バラバラ

 シェキーナの命を受けてその場を飛び出したジェルマ、シルカ、メルカ、セヘル、イラージュは、真っ直ぐにドラゴンの元へと向かっていた……筈だった。


 だが大よその方角を告げられていたとはいえ、「右方向」と言うだけではドラゴンの所在を正確に把握する事など出来ない。

 エルナーシャ達が違う事無く一直線にドラゴンの元へと辿り着けたのは、エルナーシャの高い感知能力も然る事ながら、真っ先に出していたアエッタの指示に依るところが大きい。

 彼女達は声を掛けずとも、そのアイコンタクトで大体の情報を共有していたのだ。

 しかしジェルマ達は……いやジェルマは、即座に動き出したは良いものの詳しい方角などが分かっての行動では無かったのだった。

 

 そしてそれが分かっていながら、他の面子がその事をジェルマに告げる事は無く、先行する彼の後をただ追従しただけであった。


 シルカ、メルカは……それが面白そうだったから。

 ジェルマがドラゴンの居所を明確に把握していないにも関わらず動き出した事も、その為にいずれは途方に暮れるだろう事も、彼女達には分かっていた。

 それでもその事に対して助言しなかったのは、偏にそれが“面白くなりそう”だったからに他ならないのだから……度し難い。

 もっともその事が、彼女達がジェルマに対して悪感情を抱いていると言う事にはならない。

 いや……寧ろ、彼女達はジェルマの真っ直ぐすぎる気性には好感を抱いている。

 ただ2人は……ジェルマを揶揄う事が楽しかっただけであった。


 セヘルは……ジェルマ達に協力を自ら申し出る気など更々無かったのだ。

 些か大人気ないとも言い切れないが、彼の心情やら矜持が、自ら妥協してジェルマ達に歩み寄ると言う選択肢を取らせなかったのだ。

 セヘルも先程から、魔法によりドラゴンの位置を把握している。

 それでもそれを、ジェルマ達に自分から教えようとは考えていなかったのだった。


 イラージュに至っては、もはやドラゴンなど二の次である。

 シェキーナの命に従ってジェルマ達の後を追従してはいるものの、彼女の意識はアエッタの方へと向けられており、彼女の安否を只管に案ずる状態であった。

 当然、ドラゴンの居場所など彼女には知る由もない。

 ……と言うか、どうでも良かったと言うのが心情であった。


 そんな状態であるのだ、暫くするとジェルマがその足を止めるのも仕方の無い事であった。

 ドラゴンの姿はおろか、その声や気配すら感じられていないジェルマは、ゆっくりと振り返って後方に控える双子の姉妹の方を見た。


「……シルカ、メルカ。ドラゴンの位置は分かるか?」


 ややバツが悪そうに、ジェルマは彼女達にそう問いかけるも。


「いいえ―――」


「うち等は知りまへんえ―――」


 薄っすらと笑みを浮かべているシルカとメルカは、シレッとそう答えたのだった。


「な……っ! お前達は、敵の場所も分からずに走って来たのかっ!?」


 余りにも呑気な……と言うよりも無責任な返答に、ジェルマは思わず声を荒げてそう問い質した。

 自分の事を棚に上げて……なのだが。


「そうは言いましても―――」


「うち等は隊長はんに着いて来ただけです―――」


「そう言う隊長はんこそ―――」


「ドラゴンの場所も分からんと走っとったんですか―――?」


 その笑みを更に厭らしいニヤニヤに変えて、シルカとメルカはそう答えた。

 

「ぐ……ぐぬ……」


 明らかにこうなる事が分かっていただろう双子を前にして怒りがこみあげて来るジェルマであるが、場所も分からず駈け出していたのは自身とて同じ事。

 ジェルマは歯噛みして睨み付ける以外に無く、そんな視線を受けても2人の姉妹にはどこ吹く風であった。

 話にならない姉妹への問い掛けを諦めたジェルマは、不承不承と言った態でセヘルへと視線を向けた。

 

「……セヘル。何か……分かるか?」


 そう問いかけるのも躊躇われると言ったジェルマの質問を受けても、当のセヘルに表情の変化は見られない。

 

「……何か……とは?」


 それどころかまるで質問の内容が分からないと言った風に、逆にジェルマへとそう質問を返したのだ。


「そんな事は言うまでもないだろうっ! ドラゴンの居場所について何か分からないかと聞いているんだっ!」


 これにはジェルマも声を荒げずにはいられなかった。

 

 ジェルマ達が今、何故この様な森を疾駆しているのか……そんな事は今更言うまでもない事だ。

 であるなら、この場でジェルマが口にする事も、倒すべきドラゴンについてだと言う事は話すまでもない筈である。

 セヘルの言い様は、明らかにジェルマを馬鹿にした言動だと言わざるを得なかった。


「……なんだ……。やはり、対象の位置も分からずに無闇やたらと走り回っていただけか……」


 呆れた様に溜息を吐きながら、セヘルは面倒臭そうにそう呟いた。

 それは間違いなく真実を突いていたのだが、それがジェルマの怒りを更に燃え上がらせる。

 

「うるさいっ! そう言うお前こそ、ドラゴンの場所を分かってるのかよっ!? どうせお前も口ばっかり……」


 更に噛みつこうとしたジェルマであったが、セヘルがそれ以上彼に言葉を続けさせなかった。

 吠えるセヘルの眼前を、ゆっくりとした動きでセヘルの右手が通り過ぎる。


 ……上方へと向けて。


 ジェルマの頭上……空へと向けて上げられたセヘルの右手は、人差し指をピンと伸ばして虚空を指差した。

 思いもかけない行動を取られたジェルマは先程の怒りも何処へやら、セヘルの指差す方向へと顔を向けた。

 それに釣られる様に、シルカとメルカ、イラージュもそちらの方へと視線を向けた。


 ―――そこには。


「ドラゴンなら……あそこです」


 大きく翼を広げて滞空し、赤い瞳を滾らせた巨大な緑色の生物が……いた。

 

「ゴアアアァアッッ!」


 セヘルがそう告げた直後、ドラゴンは咆哮と共に滑空を開始した。

 瞬間、呆気に取られていたジェルマ達だったが、その巨声を受け流石に我へと返り。


「ぜ……全員、回避しろっ!」


 ジェルマはそう指示をしてその場から大きく飛び退き、彼以外のメンバーも回避行動を取ったのだった。

 

 彼の判断はある意味正しかった。


 ドラゴンは急降下をしながら、その口腔から火炎を吐き散らして先制攻撃を仕掛けてきたのだ。

 ジェルマ達が先程までいた場所には、頭上から凄まじい炎が降り注ぎ周囲の地面を黒く染める。

 直撃を免れたジェルマ達であったが、その熱波の余波まで避けきる事は出来ない。

 ジェルマ、シルカ、メルカは所持していた盾で何とかその熱に晒される事を防いだ。

 そしてセヘルとイラージュは、それぞれに防御障壁を展開して熱を遮断していた。


「く……っ! 全員、戦闘開始っ!」


 被害と呼べるものは無かったもののメンバーは全員バラバラに配置され、更にはなし崩し的に戦端を開く事となったのだった。

 即座に抜刀したジェルマはそう叫ぶと、真っ先にドラゴンへと斬りかかっていく。


「ぐあっ!」


 しかしその動きはドラゴンに確りと捉えられており、彼がドラゴンへと攻撃をする前に巨大な尻尾の薙ぎ払いを受けて阻まれてしまう。

 したたかに打ち付けられたジェルマは、大きく後退を余儀なくされた。


 その反対側からは、シルカとメルカの2人が攻撃を仕掛けようと動き出すも。


「きゃあぁっ!」


 その出足を止めるかのように、ドラゴンの火炎が彼女達を襲った。

 咄嗟に盾でその直撃を防いだ姉妹だったが、やはりドラゴンへの攻撃はおろか近付く事さえ出来なかったのだった。


「ちょっとセヘル、あんたも攻撃に参加したらどうなの?」


 そんなジェルマ達の苦戦を目の当たりにして、イラージュは隣で何もせず佇んでいるセヘルへとそう声を掛けるも。


「別に……そんな願意も指示も受けていないからな」


 彼は目の前の戦闘にすら興味が薄い様にそう答えたのだった。



 


 ジェルマ達の初陣は、こうして混沌の中で始まったのだった。

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