第30話 纏
ボールペンが突き抜けると、九条の顔から生気が無くなり体から力が抜けて天狗の腕から滑り落ち、地面に倒れた。
「……本当に死んだのか? チッ、やってくれたな。……ま、いいか。死体でも何かしら使い道はあるだろ。茉莉花の力の根幹は血だからな。最悪、血だけを移植して能力を受け継がせることも――」
九条に手を伸ばす八重桜と二体を見て、無意識に大きく息を吸い込んでいた。
「っ――触るな!」
痛みなど知ったことか。崩れ落ちそうになる体を踏ん張らせて、その脚を纏わせ跳び出すと、八重桜目掛けて揃えた足で突っ込んだ。
「ぐっ――葛城! 殺せ!」
刀で防がれたものの八重桜は距離を取り、代わりに天狗と木魚達磨が殺気を向けてきた。
もう――大体わかった。
「近付くなっ!」
纏わせた声によって、天狗と達磨も警戒するように距離を取った。
倒れた九条を抱き上げれば、流れ出た血はもう固まらない。体の熱も、徐々に失われ始めていた。
「……葛城、黙って茉莉花を渡せばお前の命だけは助けてやる」
違う。根本から考えが間違っているんだ。俺だけが助かっても意味は無い。
「その取引は、なんだ? 九条の体が望みならさっさと俺を殺せばいいだろう。それとも――やはり人は殺せないか?」
「黙れ。諦めろ……お前では――私には勝てない。私の計画には茉莉花が欠かせないんだ。いいから、渡せ」
勝てるかどうかなど関係ない。相も変わらず、先生は履き違えている。俺を――九条を。
「先生……知っているか? 人間ってのは考える生物なんだ。一つの案がダメになれば、どうにかして代案を考え出す。要は――諦めが悪い生物だ。もちろん、俺も」
正面に回ってきた八重桜澪は、九条を抱える俺を見下ろすように視線を落としてきた。
「……何が言いたい?」
「八重桜澪、お前は九条の覚悟を甘く見ていた。どうせ、自ら死を選ぶはずはないと思っていたんだろう? だが、残念だったな。九条はお前が思うよりも――俺が思っていたよりも圧倒的に人間的だった。それが、お前の計画のミスだ」
作戦会議中に九条から自らが死ねば結末を先延ばしできる、などという話は聞かなかった。しかし、俺の頭の中では当然のようにその選択肢も存在していて理解もしていた。だからこそ、九条が自ら絞り出した『自分が死ねばいい』という考えを口に出せば、即座に俺が行動に移すと思っていたのだろう。勘にも似た確信は俺にもあった。だから、ボールペンを手元に残していたのだ。
「わ、たしの計画にっ――ミスなど無い! いいから、死にたくないなら茉莉花から手を放せ!」
それを怠慢と言わずなんと言う?
それを傲慢を言わずなんと言う?
「ふざけるなよ。人間を相手にしているってことを忘れたお前のミスだろうがっ! お前の杜撰さが――お前のっ……お前が――九条を殺したんだ!」
睨み付けるように見上げると、八重桜は奥歯を噛み締めながら抜いていた刀の先をこちらに向けた。
「もういい。これ以上抵抗するようなら、私はこの刀で初めて人を殺すことになる」
「だから、お前は駄目なんだ。自らの手を汚さなければ良い、と――そんな考えだから、九条はお前を救おうとした。どうせ、気付いていないんだろう?」
「……なんの話だ?」
「なんの話だ、だと? 九条はな――最後までお前のことを『澪ちゃん』って呼んでいたんだ! 決別して、敵として戦うと決めた相手に対してだぞ!? この意味がわからねぇのか!?」
「なに? ……意味がわからないんだが」
ああ、そうか。纏という力を使えるのは変人のみ。つまりは――やはり、八重桜澪も心のどこかが欠けていた。
「まぁいい。十秒以内に茉莉花を渡せ。じゅう――きゅう――」
……俺の力は、どんなものにでも纏を行うことができて、武器にすることができる。どんな『もの』でも、だ。
「ろく――ご――」
もしかしたら、この日のこのために得た力だったのかもしれない。確信はないが、それでも俺は。目の前に無い選択肢を選ぶ。選ばないことを――選ぼう。
「さん――に――」
今ぐらいは、九条たちのやり方に倣うとしよう。
「いち――ぜろ。残念だ、葛城」
「いや、まだだ! 〝この肉体を媒介とし、その血を廻らせろ――心臓を動かせ〟」
九条の体に纏わせて地面に流れ出た血まで覆うと、文房具の大きさを変えたり強度を増したりするのと同じように、血を九条の体へと戻し心臓を鼓動させるように指示を出した。
「来い――戻って来い、九条茉莉花。知っているはずだ。俺はクズだから――このまま全ての責任を押し付けられたままお前を死なせるはずがない、と」
すると、蒼白になっていた顔に赤みが戻ってきた。
「まさか、死んだ人間を生き返らせることなんて、できるはずが――」
「んっ……あ、れ? 私、どうして……」
「起きたか、九条。まずは状況を説明してやろう。その一、お前は死んだ。俺が確実に殺したからな。その二、絶賛ピンチだ。助けてくれ。その三、それじゃあ紹介しよう。周りで呆けているクソ共が――相変わらずのクソ共だ」
生き返った九条に恐怖しているのか、それとも計画を進めることができると安堵しているのかわからないが、少なくとも距離を取って臨戦態勢でいるのは間違いない。
「……そう。大体わかったわ。とりあえず、交渉は決裂したと考えて良さそうね。だったら私が……力は使える?」
「ああ、普通にな。むしろ俺が制御している分、狂戦士モードでも理性を保てると思うぞ?」
「なら話が早いわ。〝我が血液を媒介とし、その刀身を現解せよ――鮮血の剣〟……八重桜澪、私と一騎打ちをしなさい」
立ち上がった九条は一本の刀を作り出し、静かに中段で構えて八重桜を見据えた。
「私がそれに乗るメリットが無い。天狗! 達磨!」
近付いてきた二体に対して、俺は九条と背中合わせになって羽衣を纏った。……ああ、なるほど。人ひとり分を武器として纏わせた状態で羽衣をやるのは思った以上にシンドイ。まぁ、全身がボロボロというのも一つの理由だろうが。
「お前らの相手は俺だ。悪いが、手加減はできねぇぞ?」
啖呵を切ったまでは良かったのだが、無理が祟ったのか喉を通って逆流してきた血が口の端が漏れ出した。隙を突かれて堪るものか、と視線を外さずにいたのだがこちらの予想と反して二体は殺気を放つでもなく、ただそこに居た。不審に思いながらも掛かってこないのなら相手にはしない。もしかしたらこいつらは――真実に気が付いているのかもしれないけれど、それ以上のことを口に出すことはしない。
「さぁ、澪ちゃん。これでも、私とは戦わない?」
「……はぁ、仕方がない。この際だからリテイクだ。茉莉花、あんたを連れて行く」
「うん。なら、私は澪ちゃんを助ける」
向かい合った二人から感じる殺気で、全身に鳥肌が立った。
こうなってみて改めて思い知る。これは良くないことだ。互いに化物を退治するための一族なのに、その切っ先は人間に向いている。間違っている――それだけは確かなのに第三者の俺は、故にその事実を口にすることができない。
「っ――」
開始の合図は無かった。
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