえ誰の耳にも届くほど、今この周囲は静寂が支配していたのだ。
「……足りないのは……憎悪……」
だからアエッタの小さな呟きも、誰の耳にもしっかりと届いていたのだった。
特に魔法を使った訳では無いにも拘らず、シェキーナの発する気勢に呑まれて2体の老竜は動けないでいた。
これではまるで、生殺与奪の権利をシェキーナへと差し出しているに等しい。
それが理解出来ているにも拘らず、老竜達に「動く」と言う選択肢は取れないでいたのだった。
それは正しく……圧倒的強者の前の弱者に同じ。
頭を垂れて首を差し出している状況で、それでも老竜達は動き出せずにいた。
「素直に道を空けていれば、ここで終幕を迎える様な事は無かったのだ」
剣を片手に、シェキーナは恐ろしい程ユックリと歩を進めだした。
老竜達には、シェキーナの地面を踏み進める音は正しく、冥界の調べだ。
「もしくは……私だけを相手にしていれば良かった。ならば、もしかすれば生き長らえていたかもな」
シェキーナの顔には、空恐ろしい程の笑みが浮かんでいる。
この世にもしも死神が存在するならば、それは今老竜達が見つめる者の様な容姿をしている事だろう。
少なくとも、2体の老竜はその考えに疑問を持たなかった。
「だが、お前達はやり過ぎた。そして、助命を乞う言葉も今や聞く耳を持たない」
老竜の視界から、シェキーナの姿が……消えた。
それが何を意味するのか、そんな事はあえて言われるまでもなく分かる事であった。
刹那、シェキーナに近い方の老竜が、頸木を解かれたかのように勢い良く頭を持ち上げて何事かを発しようとするも。
それが叶う事は無かったのだった。
2体の老竜の首が……殆ど同時に地面へと落ちる。
完全に老竜達の能力を凌駕していたシェキーナは、死を覚悟する事も、自覚する事も許さずに、2体の老竜の命を……刈ったのであった。
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