第1話 壁(36p)

「美味しいでしょう? あっ、カヌレも召し上がって下さい!」

 今西先生の言葉に私は頷いて、机に置かれた盆に乗っているカヌレに手を伸ばす。

 それをフォークで半分に割り、紅茶に添えられたレモンを絞って垂らす。

「えっ? 何をなさっているんですか?」

 今西先生の疑問の声がする。

「あっ、おかしいですか? 私、カヌレはこうやって食べるんです。カヌレの味にレモンの酸味が合う様な気がして……」

「なるほど。僕もやってみようかな、レモンはどれ位絞れば良いんです?」

「あんまり絞り過ぎてはダメです。カヌレがビショビショになっちゃう。少しだけカヌレに垂らして下さい」

「分かりました」

 壁に隠れて見えないけれど、今西先生はレモンを絞っている様だ。

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