06
小説は時々残酷だ。
文字だけで表現する世界において、読者は想像をしなければならない。
アニメ化された時に声のイメージが違う。
こんな髪型じゃないと思っていた。
なんていうのは日常茶飯事で、まさかこんな性格だと思っていなかったなんてことも起こり得るのだ。
しかし、こう言うことはある意味、許容できるのかもしれない。
それはそれでと割り切れば楽しめるのかもしれない。
だが、どうだろう?
現実世界でそれが起こればそれを受け入れることができるのだろうか?
内容によってはこれもまた受け入れることができるかもしれない。
しかし、受け入れることができなかったら、どうだろう?
悲しみにくれるのだろうか?
怒りをぶちまけるのだろうか?
これもまた程度によるなんて言われてしまえばそれまでなのだが、とりあえず、自分は一人寂しく悲しみにくれていた。
近くに、守護霊はいるのだが、そんなことも忘れるぐらいに悲しみくれていた。
理由はものすごく簡単だった。
簡単だからこそすぐに理解できて、とても悲しい。
とても単純なことだった。
ユラが言っていた少女は僕と同じ、十七歳の高校生だったのだから。
僕は、少女というからには、十歳前後だろうと勝手に想像していたのだ。
もちろん、十七歳も世間からは少女と呼ばれる年齢ではあるので、何も問題はない。
問題はないのだが。
やはり、割り切れないものがある。
勝手な想像は自分の身を滅ぼすと言うことがよくわかった。
しかし、僕はロリが好きと言うわけではないということだけは誤解なきよう言っておかなければならない。
なんだかとても大切なことのような気がするので、もう一度自分に言い聞かせることにした。
僕はロリコンじゃない。
翌朝、検査を終えた僕は早速その足で三百五号室に向かっていた。
朝、目が覚めると同じぐらいのタイミングでユラも目覚め、そのときにその女の子の説明を一通り受けたからだ。
彼女の名前は
年齢は十七歳。
どうやらこの病院には一ヶ月前から入院しているらしい。
取り憑かれたのは三ヶ月前ということだった。
しかし、それ以上の情報がわからないので僕はとりあえずその女の子を病室まで見に行くことにしたのだ。
相変わらず僕の隣には可憐で少し儚げな、天然で、天使見習いということを除けばごくごく普通の女の子、ユラは、今回の任務が失敗してしまうとゴキブリになってしまうということだったので哀れと思った僕は協力することになったのだが、この女なぜかこの状況がうれしいのか笑顔である。
「なぁ、この任務がもし失敗したらおまえはゴキブリになるのになんでそんなに笑顔なんだ? もし、自分がその立場だったら多分安心して寝ることもできないし、食べる時もひとときも笑顔になんかなれないと思う」
ユラは先ほどの笑顔にも増した笑顔で、
「失敗ですか? そんなこと、茂塗さんが協力してくれると言ったときから、ないと思ってます。あるのは成功だけです」
「いや……。そう言ってくれるのはうれしいけど正直、自信なんて全然ないぞ」
「別に自信なんかいりませんよ。いつも通りにしてくれるだけで絶対に成功します」
「……………」
世の中に絶対なんてことあるのだろうか……。
まして、今回は具体的な方法さえもわからない。
「しかし、なんだかさっきから視線が痛いんだが、なんでなんだ?」
「茂塗さん。他の人たちにはわたしの姿が見えていないんで、おそらく病院の中で独り言を喋っている重症患者に間違われてると思います。このまま喋ってると看護師の人がやってきて、検査されてしまいますよ」
どうやら、僕は一般病棟にいる危ない人間らしい。
危うく精神病棟に移されるところであった。
ただ、そうなると何で一花にはユラの姿が見えるのかという疑問が浮かんだ。
「なぁ、ユラ。見えないって本当なのか?」
「はい。天界で先輩に聞いてきたんで間違いありません」
「だったら、なんで一花にはユラの姿が見えるんだ?」
「それがわたしにもわからなかったんで、これもまた先輩に確認してみたんですが、はっきりした原因はわかりませんでした。それで今、調査してもらってます」
「そうか……」
「茂塗さん、茂塗さん。それよりもターゲットです。画面の人物と一致しています」
「なるほど。あの子か」
少女?いや、見た目だけなら人によっては幼女でも通用するかもしれない。
と言ってしまうのも無理はないぐらい彼女は小さかった。
髪は黒髪で今日だけなのか、いつもなのかはわからないが、ツインテールだった。
僕はなぜだかわからないがとてもうれしい気持ちになった気がした。
——それはさておき。
どうしたものか……。
ここでいきなり喋りかければ間違いなく変人扱いされるに違いない。
まずは、様子見といったところだろうか。
「茂塗さん、どうしますか?」
「とりあえず、一旦様子をみたい。もしかすると普段の行動に何かしらのヒントが隠されているかもしれないからな」
「なるほど。ミステリー小説でも確かに最初は——。あっ、茂塗さんどうやら売店の方に向かっていくようです!」
「よし。追ってみるか」
それにしても、彼女の悩みは一体何なんだろうか?
ユラが言うには、低能霊が死ぬ前に抱えていた一番の悩みと同じものを抱くことで取り憑かれてしまうらしい。
とすると、かなり深い悩みのはずだ。
実際、低能霊自身が一番悩んでいた悩みである以上相当なものなのだろう。
そんなのが僕に解決できるのだろうか?
その前に見つけること——。
——いや、悩みを話してくれるのだろうか?
例えばそれが病気を治したいだとしたら?
「なぁ、あの子の悩みが例えば病気を治したいだとしたら、僕は一体どうすればいいんだ? おそらく病院にいる以上、一番高い可能性だと思うんだけど、さすがに医者じゃないから何もできないぞ」
「それについては心配いりません。なぜなら、さっきも話した通り、彼女は一ヶ月前に入院してきましたが取り憑かれたのはもっと前の話です。ということは、十中八九彼女の病気が悪化しているのは低能霊のせいです。どんな病気かはわかりませんが、低能霊が取り憑かなければ彼女は入院する必要もなかったかも知れません……」
「低能霊っていうのはそんなにたちが悪いのか……」
「えぇ、はっきりいって最悪ですね。天界では、低能霊と堕天使は絶対悪ですよ」
「堕天使って小説とかに出てくるあの天界のルールを破って追放されたやつらのことか?」
「そうですね。ニュアンスとしては特に問題はないです。ただ、少し違うところは、追放された天使だけでなく、天界のルールやあり方に疑問を持ち自分から進んで堕天使になるものもいます」
ふーん。
どこの世界にもそういうのってあるんだな。
この世界でもなにか決まりを作れば必ず反対する人がいるように、天界も一筋縄では行かないということか。
「ところでユラ、あの子がどんな本を見ているかちょっと覗いてくれないか?」
「はい。任せてください」
そう言ってユラは、これがわたしの得意技と言わんばかりの慣れた様子で読んでいる雑誌を盗み見て僕の元へと戻ってきた。
しかし、まぁ当然といえば当然なのだが、ユラの姿が見える僕にとっては、駆け足で駆け寄り、顔の隙間から雑誌を覗くユラの姿に少し笑ってしまった。
「金ケ崎 茉莉乃の見ている雑誌の内容ですが、彼氏に一度でいいから言われたいセリフ特集を読んでいました」
「なんじゃそれ? んで、その書かれていた言葉ってのは?」
ユラはその言葉を待っていたかのように、じゃあいきますよーと言って、身構える。
「僕は君のために生まれたんだ。だから、君に会えたのは奇跡じゃない、そう必然さ」
「………………」
「僕の時間はいつも君を愛するためだけに使えって、もう一人の僕が言うんだ」
「………………」
「君の瞳があまりにも美しすぎて、僕は君だけを見る石になってしまったのさ」
「………………」
ユラは身振り手振りを加えて僕に教えた。
それを見て僕は思った。
そういうのがいいのか?
はっきり言って恋愛経験がほぼゼロの僕にとっては、とても違和感を感じる台詞の数々ではあったが、どうやら女性にはそういうセリフがいいのだろう。
覚えておこう。
使う機会があるかはわからないが。
その後、売店を後にした彼女を目で追いながら、ユラにさっきの言葉をメモしておくように言い、後をつけることにした。
「茂塗さん、ここは病院の庭でしょうか?」
「そうみたいだな」
僕たちは病院の病棟から外に出て、少し離れたところにある病院の庭へとやってきた。
そこは病院の庭であるはずなのに別世界のようだった。
木々の隙間から光が差し込み周りは木が生い茂っている。
地面から生える草木は整備されているのか靴の三分の一程度隠す程度で、周りの木々は空を覆いかぶせていた。
そんなファンタジー小説などで描写される森の中のような場所で、彼女はと言うと、花や草木を見ながら散歩しているようだった。
特に立ち止まる訳でもなくゆったりとしたペースで歩いている。
そんな姿は画になるかもしれないそんな事を感じさせるものだった。
なんてことを思っていると、隣からパシャ。パシャ。とカメラのシャッター音が聞こえたので音のする方に顔を向けると、隣に無我夢中で紫陽花の花を撮影している守護霊がいた。
しかも、スマートフォンで。
——緊張感の欠片もない。
本当に、悩みを解決する気があるのだろうか?
この守護霊は。
「おい。そんなことしてたら、見失うぞ」
「ちょっとだけ彼女の様子を見ておいてください。今、わたしは撮影に忙しいので」
てめぇな。
誰のためにやってると思ってるんだ。
——まぁ、いい。
とりあえず、今は彼女の尾行を続けなければ。
そう思い、僕は再度彼女の方へ目を向けたが、彼女の姿はそこにはなかった。
「おい、おまえのせいで見逃してしまったじゃねーか。急いで探すぞ」
僕はユラの首元を掴みながらユラを引きずって、彼女の歩いていったであろう方へと向かった。
「も、もとさん、あ、あと一枚だけ」
「だまれ。とりあえず行くぞ」
「うぅー……」
少し歩いた先に僕の視界をふさぐ大きな葉があったのでそれを手で覆い払うと、そこには白いベンチ椅子が置かれ、それに腰を掛けて、ハードカバーであろう本を読んでいる彼女がいた。
木々の木漏れ日が彼女を映えだたせ、僕はそこだけが現実と切り離されたどこかの山の中にひっそりと佇む屋敷の森であるかのような別世界を感じた。
そんな彼女の姿も僕は気になっていたが、それよりも僕は気になったことがあった。
それは彼女の読んでいる本だ。
もちろん、任務だということもあっただろう。
僕自身が小説好きというのもあったのかもしれない。
でもそれ以上にこの別世界のような空間で彼女が何を読んでいるのかいうことが気になっていた。
「なぁ、ユラ。あの本が何の本なのか見てもらってもいいか?」
「うーん。ちょっとここからだとぎりぎり見えそうにないので、もう少しだけ近寄ってもらってもいいですか?」
目を凝らしながら、彼女の方を見ているユラが言う。
「わかった」
そう言って僕は、彼女に気づかれないよう、もう少しだけ近寄って彼女からは見えないよう木々の後ろに身を潜めた。
「ここからなら、大丈夫です。少し、見てきますね」
「あぁ。頼む」
ユラは、彼女の背後へと周り、彼女の読んでいる小説に目を落とした。
僕はその様子をただただ木々の後ろから見ていた。
数分後、僕の元へと戻ってきた、ユラは言った。
「金ケ崎 茉莉乃は小説を読んでいました」
「やはり小説か。あの分厚さと大きさからしておそらく小説の気はしていたが——。それでジャンルとかはわからなかったか?」
「んー。おそらくですが、あれは恋愛小説だと思います」
「恋愛小説?」
「わたしも少しだけしか見ていないので詳しいことはわかりませんが、以前茂塗さんが読んでいた『水平線の先に見える君』と同じような描写があったので……」
「ふーん。そうか。なるほど……」
確か、その小説は高嶺の花のヒロインの事が好きな主人公がヒロインに振り向いてもらうためにあらゆる努力をする小説だったと思う。
恋愛というものをあまり知らない僕にとってはよくわからない部分も多くあったが、いつかそんな恋愛もしてみるのも面白いかなと思った小説でもあった。
とは言っても彼女が本当に恋愛小説を読んでいるのかはまだわからないが、いっそのこと何の本を読んでいるか聞いてみるのもいいかもしれない。
僕も小説好きなんですけど、何読んでるんですか?って。
「茂塗さん、この後どうしますか?」
「しばらく、様子を観察する。ほかにも何かわかるかもしれないからな」
「わかりました」
そう言って、どこからかスマートフォンを取り出したユラは慣れた手つきで操作し始めるのを横目で見つつ、僕は観察を続けることにした。
その後、観察を続けていたが、特に彼女が変わったこともせずただただ本を読んでいたため、少し退屈してしまった僕は、隣で必死にスマートフォンを操作しているユラに声をかけることにした。
「ところでユラはなにやってるんだ?」
少し間が開いた後ユラは、
「今はパズルゲームやってます」
と言った。
…………。
ほんとにやる気あるのか?
おまえの命運がかかってるんだぞ?
なんだか、いつの間にか僕の方がやる気出してるような気がする。
別に、いいけどさ。
しかし、どうしたものか……。
あれから、特に目立った動きはない。
本を読んでるから当たり前かも知れないが……。
どうしたものか……。
今日のところはもうあきらめるか?
それともこのまま様子を見続けるか?
いっそのこと声をかけてみるか?
「あなたさっきからこそこそ私のこと見てるけど何か用でもあるのかしら?」
しかし、ここでもし新たな動きがあればあきらめるのは非常にもったいない。
「聞こえなかったらもう一度言うわ。そこのあなた、私に何か用なの?」
というよりも行動に制限がかかってしまう病院内で何かわかるのか?
「……。あくまで隠れたフリをするわけね」
そうすると、やっぱり早い段階で話しかけて相手の性格などを探る方がいいかもな……。
ん?
なんか目の前に人影が……。
顔を上げると、目の前にはなぜか彼女がいた。
「え?」
「あなた。私に何か用?」
なぜばれたんだ?
完全に姿は隠せていたはず。
「…………………………」
「日本語が理解できていないのかしら?」
「ア、アイム、アメリカン…………」
「ふざけてるの? そんなくだらないギャグを言うぐらいなら理由を答えてくれない?」
「い、いや……」
僕が反応に困っていると横からパズルゲームを中断したユラが助け船を出してくれた。
「茂塗さん、ここはあの台詞を使いましょう。先ほどの雑誌に書かれていた台詞『君の瞳があまりにも美しすぎて、僕は君だけを見る石になってしまったのさ』です」
なるほど。
ユラの考えがわかった。
彼氏に言われたいセリフを初対面で言っておくことで一気に仲良くなるということか。
まぁ、別につきあってる訳でもないけど、とりあえず悩みを引き出すためにはそれなりに仲良くならないといけないし、時間もないから一気に距離を近づけるしかないな。
できればもう少し様子を見たかったが、まぁ、ばれてしまった以上しょうがない。
方向性を変えるという咄嗟の判断ができた自分自身を少し誇りに思いながら、
僕はユラにわかるようにうなずき、彼女の目を見た。
「君の瞳があまりにも美しすぎて、僕は君だけを見る石になってしまったのさ」
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