10

「無事でよかった。お兄さんが交通事故に遭ったって聞いて、わたし……」


 隣の家のゆみちゃんがお見舞いにきてくれた。

 真面目なゆみちゃんは交通事故にあったと聞いて、すぐに駆けつけてくれたらしい。

 しかし、僕が意識を失っていたため、実際にこうして会話するのは、とても久しぶりのように感じた。

 心の奥底から、とても一言では言い表しにくい高揚感みたいなものをふつふつと感じる。


「心配かけたな」


 ふつふつしたものを外に漏れ出さないように必死に抑えながら、言った。

 ゆみちゃんは一度お辞儀をして言う。


「ごめんなさい。本当は一花ちゃんから目を覚ましたって聞いた時、すぐにでも駆けつけたかったんですけど、部活の合宿で遠いところに行っていたので、来れませんでした……」


「それは全然、大丈夫。今度、大会があるんだろ? なんか、大事な時に余計な心配させちゃったな」


「ほんとですよ! 部活中もそれだけが気がかりでなかなか集中できなかったんですから!」


 そう言って、ゆみちゃんは少しほっぺを膨らまてそっぽを向いた。

 あぁ、本当にかわいい。

 髪は肩ぐらいまでのセミロングで、顔は白く、小さくて丸い、アイドルに引けをとらないぐらいの可愛さで、笑ったときの顔はとてもチャーミングな女の子。


 一花と同い年で、テニス部に所属している。

 クラスは違うが、家が近所ということもあり、一花とは仲がいい。

 二人で遊びに行ったりもしているということだった。


 もちろん、お兄さんと慕ってくれるゆみちゃんを僕がないがしろにするわけがなく、お互いに予定が合えば遊びに出かけたりもしているので、僕とも仲がよかった。

 決して、お兄さんと呼ばれて気をよくしてるからだとか、妹の現実逃避だとかそう言うことではない。


 ただ、不可解なことにどちらかの家で三人で喋ることはあっても、いつからか、覚えてはいないが、最近は三人で遊びに行ったりすることはなくなってしまった。

 なぜだかわからないが、三人で遊ぼうとすると、必ず二人のどちらかに予定が入るのだ。

 それも交互に予定が入るので、いつのまにか僕にとっての七不思議の一つとなっていた。


「ちなみに大会はいつあるんだ?」


「大会は一週間後です」


「そっか……。応援しに行きたかったけど、今回は厳しそうだな。病院から抜けれそうにないし……」


「そうですよね……。お兄さんに応援きて欲しかったです」


 いつもよりトーンを落として、ゆみちゃんは俯きながら言った。

 それを見た僕は少しでもしんみりした状況をなんとかしたくて、とりあえずその場を乗り切るために、


「次は絶対行くから」


 と、ゆみちゃんの手を握りしめ、瞳に訴えかけた。


「お兄さん……」


 少し恥ずかしそうにしながら、また、俯く、ゆみちゃん。

 しばらく、沈黙が続いたあと、僕はふと思い出した質問をしてみることにした。


「そういえば、ゆみちゃんって誰かを本気で好きになったことってある?」


 ゆみちゃんは突然、顔を真っ赤にした。

 それはもう茹でたタコのようだった。

 顔をさわればやけどするのではないかと思うぐらいに。

 そんな様子をなんとなく面白いと感じた僕は、ゆみちゃんを目で追うがなぜか目線を合わせてくれない。


「え! え? わ、わたしは……。はい、あります……」


「へぇー。そうなんだ。その人はどういう人なんだ?」


 目線を合わせてくれないことに少し寂しさを感じつつも、気にしてもしょうがないなと思った僕はそのまま質問を続ける。


「えっと、その人はちょっと馬鹿なところもあるんですけど、いつも優しくしてくれて、わたしが困ってる時はいつも一緒にわたしのために悩んでくれるところです」


「そうなんだ。きっと、ゆみちゃんが好きになるってことはその人はとてもいい人なんだろうな」


 僕は、それを聞いて少し胸が痛んだ気がした。

 小さい時から、本当の妹のように思っていて、僕の後ろをよくついて来ていたゆみちゃんがなんとなく離れて行くようだったからだ。


「……は、はい……」


「ちなみに好きってどんな感じなんだ?」


「そうですね……。いつも、その人のことばかり考えてしまって、その人の顔を見ただけでドキドキしてしまう感じです」


「なるほど……」


 その人のことばかり考えてしまうか……。

 そんなこと一度も思ったことのない僕にとっては外国人の気持ちを百パーセント理解するぐらいに理解することが難しいと思ったが、とりあえず、今度、茉莉乃に会った時に伝えてみようと思った。

 僕が腕を組んで、天井の方を見つめていると、


「そういえば、お兄さん。実はわたし、お見舞いのついでにお兄さんに聞きたいことがあったんです」


 と、僕の話がひと段落したと思ったのか、ゆみちゃんは真剣な眼差しでベッドに手をついて前のめりになって言った。


「聞きたいこと?」


「昨日、一花ちゃんが言ってたんですけど、時間よ!止まれシリーズってなんですか?」


「………………」


「………………」


「………………」


「………………」


「あいつ、絶対殺してやる!」


 僕は、発狂した。

 字の如く、言葉を発しながら、狂った。

 あのクソ女やりやがった。

 ゆみちゃんだけにはバレたくなかった秘密をよりによって、ゆみちゃんに言いやがった。

 今度、心霊動画見た後に必ず、僕の部屋に来て、一緒に寝ていることを学校中に言いふらしてやる!


 ……………………。

 しかし、僕はそこで一旦冷静になった気がした。

 いや、でもそうなると僕の立ち位置も悪くなるのか?

 妹と一緒に寝ている気持ち悪いお兄ちゃんということになるのだろうか?

 ふむ。

 それはちょっとまずいかもしれないな。

 となると、どうやって仕返しをするか……。

 

 そんなことを考えていると、ゆみちゃんがおどおどした様子で言う。


「ご、ごめんなさい。一花ちゃんがお兄さんに聞けば色々教えてくれるって言ってたんで。聞いてしまいました」


 ゆみちゃんは何回も何回も頭を下げた。

 その様子を見た僕は、頭を下げるのをやめさせるために、肩に手を置いて、頭を下げるのを止めた。


「大丈夫。大丈夫。ゆみちゃんは全然悪くないから。……あの、くそ女……。とりあえず、ゆみちゃんは全然気にしないで。今の質問は忘却の彼方にでもおいやってくれればいいから」


「は、はい」


 一旦、話が終わった、いや終わらせたかった僕は無理矢理、話題を変える。


「一花は毎日ご飯食べに行ってるのか?」


「はい。ちゃんと、来てもらってるんで、栄養とかの心配は大丈夫ですよ!」


「そうか……」


 僕としては、単にゆみちゃんの家族に迷惑をかけて申し訳ないなと思っただけだったのだが、心配してると思ったらしい。

 はっきりいって心配など欠片もしていない。

 むしろ、くたばっちまえとさっきの怒りを忘れられなかった僕は思った。


「ちなみにどれぐらいで退院出来そうなんですか?」


「医者が言うには、どうやら夏休みいっぱいは入院らしい……」


「そうですか……。夏休みがなくなるのは辛いですね……」


「まぁな。でも、ある意味夏休みでよかったのかもしれないな……。入院してたせいで出席日数が足りなくて、進級できませんでしたとか一番つらいし」


 本当に出席日数が足りなくなるかもわからないし、何か対策を考えてくれる可能性もあったが……。


「たしかにそれはあるかもしれませんね。とりあえず、もう、合宿は終わったんで、行けそうな時はお見舞いに行きますね」


「うん、ありがとう。でも、せっかくの夏休みだから、僕なんかに構わずに楽しんだ方がいいよ。ほら、夏休みって、プールとか、花火とか色々イベントがあるからな」


 僕は、自分が行けない悔しさを心の中に留めながら、自分の分も楽しんでほしいと勝手に僕の分を背負わせて、ゆみちゃんに言った。


「………………。わたしにとっては、来るほうが楽しみなので」


「ん? 病院に来るのが楽しいのか?」


「は、はい」


「ふーん。そうなんだ」


 まさかの病院好きという衝撃の事実を知ってしまった僕はその衝撃でとりあえず、相槌を打つのが精一杯だった。


「お兄さんがずっと入院してたらいいのに……」


「え?」


「い、今のは冗談ですよ」


「は、はぁ」


 いまいち意図がわからない僕に構うことなく、話は進む。


「本当は面会時間ギリギリまで痛かったんですけど、すいません。わたし、お母さんに買い物頼まれているのでそろそろ行きます」


「ん? あぁ、わかった。またな」


 僕はそう言うと、片手を軽くあげる。

 ゆみちゃんは、くるりと回って、病室の出入り口の方へと向かったが、ちょうど中間あたりで、振り向いて、言った。


「お兄さん、夏休み前にした約束覚えてますか?」


 ゆみちゃんは両手を後ろで組んで、微笑む。


「あぁ。確か、今年オープンしたテーマパークに行こうってやつだろ?」


 すぐに思い出すことが出来た僕は少し得意げに言った。


「そうです! 本当は、夏休みに行きたかったんですけど……。でも、退院したら、行きましょうね! 絶対ですよ」


 そう言うと、歯を見せて笑ったゆみちゃんは、元気よく手を振って、病室を出て行った。

 僕は、ただただ、病室の出入り口の方を眺めていた。


 すると、その時を待っていたかのようなちょうどいいタイミングで僕の目の前にユラの顔が現れる。


「もとさーん。答えが返ってきましたよ!」


「うわ! びっくりした! ん? 答え?」


「はい。質問掲示板に投稿した『相手の悩みを聞き出す方法』のやつです」


「おー。 意外に早かったな。で、なんて書いてあるんだ?」


 僕がそう言うと、事前に準備をしていたのか手際よく、スマートフォンの画面を僕にちらりと見せると、スマートフォンの画面を見ながら、ユラは読み上げる。


「回答が三つほど来てますね。えーと、まず、一つ目が、相手に思い出させるような質問をするです」


「……。えっと、二つ目は?」


「二つ目が簡単な質問から始めて、徐々に深い質問をするです」


「………………。三つ……目は?」


「相手を褒めまくるです」


 ……………………。

 天使だからと言って、中身はそんなに人間と変わらなかった。

 というか、天界だけに存在する『心の声スピーカー』みたいなものでも紹介してくれるかと思っていたのだが、残念ながら、そういう道具はないみたいだ。

 正直、これだったらヤ〇ー!!知恵袋でも変わらないんじゃないかと思い、幻想を抱いていた僕は一瞬にして、現実に引き戻された気がした。

 天使とは所詮そんなものだと実感した瞬間だった。

 ユラを見て、多少、わかってはいたが……。


 ただ、そうは言っても、何も思いつかない僕たちにとっては、非常にありがたい意見だったので、とりあえず、細かいことは考えず試してみることにした。


「じゃあ、とりあえず試してみるか……」


「そうですね! 全部試してみましょう!」


「え? この中から、成功しそうなのを選ぶんじゃないのか?」


「いえ。全部です。そうしないとベストアンサーを選べないので」


 どうやら、全部やらないといけないらしい。

 一つずつやっていくのだろうか?

 そんなことすれば、ただの不審者に思われるような気がするが……。


 まぁ、いいか。

 数打ちゃ当たる作戦も悪くないかもな。

 ちなみに、面倒だったので、何も言わなかったが、ベストアンサーというもろパクリなシステムは絶対にヤ〇ー!!知恵袋を意識してるだろと僕は思った。

 言ったところで、首を傾げながら、なんのことですか?と言う、ユラの姿が目に浮かぶからな。


「じゃあ、やるか」


 僕がそう言うと、ユラは高々と拳をあげて言った。


「がんばるぞ! おー!」


 ……頑張るのは僕なんだけどさ。

 お前は何を頑張るんだ?

 応援か?


 ……………………。

 不安は日に日に大きくなっていく。

 もし仮に、悩みがわかってもそれを解決しなければいけない。

 それでも、がむしゃらにあがいてでもどうにかしないといけない。

 二人(一人は天使だが)の運命がある意味、僕にかかっていると思うと気がきではなかった。

 僕はそんな状況に冷静を装いつつも、拳を握りしめた。

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