色はまだ無い

@zasi

そうだから、美味と感じる。

 夢など見ない、だからこそ朝の目覚めは良い。前日の疲れを持ち越すことなくその日を迎えることが出来る。中には悪夢を見る人もいるらしい。全くもって気の毒な話だ。牙向く現実から逃れているにも関わらず追いかけられる。それを気の毒と言わずにはいられない。


 私の生活リズムは決まり切っている。目覚めてから顔を洗い、歯を磨けば、丁度声が聞こえてくる。食事が出来た、と。


 その声と匂いに従い顔をのぞかせれば彼女がいつものように食卓を用意してくれいる。何時もの日常だ。何も変わりはない。


「おはよう。今日もありがとう。」

「お礼だなんてトキコさんらしくないですよ。」


 彼女は笑いながら答える。


「失礼な。私が礼を言うのがそんなに面白いのかね。」

「えぇ。何せ何時も文句を言うのですのも。」


 確かに、言われてみれば毎朝、朝食にコメントを述べていた気もしなくもない。だが、別段それは笑われるようなものでもないはずだ。


「何時もは朝食を見た途端に、旬の野菜は、とか、これの調理法は、とか、語り始めるのに素直にお礼を言うだなんて。ふふ、悪夢でも見ましたか?」


 彼女の笑顔が消えることはない。余程機嫌が良いのだろう。

 いや、機嫌がいいのは私の方か。


 「いや、悪夢なんてみてないさ。少し夢見がちなだけで。」

 「なんですかそれは。面白いこと言っていないで早く食べちゃってください。」


 そんなことは分かっている。私は席に着き、箸を手に持つ。


「また何時も通り、三十分後頃に食器取りに来ますので、それまでには食べておいてくださいね。」

「分かっているよ。にしても、食事ぐらいゆっくり摂らせてもらえないとはなんと窮屈なことか。」

「ふふ、それはご自分の力を理解してから言ってください。」


 彼女は少し笑うと私の目の前から消えた。移動したのだろう。何せ、食事を配膳しなければならないのは私だけではない。

 目の前の味噌汁をすする。あぁ、紛れもなく彼女の味だ。作られた味ではなく、彼女が作った味だ。


 不思議と目尻に涙が溜まる。別段、センチメンタルということではないのだが今日は機嫌が良いらしい。


「おいしい。」


 味噌汁に舌鼓を打つことで非現実を感じるが、窓に目をやることでそれは全て非現実なのだと感じることが出来る。


「今日もいい天気なのでしょうね。」


 窓の外には美しい景色が映っている。ただ、普通と違うことがあるとすればそれは言葉通り昨日も見たことのある景色だということだ。


 私は知っている。この窓に移る景色がホログラムであることを。そして、絶対にこの窓が開くことはないということを。


 窓から視線を外し、反対を見やる。これまた笑いが零れる。


「ふっ、ふふ。」


 これだけご機嫌な朝なのに、目の前の鉄柵と壁は冷ややかに私を見ているのだから。 



全く、これだから

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