第28話 VS木魚達磨
九条は天狗の相手をして、俺は木魚達磨の相手をする。戦力差も何もなく、純然たる一対一。まぁ、だからといってフェアではないのだが。
「ぬんッ!」
「っ――」
木魚達磨の掌底を受けただけで吹き飛ばされて、防御した腕が痺れている。力の差が大きいのはわかっていたから良いものの、ここまで防戦一方だとマジで何も出来ずに殺されそうだな。
九条のほうは例に漏れずの剣戟戦か。殺さないようにと指示されているだけあって、こっちよりかは幾分マシのようだ。いや、別に交替したいとは思わないが。
「ふむ……葛城春日、親殺し。聞いていた話に比べて手応えが無さ過ぎる。もしや、手を抜かれているのか?」
「まさか。手を抜いているんじゃなくて、ペース配分を考えているって言ってくれ。そうじゃないとまるで俺のほうが強くて余裕があるみたいに聞こえるからな」
「ほほほっ、それは無い。万に一つも、お前さんが勝てる見込みは無い」
「…………はっは」
そうやって断言されると反論したくなるが、残念ながら論ずるほどの材料が無い。
奥の手を使ったところで勝てる保証は無い。これなら強い奴一匹の相手をするよりもそこそこの強さの有象無象とやり合ったほうが良かったが、たらればを言っても仕方がない。今回ばかりは九条の援護も望めないから時間稼ぎをする意味も無い。それなら奥の手を使わない手は無い。気乗りはしないが……勝つことを考えよう。
向こうが素手ならこちらは武器を使うか、全身への纏――羽衣を使うか、だ。とりあえずは手持ちの道具を片っ端から試してみよう。まずは、ボディバッグから取り出した鋏を使って九条よろしく双刀戦だ。
「さぁ――行くぞ!」
交差するように鋏を構えて駆け出せば、木魚達磨は興味深げに顎に手を当てた。
「ほほう、それが話に聞く、どんなものでも我らに効果のある武器に変える能力。では、こちらも――硬化」
がら空きの首元目掛けて鋏の正しい使い方をすると、首では無く鋏の刃が砕け散った。……そういえば、前に同じようなことがあったな。これに関して言えば俺が学習しないのではなく、似たような結果を生み出すこいつらが悪い。
「これでも結構良い鋏を買って来たんだけどな」
カウンターを気にしながら距離を取れば、追撃してくることは無かった。余裕がある? 楽しんでいる? いや、違うな。先程の口振りから考えるに、未だに未知のこちらの力を警戒している感じか。
それなら、やるだけやるとしよう。硬さが自慢なら、こちらはパワーで押す。
取り出した消しゴムを纏わせて巨大化、盾のように体の前で構えて木魚達磨に突っ込んでいった。
「そんなこともできるのか。面白い、が――無意味」
ドンッ、と何かに当たった切り動かなくなった。前は見えていないが達磨なのは間違いない。構わずに脚に力を入れるが、まるで壁を相手にしているような気がして全く動かない。
「ぬぅ――重っ」
「無意味だと、言っている!」
押し返されたと思った瞬間、鉄ほどまで強化していた消しゴムが粉々になるのと同時に衝撃で地面を滑り、元居た位置まで戻された。
「……はっは。さすがは化物――いや、バケモンだな」
刃物もダメ、力押しもダメとくれば、次は別の刃物だ。取り出したペーパーナイフを纏わせて、刀と同じサイズに巨大化して構えた。先生直伝の剣術をお見せしよう。羽衣では無く、攻撃に映る瞬間に力を込める。
脚に力を込めて近寄るのと同時にナイフを振り下ろせば、木魚達磨は初めて避けた。つまり、効果ありってことだ。二撃三撃とナイフを振れば、受けることなく避ける。とはいえ、鋏と何かが違うわけではない。ただなんとなく避けている可能性も拭えないから、今の太刀筋のまま、本気で斬る。
「ふん、まだまだ甘いな」
どれだけ斬りかかろうにも避けられる。
「だったら――お前の知らない業だ!」
薙ぐように振った刀を後退して避ける姿を見て、纏わせているナイフを今よりも巨大化して達磨に届かせた。
当たった――そう思ったのも束の間、頭に当たってバキンッと弾かれた。ナイフが折れることはなかったが刃毀れをした。効果はいまいちだが、折れなかったのなら折れるまでやってやろう。
弾かれた体勢から、一気に間合いを詰めてナイフを振り下ろせば、避ける準備ができていなかったのか再び弾かれた。今度はその弾かれた衝撃をバネのようにして、弾かれる度に何度も振り下ろした。
「おぉおおらぁああ!」
先程までとは一転して、木魚達磨はこちらの攻撃を耐える様に受けている。これは――いけるんじゃねぇのか? もしかしたら、先生直伝の剣術で化物を倒すとかいうある種の本末転倒のような結果に――
「……だいたいわかった」
「あん? なにを――っ!」
何かを呟いて耳を傾けた次の瞬間、達磨の拳がナイフを砕き、流れるように繰り出された掌底を腹部に受けて吹き飛んだ。
「っ……っそが! また内臓かよ」
体の中で内臓が揺れているのがわかる。……あ、違う。喉に込み上げてきたものを我慢したら完全に血の味だ。つまり、内臓が揺れただけでなく体の中で衝撃が破裂したんだ。この程度では死なないまでも動きは鈍くなる。一撃で殺せるだけの力があるくせに、それを狙っていたのだとすれば、俺のことを確実に殺すための下処理だ。
「葛城春日、聞いていたほどでは無かったな。いつまでも弱者の相手をしていては腕が鈍る。さっさと終わらせて、天狗の加勢でもするか」
「はっは……マジで?」
殺気立つ木魚達磨が一歩一歩近付いてくるのを見て、バッグの中を探って今日のために作って置いたものを取り出して――撃ち込んだ。
「っ――これは……?」
達磨の肩に当たると、俺が想像していた以上の衝撃を与えて立ち止まった。
「別にお前用に作ったわけじゃあないが、昨日一日掛けて作り上げた特製ゴム鉄砲だ。どうやら、効果ありのようだな」
「……ふむ。侮るなとは言われていたが――なるほど。確かに本気で殺したほうが良さそうだ」
立ち上がって口の中に溜まった血を吐き出し、背筋も凍るほど禍々しい殺気を放ちながら近付いてくる達磨に向かってゴムを発射した。すると、やはりダメージがあるのか、ゴムが当たると苦い顔をして動きを止める。が、再びこちらに向かってくる。
「根競べだな!」
ゴムをセットして撃ち、セットしては撃ち――十回ほど繰り返し、十二回目で達磨の額に直撃すると大きく後ろに仰け反った。良い兆候だと思い、畳みかけようとゴムをセットしていると、仰け反った背中をまるでバネのように使った達磨はコンマ数秒で距離を詰めてきた。ゴム鉄砲を構える暇はない。即座に羽衣を纏ったが掌底を警戒して腹部を守るべきか、致命傷を警戒して首から上を防御するかで迷った一瞬を突かれて、見事な右フックを顔面に喰らった。
「がッ――」
しかも半端では無い威力に意識が飛びそうになったのを堪えて、倒れる振りをしてバッグの中から取り出した小瓶を叩き割るように達磨の足元に投げ付けて、逃げるように距離を取った。
直後、破裂音と共に黒煙と炎が巻き上がった。
「っ……これは、俺も予想外だ」
理系の申し子である九条に頼んで洗剤やらで簡易爆弾を作ってもらったのだが、まさか纏わせることでこれほどの威力が出るとは。しかし、おかげで助かった。いくらなんでもあの爆発を間近で受ければ無事なはずは――あ、ダメだ。これはフラグだな。
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