第27話 三竦み

 疑問符を浮かべていると、含み笑いをする先生の声が聞こえた。


「当然の反応だな。本人から聞かなかったのか? お前は自分を守るために両親を殺したが、茉莉花の両親は、茉莉花を守るために化物に殺されたんだ。互いに両親が死んでいようとも、その理由は正反対だ。これこそが私の望んでいた結末だよ。……ま、本当は葛城本人が死んでから伝えるつもりだったんだが」


「っ――くそが。おい、九条! 今は俺に嫌悪感なんて覚えている場合じゃねぇだろ! この場にいる味方は俺だけなんだぞ!? 受け入れろ!」


 手を伸ばせば、飛び退くように距離を取られて、あからさまな殺気を向けられた。


「〝我が血液を媒介とし、その刀身を現解せよ――鮮血の双刀〟」


「おいおい……本気かよ」


 ここで三竦みになるのは得策じゃない。いや、むしろ考えられる限り下から三番目くらいには最悪だ。この状況で俺が取るべき行動は一つ。膠着させないことだ。


「よし、九条。お前はそこにいろ。先生は俺と取引だ。無駄なやり取りは無しにして――そもそも、何が目的ですか? あんたの目には何が映っている?」


 戦闘態勢に入った九条だが、その性格からして人間の俺を即座に襲ってくることは無い、と思う。だから、ここは無視して当初の目的を果たすことにした。


 向かい合った先生は、呆れたように首を振っていた。


「私の目的はな、常に世界平和だよ。化物たちに恐怖する今の世界はおかしいと思わないか? 無秩序な奴らのせいで、無関係な一般人が傷付いている。それを正すんだ。そのために茉莉花の力がいる」


「……そりゃあおかしな話だな。あんたの言うことが本心なら、九条の力を解放するために大勢の無関係の人間が傷付いていることになる。それは、本末転倒って言わねぇか?」


「ふん――大事の前の小事だよ。たかだか数十人が死んだところで、ここで手をこまねいていずれ死ぬことになる全人類のことを考えれば、大した数字じゃない」


「なるほど、ね」


 随分とわかりやすいくらいにイカれた理由だ。素面の九条が聞けば一発で切れるところだと思うが、どうにも風向きが悪い。


「世界平和か。具体的には何をするんだ?」


 問い掛けると、先生は辺りを気にするように目を配りながら、舌なめずりをした。


「……そうだな。ま、別に教えてもいいだろう。まずは――現・地の王を殺す」


「地の王を殺す? それはつまり……九条が、ってことか?」


「その通りだ。茉莉花が地の王を殺して、新しい地の王となる。話はそこからだ」


 ……いや、そこから先の展開は大体予想が付く。そして、それはおそらく九条が望まないことで、九条が言うところの見知らぬ他人を巻き込む可能性を多分に孕んだやり方だろう。


 俺に言わせてみれば世界が平和になって、俺自身が無事ならばそれで良いのだが、もしも今この場で九条が正常な意識を保っていたのなら先生の目的を即否定して、戦いに移っていたことだろう。だから、どれだけ面倒だろうとも俺自身が俺の意志に逆らうことはしない。無理矢理にでも理由を付けるのなら――より可能性が高いほうに付く。つまり、先生の未来目的よりも、俺の現状維持のほうが可能性が高い。


「九条を王にして、次は他の王を殺すのか?」


「ほう、さすがに物わかりが良いな。そうだ、次は他の三王を殺す。そうして化物たちに力の差を見せつければ、好き放題に暴れ回っていた化物たちも大人しくなるだろう」


「結局は恐怖で支配するってことか。だが、三王を殺すって前提がすでに破綻しているだろ。最初の王は殺せるかもしれないが、こちらの動きに気付いた残りの二王が結託する可能性が高い――というか、絶対にそうなる。二王対一王じゃあ、絶対に勝てないだろうからな」


「その点についてはすでに考えてある。何もこちら側にいるのは私だけじゃあないんだ。地下十家にも、私と同じように世界平和を望む奴らがいる。そいつらは自らの命を投げ打ってでも死力を尽くすはずだ」


 やはり地下十家。呼ばなくて正解だったが、こんな状況なら下手をすればいてくれたほうが良かったのかもしれないな。……九条を押さえ付けるために。


 ともかく、現状で最も回避すべきなのは戦闘だ。いざ戦いになって化物たちが出てくれば、九条は戦うだろうが俺のことを気にすることは無いだろう。つまり、単純な実力差の上で俺は殺されることになる。


 ここまでマッドに落ちた先生に掛ける言葉を、俺は持っていない。だから――


「……まぁ、あれですね。俺から言えることがあるとすれば――お前、バカかよ? ってなくらいなもんです」


 発破をかける。注げるだけ油を注ぎ込んで、本音を引き出しつつそれによって九条の目を覚まさせる。まずは今の三竦みを元の二対一に戻す。


「私は馬鹿か……お前ならわかると思っていたんだが。残念だ。とはいえ、元から殺すつもりだったからな。これから死ぬ奴の意見などどうでもいい。さぁ、茉莉花。こっちに来い。お前の力を最も上手く使えるのは私だ」


 マズい。今の状態の九条なら下手をすれば懐柔される可能性も――


「私の力なんてどうだっていいっ! 今はっ……ただ、澪ちゃんのことは止めたいし、でもっ! クズくんとは――」


「私を止めたいのなら一緒に来ることだ。そうすれば茉莉花の望み通り大勢の無関係な人間が死ぬことは無い」


「……でも、それは……大勢では無いというだけでしょう? 少なくても、一人だけでも私たちのせいで傷付く人がいるのなら――私はそれを許せない」


 九条の表情にはまだ俺への嫌悪感が残っているが、その眼は信念の籠ったものへと戻っていた。だが、万全の状態にはまだ足りない。


「要はあれだ、先生。交渉は決裂。あんたは九条を引き入れることに失敗したんだよ。それで、どうする? 世界平和が目的の先生が、九条を脅すために化物を解き放つのか? んなことするわけないよな。それはむしろ、大きな溝を生む」


 そうだ。最終的に先生の目的が世界平和だというのなら、そのやり方は別として目指す方向は九条と同じはず。それならば脅していた内容をそのまま実行することは無い。あるとすれば、強制的に九条を連れて行くくらいだが。


 わざとらしく首を傾げた先生は、目を細めた直後にニタァと口角を上げた。


「……そうだな。葛城の言う通りだ。なら、こうしよう――出てこい!」


 先生の合図と共に、空から降ってきた鼻の高い化物は地面を揺らすほどの衝撃を受けたはずなのに何事も無かったかのように立ち上がり、未だに揺れている地面を掘り出すように出てきた髭を生やした僧侶のような化物は、袈裟についた土を払った。


「あ~……ヤバそうだな。九条、とりあえず説明だけでも頼めるか?」


 視線を向けると、渋々口を開いた。


「空から降ってきたのは見た通りの天狗よ。たしか風の眷属の二番手。地面から這い出てきたのは木魚達磨、こっちも火の眷属の二番手。まぁ……強いわね。クズくん、これは想定したうちで何番くらいの最悪?」


「下から二番目ってところだな。できれば避けたかったのが本音だが、準備をしてこなかったわけじゃない。今はまだ想定内だ。やることはわかっているな?」


「……ええ、わかっているわ。でも、一応は忠告しておく。クズくん、不用意に私に背中は見せないことね。不慮の事故に遭わないとも限らないから」


「はっは……笑えねぇな」


「そうね。別に笑わせるつもりなんかないから」


 そうこう言い合っているうちに、どうやら向こうは準備が整ったらしい。ビリビリと肌を刺すような殺気を感じる。


「天狗、達磨、茉莉花は可能な限り傷付けずに生け捕りで、男のほうは殺してもいい。やり方はあんたらに任せる。好きにやりな」


 いやいや、好きにやらせたら駄目だろ。死人が出るぞ?


 ……ああ、死ぬのは俺か。

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