連携

 シェキーナの元を離れたエルナーシャ、レヴィア、アエッタは、一直線に下位龍ロウアー・ドラゴンの元へと疾駆していた。

 先頭はエルナーシャ。

 その後をレヴィアが、着かず離れずの距離で追走する。

 僅かに離れてアエッタ。……いや、その距離は徐々に広がっていた。

 魔法使いの卵として日夜勉学に勤しむアエッタだが、その為に戦闘訓練は疎かとなっている。

 それどころか、運動をする事自体殆ど無い。典型的な運動不足と言って良かった。

 そんな彼女が、エルナーシャやレヴィアについて行く事は出来る筈も無く。


 しかし、その事で不都合など起きる筈も無い。


 アエッタは魔法使いとして後衛を務める事となる。

 必然的に隊の最後尾を行く事となるのだから、別にエルナーシャ達のすぐ後を走る必要等無いのだ。

 大事な事は、戦闘時にエルナーシャ達を的確なバックアップで援護出来るかどうかなのだから。


 先頭を行くエルナーシャの眼が、1匹のドラゴンを捉えた。

 急速に……気配を消す事も無く接近するエルナーシャ達に、ドラゴンの方も気付いた様であった。


「ガアアアアアァァッ!」


 未だエルナーシャ達とは距離があるものの、ドラゴンは巨大な咆哮を発して威嚇する。

 それを耳にしたエルナーシャ達は、その場で急制動を掛けて止まりそれぞれの武器を抜き構えた。


 スラリと抜き放ったエルナーシャの得物は……「エルナの剣」。

 1歳の誕生パーティの折、エルスから贈られた「古龍の角」から作り出された剣だ。

 しっとりと湿らせたようなその刀身は美しく、光の加減で七色の輝きを発していた。

 正しく“宝剣”と呼ぶに不足の無い剣だが、その柄や鞘には装飾の類は施されていない。

 実用のみを突き詰めている処は、如何にも送り主であるエルスらしいと言える。

 だがそれだけに使い易さを最大限考慮しており、エルナーシャの手に驚くほど馴染んでいたのだった。


 ただし、彼女が抜き放った剣は、1本だけでは無かった。

 

 利き腕とは逆……右手にはもう一本、剣が握られていた。


 そう……エルナーシャは2本の剣を装備して戦う「二刀流」なのだ。


 エルナーシャは、剣術の教えをエルスからだけではなくカナンからも受けていた。

 カナンは、特に熱心に自分の技術をエルナーシャへと叩き込もうと思った訳では無い。

 ただ、エルナーシャは余りにも吸収力が高く、また二刀流への適性も高かったのだ。


 ―――つまり……エルナーシャに「二刀流」は合っていたのだ。


 そして、二本の剣を構えたエルナーシャの背後で、レヴィアが……やはり両手に武器を構えて戦闘態勢を取っていた。

 彼女の得物は……剣よりも短く、ナイフよりも長い……短刀である。

「小太刀」とも呼ばれる短く造られた刀は、切れ味の鋭い一撃をより早く相手に見舞う事が出来る。

 レヴィアの小太刀は、通常の物よりも刀身が細く造られており、より素早く……が可能となっているのだ。

 彼女はその刀を逆手に持ち、ドラゴンの一挙手一投足に注視している。

 

 戦闘態勢を取った2人がドラゴンと対峙する。

 ドラゴンの方も、エルナーシャ達を前にして無闇に襲い掛かってくるような事はしなかった。

 果たして、警戒心が強いからなのか、それとも目の前に立つ2人に何かを感じ取ったからなのか……。

 勿論、エルナーシャ達も何の策も無くドラゴンに飛び掛かる様な事は無かった。

 敵を前にしてこそ、一呼吸を置いての冷静な行動が求められる事を2人共分かっていたのだ。


 そしてそれが、アエッタの魔法を使うまでの時間稼ぎとなる。


「すべての事象に働きかける魔力マナよ、不可視の盾となり彼の者を守れ……魔力障壁マジック・シールド!」


 随分と距離を残して、アエッタもまた立ち止まり詠唱を開始する。

 彼女が魔法を唱え終えると同時に、エルナーシャとレヴィアの身体が淡い光に包まれた。

 それはアエッタが、防御力を向上させる魔法を使用した結果だった。

 

 攻撃力を向上させるよりも、まずは防御力を底上げする。

 それは戦いに於ける定石であり、アエッタもそれに倣ったのだった。


「レヴィアッ!」


「……はいっ!」


 それと同時に、エルナーシャとレヴィアが行動を開始する。

 素早い初動から見る間にドラゴンとの距離を詰めて行った。


「ゴウッ!」


 瞬く間に間合いを潰されたドラゴンは不意を突かれた状態になり、無闇やたらと炎を吐き散らした。

 勿論、そんな無造作な攻撃がエルナーシャ達に当たる訳がない。

 炎を躱す様にドラゴンの正面から左右へと展開したエルナーシャとレヴィアが、ドラゴンの両側面に位置取る。


 その直後。


「ガアァッ!」


 ドラゴンの悲鳴が響き渡る。

 エルナーシャ達が場所を変えた事により空いたドラゴンの正面から、幾つもの炎塊が飛来してその身を焼いたからだ。

 いや……焼いたと言う表現は適切では無い。

 貫いた……と言うべきだろうか。

 ドラゴンの体表に着弾した炎の球は爆ぜ、そのいくつかは翼を貫通して幾つもの穴を穿ったのだった。


「ふうっ!」


 ドラゴンが怯んだその直後、向かって左側面よりレヴィアが攻撃を仕掛ける。

 彼女の持つ小太刀では、ドラゴンの体表に傷をつけるのは難しい。

 あまつさえ攻撃が通った処で、ドラゴンの分厚い身体にどれ程のダメージを与える事が出来るのか怪しいものなのだ。

 それが分かっていたレヴィアの狙った先は……頭部であった。

 レヴィアは苦悶に歪むドラゴンの顔面……右目を狙い得物を振るった。


「ギャウオオォォンッ!」


 そして再び、ドラゴンの咆哮が撒き散らされる。

 

「キャアッ!」


 それとほぼ同時に、レヴィアの悲鳴も上がったのだった。


 それを油断と言うには酷と言うものだ。

 レヴィアとて、魔獣と……と戦うのは初めてなのだ。

 ドラゴンがどれ程高い耐久力を持ち、戦闘本能が優れているのか……そんな事を知る由も無いのだから。

 

 素早く攻撃を仕掛けたレヴィアの一撃は、見事にドラゴンの右目を斬り裂く事に成功した。

 もっとも、ドラゴンがそれで動きを止める事は無かった。


 相手が人ならば、急所と呼ばれる部位への攻撃は相手を怯ませ、その動きを鈍らせる。

 だがドラゴンは右目を傷つけられると同時に、レヴィアへと向けてその長い尻尾を振るっていたのだ。

 思う様な攻撃が成功して、意識が僅かにたわんだのはレヴィアの方であった。

 その気の緩みが動きを鈍らせ、そこへドラゴンの一撃が襲い掛かったのだった。


「……くっ!」


 大きく吹き飛ばされたレヴィアだったが、その身体には傷らしい傷は無く、ダメージも見受けられない。


 アエッタの魔法がその効力を発揮していたのだ。


 先程アエッタが使用した火球……そしてこの防御障壁。

 そのどちらもが、魔法としては初歩的なものである。

 それでもこれほど強力で、これほど強固な効果を齎すには……訳がある。

 アエッタはこれらの魔法を行使する際、通常よりもより多く、そして強く魔力を込めたのだ。

 その結果、炎塊は凝縮され炎の弾丸の様になり、防御障壁は分厚く硬いものとなったのだった。

 

「はああぁっ!」


 レヴィアが吹き飛ばされたその直後、彼女とは反対方向……向かって右側面より、エルナーシャの攻撃が繰り出される。

 

「ガアアッ!」


 エルナーシャの振るった「エルナの剣」は、その切れ味を如何なく発揮してドラゴンの表皮を易々と斬り裂いた。

 ただしその攻撃は浅く、またそれによりドラゴンの意識がエルナーシャへと向いた。

 ただこの攻撃は、レヴィアへと向いているドラゴンの意識を逸らす事が目的であり、エルナーシャもその結果に執着していない。


「ガルッ!」


 至近距離にいるエルナーシャに対して、ドラゴンはその丸太の様な左前脚を振るった。

 体躯に反して素早いその攻撃を、エルナーシャは……飛び上がって躱したのだ。

 しかしその攻撃を見越していたかのように、先程レヴィアを襲った尻尾が反対方向から振り回されて中空のエルナーシャを襲う。

 そのままでは先程のレヴィア同様、その尻尾により吹き飛ばされていたかもしれない。


 だがエルナーシャは、空中にありながらもまるでそこに足場があるかのように、方向転換を敢行した。

 ドラゴンの尻尾は、先程までそこにあったエルナーシャの影を薙ぎ払い虚しく宙を切った。

 エルナーシャは、下方に位置するドラゴン目掛けて加速し両手に持つ剣で斬り付けた。

 そのままでは、エルナーシャは地面に着地していただろう。

 しかし彼女は、再び見えない足場を作り出すと更に方向を転換し、落ちて来た方向へと再度跳躍したのだ。

 空中を高速で……しかも不規則に向きを変えるエルナーシャの動きに、ドラゴンも流石に翻弄されていた。


「グブッ!」


 そのドラゴンの動きが、僅かに鈍る。

 再びエルナーシャとは反対側で、レヴィアがドラゴンの腹部にその小太刀を突き立てたのだ。

 致命傷とはならないものの、ドラゴンに少なからぬダメージを与えた事は間違いない。


「ガ……ガアアアァァッ!」


 まるでそれは、断末魔の悲鳴だった。


 空中で跳躍したエルナーシャは、そのままドラゴンの長い首を切り払う。

 深々と傷を負って尚、ドラゴンの動きもまた止まる事は無く、その頭がエルナーシャを捉えた。


「やあっ!」


 だがエルナーシャは、三度上空で跳躍方向を変え、今度はドラゴンの頭部に二筋の剣閃を放ったのだ。

 

 致命の一撃を受けて、ドラゴンはその巨大な体躯をゆっくりと地に埋めたのだった。

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