売ります、買います
―――そして
シェキーナを始めとして、エルナーシャ、レヴィア、アエッタ、ジェルマ、シルカ、メルカ、セヘル、イラージュの9人は、魔王城“隠れの宮”の「北門」に集合を果たしていた。
魔王城“隠れの宮”は、魔界の中央を横切る様に
一年を通して極寒である山脈の、山の表面に城を築いたとしても住み続ける事は難しい。
それ故にこの「真央山脈」は、魔界に数ある秘境の中でも群を抜いていると言って良かった。
そしてその事を、メルルは逆に利用したのだった。
山脈の内部をくり貫いて住居を作る事で、外界の気温を随分と緩和する事に成功したのだ。
更には地中深くより「地熱」を利用する事で、ある程度の暖房効果も得ている。
外敵からは発見されにくく、見つけられたとしても攻略されにくい。
そもそも、その様な生活環境の厳しい所に城が築かれている等考える者も少なく、意表を突くと言う点でも飛び抜けていた。
正しく、稀に見る堅城と言って差し支えが無かったのだった。
そしてこの城には、もう一つの利点がある。
それは、真央山脈により南北に分断された大陸を、以前よりも遥かに容易な往来を可能とした事だった。
それまでは、南大陸に居を構えていた魔王城から北大陸へと向かうには、やはり真央山脈を越えねばならなかった。
そしてそれは、正しく決死の行軍に他ならなかった。
普通に考えても、冬山の登山は危険が付いて回る。
それにも拘らず、真央山脈は一年中……冬なのだ。
標高も高く、到底気軽に山越えを敢行する事は出来なかったのだった。
それにより、どうにも北大陸に暮らす部族の監視が緩くなり、その結果魔王を軽んじる様な部族もいくつか存在したのだった。
そんな問題の一つを、メルルは新魔王城建立と同時に解決した。
新魔王城のある真央山脈内部を貫き……つまりはトンネルを掘り、南北の大陸を開通させたのだった。
勿論、それ程大きな通路ではない。
それでも、それなりの人数が並んで歩けるほどの坑道は、山脈を超える事を考えればはるかに安全な移動を可能としたのだ。
そしてその恩恵を今、シェキーナ達も存分に受ける事が出来ていたのだった。
「……行くぞ」
北大陸側に抜ける王門を前にして、シェキーナは騎乗したまま一同に声を掛けた。
そしてそれに、全員が大きく頷いて応えたのだった。
これもまた、南北大陸を山脈内で繋げた恩恵の一つ。
馬に険しく極寒の山脈を超えさせるのは殆ど無理と言って良いのだが、この坑道はそれを可能としたのだ。
これにより、寒冷地帯を素早く抜ける事が出来るのだ。
先頭を切って駈け出したシェキーナの後をエルナーシャが追い、それに続いて他の者も遅れまじと馬の腹を蹴ったのだった。
行軍は、驚くほどゆっくりと行われた。
そもそも、王龍に呼ばれた訳でも無ければ、龍族による深刻な問題が発生している訳でも無い。
慣例に従って王龍に謁見を求めるだけであり、一同が急ぐ必要など何もないのだ。
そしてシェキーナも然して急く様な事はせず、久しぶりの“旅”を楽しんだのだった。
かつて世界を旅した時とは、面子もその使命の重さも違う。
シェキーナに付き従うのは彼女の娘……若しくは彼女の部下である。
そう言った意味では、シェキーナも羽目を外す様な事は出来なかった。
それでも彼女は、この旅を楽しんでいたのだった。
特に野宿を好んだシェキーナは、「竜哭山」までの道程の殆どを山野で野営して過ごし、随伴した者達もそれに倣う事となったのだが。
単純に息抜きとして……シェキーナとの旅を楽しめる状況では無かった者もいたのだった。
「おいっ、セヘルッ! お前も少しは、食料を取る手伝いでもしたらどうだっ!」
苛立ちも露わに、ジェルマはセヘルに怒声を上げたのだった。
この行軍が始まってより一度として、セヘルは野営の為の準備を手伝う様な事はしなかったのだ。
態度も尊大で、他の者と打ち解けようとしない彼が、野営の準備まで手伝わないともなれば不満も募る。
そして、真っ先にその苛立ちを爆発させたのは……ジェルマだった。
「すまないな。僕はそんな、どうにも泥臭い事は不慣れでね。申し訳ないが君達はそちらを頼む。僕はシェキーナ様の近辺に目を光らせておくから」
そしてセヘルは、これまでに何度も口にした台詞を謝罪と共に返したのだった。
その言葉も、真に感情が籠っていればここまでこじれる事は無い。
いや……それでも彼の行動は、誰がどう見ても目に余るものなのだが。
それでも、たかが野営の設営ごときで文句を言うのも詰らない……と誰もが考えており、此処まではセヘルに対して苦情を言う者も居なかったのだ。
それでも、まるでそれが当然だと言う態度を取られれば、それを見た誰もが愚痴の一つも言いたくなるだろう。
「なら、俺がシェキーナ様の身辺を警護するっ! お前が野営の準備に回れっ!」
もっともジェルマは、愚痴をこぼす……と言う段階を通り過ぎて爆発してしまったのだが。
「何事も適材適所だよ、騎士団長君。君には君の、僕には僕の出来る事をする。それで良いじゃないか」
それでもセヘルには、そんなジェルマの言葉などどこ吹く風で一向に手伝う素振りなど見せない。
ジェルマの苛立ちは、何も彼の態度が気に入らないと言う理由だけでは無かった。
野営の設営準備には、エルナーシャやレヴィア、アエッタも参加している。
己の忠誠を捧げた相手であり、次期魔王の最有力候補であり……亡きエルスと現魔王シェキーナの娘である彼女も精力的に参加しているにも拘らず、何もしようとしないセヘルに腹を立てていたのだった。
「適材適所とは―――」
「面白い事、言いはりますな―――」
このまま放っておけば、すぐにもジェルマが飛び掛かりそうだと誰もが思っていた所に、何とも間延びした……この雰囲気にそぐわない声が投げ掛けられた。
ジェルマとセヘルの視線が、その声の発生源へと向けられる。
……言わずもがな、それはシルカとメルカであった。
「……何が面白いんだ?」
2人の声に、セヘルは些かムッとしてそう返答した。
その言葉遣い……そして薄っすらと浮かべた笑み……。
それを向けられた相手は、どうにも小馬鹿にされていると感じてしまうだろう。
そんな態度を、2人同時に……しかも同じ顔、同じ声で取られては、受ける不快感も2倍になろうと言うものだった。
もっとも。
この2人は、最初からセヘルを馬鹿にするために声を掛けその様な表情や声色を使っているのだから……それも仕方がないのだが。
「いえいえ―――」
「何も、面白い事なんかおまへんえ―――」
「けど、あんたはんのゆーてる事が―――」
「頓珍漢な事やって気付いてはりますか―――?」
揃ってそうセヘルへと返答したシルカとメルカは、鏡合わせの様に向かい合い互いの指を胸の前で絡めて、飛び跳ねる様に喜んだ。
傍から見れば無邪気に笑う双子の美人姉妹……なのだが、それを向けられた相手にすればどう考えても侮辱されているとしか受け取り様が無かった。
そしてセヘルも、当然その様に捉え一気に顔を赤くしたのだった。
「お前達っ! 俺の言った事の何処がおかしいと言うんだ!? 何がそんなにおかしいんだっ!」
既に怒り心頭と言って良いセヘルの怒声を向けられても、シルカとメルカには全く通用していなかった。
「おやおや―――」
「まぁまぁ―――」
「あんたはんがこんなに
「ついぞ気が付きませんでしたえ―――」
ここまでハッキリと言われれば、どれ程鈍い者でも分かると言うものだ。
そしてこの言葉で、セヘルの感情は沸点をアッサリと越えたのだった。
「お前達は、俺が役立たずだと言うんだなっ! ならばっ! その身を以て知るが良いっ!」
セヘルはそう叫ぶと同時に、一気に魔力を高めて呪文を唱えだした。
魔王軍魔導部隊隊長の肩書は伊達では無い。
僅かな時間で詠唱を終えたセヘルは、そのまま魔法を放とうと持っていた杖を構えた。
そしてそれを前にして、シルカとメルカは互いに絶妙の距離を取ると、僅かに腰を落としてセヘルの攻撃に備える。
正しく、3人の私闘が行われようとしたその時。
「ぐっ!? な……何だとっ!?」
「……え―――っと……」
「……レヴィアはん……怒ってはる―――?」
セヘルは見えない何かに絡め捕られたかのように自由を失い、シルカとメルカの後ろにはいつの間に回り込んだのかレヴィアが仁王立ちしていたのだった。
セヘルを縛り上げたのは、アエッタが作り出した極細の魔力ロープ。
アエッタは僅かに人差し指をセヘルへと向けただけで、彼の動きを拘束したのだ。
そしてレヴィアは、先程までエルナーシャの隣に立っていた。
それにも拘らず、その場の誰もが気付かない程の速さでシルカとメルカの背後を取ったのだった。
そして、動くに動く事の出来ない3人の間にゆっくりと割って入ったのは……エルナーシャであった。
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